第20話 正反対

「まさか宙弥ひろやにかのじ…」

「馬鹿」

「やだ!姉に向かってそんなことを!」

「はぁ…」


 頭を抱えた。

 俺とは正反対の宙未ひろみ

 猪突猛進で、それで何度痛い目を見たか。

 だが、そんなことは気にせず。

 明るく元気が取り柄の姉である。

 俺とは違う専門的なことを学べる高校に通っている。

 将来は幼稚園の先生になりたいそうだ。

 将来の夢が決まっている所もまた違う。

 似ている所といえば。


「ほら、口と鼻を隠すと同じでしょ?」

「あっ、本当ですね」

「でしょでしょ!」


 パッと見では双子とは分からないが、マスクをすると目だけがそっくりだから、似ていると言われるのだ。


優希子ゆきこちゃんが来てくれて本当に助かる!」


 宙未は準備していた鞄を持つ。


「おい、まさか!?」


 止めろ、2人きりは勘弁だ。

 そんなことはつゆ知らず。


「あとはお願いね!冷蔵庫の中、勝手に拝借して良いからね!」


 苦笑いしている雨宮あまみやさん。

 その反応しなくて良いから引き止めてくれよ。


「ちょっ、宙未、まっ!」

「ばーいばーい」


 宙未は手を振りながらバタバタして出て行った。

 静まり返った。

 本当に2人きり。

 どうしよう。


「雨宮さん、その…」

「これ、プリントね」

「えっ」


 雨宮さんはぎこちなく鞄からプリントの束を取り出して、俺に渡した。

 渡されたから受け取った。

 なんか違う。待て待て。


「あの、雨宮さん…」

「いろいろ買ってきたから何か作るね」

「えっ」


 雨宮さんは台所へ向かった。

 いや、待て待て待て。

 俺の届け物が終わったなら帰ってくれ。

 自分のことは自分で出来るっての。

 寝ていなさいと宙未に言われて、ベッドに横になっていたが俺は無理くり起きた。

 だが、ベッドから立ち上がろうとすると目眩がした。

 こんな時にまだ治らないなんて。

 最近の熱は、風邪はたちが悪い。


“『おかゆ作ろう』”


 その声を聞き、俺は脱力してベッドにまた体を預けた。

 仕方がない、甘えるか。

 弁当美味かったから、それなりに美味いはず。

 脱力したからか、スッと眠りに落ちた。



『ひろやー、どしたの?』

『おとなってこわい』

『えー?ママとパパはこわくないよ?』

『でもでもこわい』

『へんなのー』

『ひろみにはわかんないよ』

『なんかいった?』

『ひろみのばか』


 聞こえないことを知る。

 聞こえることはおかしい。

 だから誰にも相談なんか出来ない。

 でも上手く立ち回れるから、そこだけメリットだ。

 この苦しみは誰にも分からない。



「篠宮君、起きた」

「雨宮さん」


 夢か…懐かしい場面だったな。

 年長の時に姉と交わした会話。

 双子なら同じかと思っていたが、違うことを知ってショックを受けたことを思い出して、夢に出てきたようだ。


「ちょっと唸っていたから心配したよ」

「ごめんごめん」


 唸るくらいのショックかよ、馬鹿だな俺は。

 頭をポリポリ掻いた。


「はい、おかゆ」

「おお…」


 卵がゆだった。

 美味そうだ。


「ふーふーしよっか?」


 雨宮さんはいたずらっぽく可愛らしく言った。


「自分で食えるから遠慮する」

「冗談だよ」


 雨宮さんはクスクスと笑った。

 つられて俺も笑った。

 落ち着いてからおかゆを食べた。

 とても心に沁みる、温かいおかゆだった。

 美味くてなんだか心が癒やされた。


「ごちそうさま、ありがとう」

「おそまつさまでした、どういたしまして」


 食器を洗ってから「そろそろ帰るね」と雨宮さんは言った。

 ちょっとだけ冷たい風が吹いたような気がした。

 外を見ると辺りは暗かった。

 時間は午後5時半。

 目眩はなくなったから玄関まで見送ることにする。


「無理しなくてもいいのに」

「世話になったから。送れなくて悪い」

「大丈夫だから心配しないで」


 申し訳ない気持ちになる。


「じゃあまたね」

「ああ、ありがとな」


 雨宮さんは優しく音をあまり立てずにドアを閉めた。

 数十秒置いてから鍵をかけた。

 1人になると淋しくなった。

 早く帰れと思っていたくせに、いざ1人になるとわがままだな。

 自分の性格が嫌になる。

 溜め息をついてから台所を見ると、きちんと食器は整頓されていたし、まだおかゆが残っていた。

 冷蔵庫を見ると作り置きされたおかずがタッパーにあった。

 俺が寝ている間に作ったのだろう。

 炒めた野菜、おひたし、玉子焼きの3つ。

 ちゃんとお礼をしないとな。

 何がいいかな、なんて考えた。



雨宮優希子 sid


“『最初に出てきた女の子、彼女かと思った』”


 玄関のドアが開いたら元気良く女の子が出てきて驚いた。

 泣いてしまったよ、傷ついた、その一瞬だけ。

 後から来た彼は否定した。

 女の子は彼の双子のお姉さんだった。


 最初から言ってよ、泣いたの恥ずかしいじゃん。


 足元にあった石ころを蹴飛ばした。

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