理の木の下で
@gikiandalucia
告白した彼女の後悔
人が人に好意を伝えると、もう元には戻れないし、何事もなかったかのように装っても、本当は何かがあって、それでいて自分の恋心が嘘になったなんて、私は悲しくて寂しい。
「ごめんな。今、彼女が居るから」
彼の言葉が、まとまりなく不可解だったら良いのに、どこか謎めいて真実が別にあったら良いのに。けれどそんな願いでは彼と彼女の仲は割けまい。
「私こそごめんね、何だか、あなたに優しくされて惹かれちゃったみたい」
たったそれだけの理由なのに、人を好きになるなんて、ましてやそれが告白する動機だなんて、彼はどう思うだろうか。
「ごめん」
私のこれまでの長い空白を埋めるように、その言葉は大きく嵌った。しかし余白部分が多すぎて、心のモヤモヤは変わらない。
「好きになってくれたのは嬉しいけど、応えられないのは本当に残念で、申し訳ない」
彼の言葉は何かを纏っていて、どこか冗談めいて、別の場所に真実があって、そして私は救われたかった。
「そんな、謝らないでよ。謝るなら、どうか、お願いを1つだけ」
「何でも聞く、何でも」
彼のその焦りはどこから来るのだろうと、少しだけ客観的に見ても、直ぐに言葉が詰まってしまって、余裕ぶっても、心は穴だらけだから、しどろもどろになる。
「お願いは、どうか、私を忘れて欲しい。私は最初から居なかった。あなたとは会ってないし、これまでの思い出は全部夢だった。だから、私はここにはいないし、あなたには何も伝えていない。私の気持ちは、どこにも無い、無くなってしまったから」
「それは、そうか」
彼は困って、目線をはずしては、目を瞑り、落ち込む。反対に私は、思っても見ない願いを口にして、その本意でない悲しい願望が渦まいてしまって、この苦しい気持ちですら心地よくなって。無かったことにする魔法は、こんなにも痛いものなのか。
「じゃぁ、今度会うときは初対面か。ほんと、ごめん」
彼はそのままうつむいて、振り返り歩き出した。彼の背中からは何も感じない。
だって、知らない人だから。
理の木の下で
自宅への帰路にて、言葉を反芻しつつ、とぼとぼ歩く私は何に見えるだろう。好きです、付き合ってください。好きです、付き合ってください。本当ははっきり言えなかったのに、どうして頭のなかではこうも鮮明に、明瞭に台詞は流れるのだろうか。未だ心音が聞こえるほどドキドキしているし、きっと今夜も眠れないに違いない。何で告白なんてしたのだろう。優しくされたからとか、そうじゃないんだよ。ただの口実であって、本当はここ数日のモヤモヤを取り除きたかったからなんて、言えるわけもない。
片想いは病だ。告白するされる、相手に恋人が居る、すされば消えるか知れば遠退くか。心の病気を取り除くための行為に対して、どうしてこんなにも後悔しなくちゃならないんだろう。ぶつぶつ。誰が悪いのだろう、無知な私か。そうか、そうか。
沈む夕日があたかも、自分の気持ちを慰めているようで単純だ。短絡的な解釈の、風景と心象を重ねるなど小学生並みの結論か。言わば結果論、そう思うからそう見えるだけであって、そう見えてからそう思うのではない。私は左右され過ぎたのか、友人の意見、親友の後押し、自分の考えなどの介入はなく、ただ流されたのか。浅ましい浅ましい。
帰宅、変わらぬ自室、荒れた床面積、不毛、飛び込むベッド、元々しわだらけのシーツ、不眠、繰り返す葛藤、魔法の代償は高くついた。制服姿で横になると変な折り目がつくからと、誰に何を気にするでもなく、いそいそ立ち上がり、部屋着に着替えた。鏡の自分はやけにスッキリとした印象だが、心意気はかわらず黒色だ。見た目によらず落ち込んでいたのか。私は強くないんだよな。人間らしいと言えば、それもそうだ。
夕飯にて、今日の出来事を話そうにも、なんだか泣く前兆と言うか、ひどく嗚咽がして物が飲み込めない、苦しい。親に心配だけはかけまいと平然を装い、トイレに駆け込むなど不穏を持ち込まず、何とか耐えきった。
就寝、出来る間もなく夜が明けそうな午前5時。もうすぐ学校だと言うのに、何故こうも人生を投げたような態度が取れるのだ。たかだか失恋しただけではないか、と、言葉では何とでも言えるのだが、たったそれだけと格付け出来るほど軽率ではなく、やはりここ数日を犠牲に出来るほど重大で、人生においても一大イベントであったと、そう思えるほど強い決心だったはず。撃沈したが、これも何かの糧、と思えるほど立ち直らず、未だ傷心、ぐすん。色々考えを馳せた結果、私が悪かった。特段容姿端麗ではなく、魅せるほどの成績もなく、趣味特技無く、彼との強い接点無く、なのに告白してしまった。丸腰の戦場で撃たれて当然だろうに、それを撃った相手に忘れてくれだの、無かったことにしてくれだの、やはり勝手すぎた。後悔はもういい。しつくしても計り知れないし、次に悪影響なだけなので、これは教訓にしなければ昇華しないし。よってスッキリと目が覚めた気分で朝活と称し、部屋の片付けを始めた。身辺整理と同じ、住む場所くらいは整っていないと、いざ用事があろうともこなせない。
あれから12時間か。遠い昔のように感じるのは、私の忘れたいと言う思いが強く現れた、そうに違いない。だが、一生忘れそうにもないのは、心のどこかに刻まれていて、ふとした瞬間に思い出させる仕組みが出来上がっているような、そんな気がした。もうよい。苦しみには慣れたから解放させてくれないか、と言えど具体的な解決方法はなく、過ぎ行く時間に身を任せなければ、何も終わらないのは悲しい。
私は制服に着替えた。心強く傷ついたからといって、学業をおろそかにしてはいけないと言う謎の正当性はある。自暴自棄になっても良いかもしれない、不調を理由に休んでも受け入れられる可能性がある。だが、その先には今と同じ苦しみがあるので、ならば早めに対処しよう。そこだけは真面目であろうか。
早朝家を出て、通学途中で気付いた、もうあの人に合わせる顔が無いことに。覆面しようとも不審がられて意味がない。犯した過ちの重大さに胸がとても重い、もう昨日には戻れない。
足取り重く、これから来るであろう気まずさに耐えられるのか、朝日が昇りきる前に心を落ち着かせて、念じて、念じて、私はあの人を忘れた。忘れたのだから気にする必要はない。無心、むしろ優越。底無しの余裕。
校門が見えたところで、グッと心身に重力がかかる。やはり無理だ、強がるなんて強い人にしか出来ないのか。引き返そうにも後はなく、前進あるのみか。
教室手前、いつも通り無言で入室すれば、昨日の今と同じ状況で何事もなく日常に戻れる。変に意識をすれば、自滅し落胆する。良くない良くない、平常心、平常心。
そこからの記憶はあまり無い。端的に話すと一般的な高校生活であった。告白して玉砕した。その事実だけが残っているいつも通り。どうしてこうも違和感がないのか、帰宅途中で分かった。そもそも告白した彼と普段接していなかったからである。同じ部活、同じ委員会ならまだしも、繋がりが特に無いから会話する切っ掛けもなく、気まずさなど感じる必要なく、その日が終わってしまった。思い過ごした、無意味な緊張感、不要な心配、元より何をどう恐れたのか全く分からない。私の行為は本当に無駄だったのか、命すり減らしてまでするような、そんな愚行、誰が許そう。
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