抜き小説に登場するキャラクターみたいに喋るようになった男が本当の愛に気づく話♡
聖園エディアカラ生物群
抜き小説に登場するキャラクターみたいに喋るようになった男が本当の愛に気づく話♡
『だめ♡♡♡♡だめです♡♡♡♡みみ舐めちゃ♡♡♡ヤ♡♡♡です♡♡♡♡』
ページをスクロールする。
『すき♡♡♡すき♡♡♡だいすきなの♡♡♡♡♡もう一生♡♡♡♡一緒です♡♡♡♡♡』
ページをスクロールする。もう片方の手を速める。
『~゛~゛~゛~゛~゛~゛っ゛っ゛ッ゛♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡』
さらに手を早める。少しして、強烈な快感が脳を焼く。
すぐにパソコンの電源を落とす。SNSを見に行っても時間の無駄だし、こういうのは勢いが大事だ。
丸めて投げたティッシュはゴミ箱の縁に当たって床に転がったが、面倒なので今は無視。
椅子の背もたれに身を預けて、半分ずり落ちたみたいになる。若いから腰への負担なんて気にしない。
そのまましばらくぽーっとしていると、身体を包む心地良い脱力感はやがて心を苛む虚無感へと変わった。
「……ふぅ」
くだらない。
大した意味のないセリフを何度も目で追い、手を上下させる。
文中に登場するハートマークの数が増えていくに従い、息を荒くする。
およそ理性ある人間のすることとは思えないこの行動を、俺は毎日続けていた。
『すき♡♡♡』じゃないんだよ。
こんなことをしている場合じゃない。もっと何か、できることがあるはず。
そう思う一方で、今こうしていることが揺るぎない現実なのだと理解していた。
……今日はもう寝る。
◆
目が覚める。既に昼前だが休日なので問題ない。
適当に朝食を済ませてから半分ほど読んだ本に手を伸ばすが、やっぱりやめる。多分このまま図書館に返却すると思う。
読んでいて面白かった。けど、面白いだけの本ならいくらでもある。
それでも大抵は最後まで読み通せるけど、ときどきもういいやって諦めてしまう。最後まで読んだら何かが変わるかもしれないのに。
不健全なことはわかってる。それでも、俺は自分の人生を変えてくれるような、そんな作品が読みたかった。
まともな人間は物語を自己啓発の道具に使おうとしないが、まともじゃない人間だって物語を欲しがる権利くらいはあるはずだ。
本当にそうだろうか。わからないけど、こんなこと考えていても何にもならないことはわかる。
読書の代わりにパソコンを起動することにした。今日は一日中、目的もなくネットサーフィンをして過ごすことになるだろう。
いつもと変わらない休日。そのはずなのだが、何か忘れている気がする。
……あっっッ♡♡♡♡♡
「まずいまずいまずいぃいぃぃっ♡♡♡♡今日はアイツが来るんだったぁっッッ♡♡♡♡……って♡」
!?!?!?!?!?!???♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
「なにこれ♡♡♡わかんない♡♡♡わかんないよ~♡♡♡♡」
変♡♡変だよこんな喋り方っ♡♡♡絶対普通じゃないっ♡♡♡
「やだっ♡♡♡もうやだっ♡♡♡やだぁ♡♡♡」
「どうしてっ♡♡♡♡こんなことになってるの♡♡♡♡♡」
そうだっ♡♡♡深呼吸♡♡♡♡深呼吸して一旦落ち着こ♡♡♡♡♡
──すぅ……はぁ……
「あー♡、あー、もう大丈夫か?」
何が起こっている?
心臓がバカにみたいに鳴ってて、夢なんかじゃないってすぐにわかった。
忘れていた予定を思い出して焦った瞬間、急に思考が変になって、それに驚いたら喋り方も変になった。
冷静になったらどっちも元に戻ったけど、また慌てたり驚いたりすれば同じことになる気がする。
ちょっと喋り方が変になっただけなのに、自分が自分じゃなくなったみたいで不安になってしまう。
それに、これは単なる変な喋り方じゃない。
抜き小説のキャラクターみたいな喋り方になっているんだ。
抜き小説。
成人向け小説の内、性的な欲求を発散することに特化したもの。簡単に導入を済ませて、性行為をして、そのままハッピーエンドで終わるやつ。小説サイトにいっぱい投稿されている。
抜きゲーみたいな小説だから抜き小説。俺が勝手にそう呼んでるだけなんだけど、他にいい呼び方なんて知らないし、どうせ俺の頭の中でしか使わない。
抜き小説に登場するキャラクターは語尾にハートマークを沢山つけて、やや幼い感じで喋ることが多い。つまり、今の俺みたいに喋る。
冗談じゃない。
俺はこの先どうやって生きていけばいい?
明後日からはまた大学に通わなくちゃいけないし、バイトにも出なきゃいけない。その内就活だってするだろうし、社会人として働くはずだ。
普通に生きてれば、ふざけたポルノのキャラクターみたいに喋っちゃいけない場面なんてこの先いくらでも出てくる。
それなのに、俺は少し緊張したり驚いたりするだけで一発アウト。
最悪だ。
医者へ行った方がいいのか?心当たりはないけど、こういうのは大体脳の問題だろう。あるいは精神の問題。そもそもこんな症例あるのか?ふざけていると思われて追い返されるかもしれない。
放っておけば治らないだろうか。月曜の講義はサボってもいいやつだったはずだし、3日は待てる。治らなかったらどうするんだよ。
全部嫌になってきた。もう寝ちゃおうかな。
──ピンポーン
や、やば♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
「ちょ、ちょっとまって♡♡♡」
ばかばかばかばか♡♡♡♡♡♡
普通に声出しちゃってる♡♡♡♡
インターホン越しじゃなかったら即バレしてる♡♡♡♡
──ガチャ
「山?」
「開ける前にやりなよ」
「正しい答えは"川"な。このくらい知っとけ」
「死ねよ」
反応に変なところはない。バレてないみたいだ。
これからどうするか考えるのに集中してすっかり頭から抜け落ちていたが、今日はコイツが来ることになっていたんだった。
小説を書き上げたから下読みしてほしいと何日か前に連絡が来ていた。俺が読んでも大したことなんて言えないのに、毎回よく頼むものだ。
ここまで来てもらって、今更帰れとは言えない。
むしろ、相談してみるか?
たまにポルノの小説に登場するキャラクターみたいな喋り方をなっちゃうから助けてくれって。
……こんなことバレるくらいなら死んだ方がマシ。
もう腹を括るしかない。コイツが帰るまで絶対に隠し通してみせる。
「寒かっただろ、コーヒー持ってくるよ」
緊張しちゃダメだと思うとかえって緊張してきた。
まだ今は顔を見られたくない。平気なふりをできる気がしない。
一度冷静になりたくて、座って待っとけと手で促しつつキッチンへ向かった。
大丈夫、大丈夫。
インターホンのときは急だったから慌ててしまったけど、もうそんなヘマはしない。
ただ落ち着いて喋ればいいだけの簡単なことで、ハッキリ言ってもう絶対にバレない自信があ……
──がつんっ♡♡♡
「ほぎょっっッ!?!?!?!?!????♡♡♡♡♡♡♡♡」
──ぷしぃ♡♡♡ぷしょぉっ♡♡♡♡
痛いっっッ♡♡♡♡痛いいいいいいぃぃいいぃいいいいいっっッッッ♡♡♡♡♡♡♡♡
本棚の角で小指打ったぁ♡♡♡♡
汗♡♡♡汗噴くっ♡♡♡♡冷や汗噴くのとまんないよぉ♡♡♡♡
っていうかそれどころじゃない♡♡♡♡
やばいっ♡♡♡変な声出ちゃったっ♡♡♡絶対怪しまるっ♡♡♡♡
どうしよどうしよどうしよっ♡♡♡バレちゃう♡♡♡♡このままじゃバレちゃうよぉ♡♡♡♡♡
……そ、そうだ♡
「ミ゛ャ゛ャ゛ヤ゛ヤ゛ヤ゛ャ゛ヤ゛ャ゛ャ゛ヤ゛ヤ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ッ゛ッ゛ツ゛ツ゛ッ゛ッ゛ツっっっ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」
「ミ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ゛ッ゛ッ゛!!!!!♡♡♡♡♡♡♡ミ゛ョ゛ォ゛オ゛オ゛ォ゛ゥ゛ゥ゛ウ゛ッ゛ゥ゛ッ゛!!!!!!!♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ォ゛ゥ゛ウ゛
ウ゛゛ゥ゛ッ゛ゥ゛ゥ゛ッ゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡」
ネコの物まね♡♡♡♡サカったネコの物まねでごまかします♡♡♡♡♡最初の声もネコちゃんだったんですよー♡♡♡♡♡♡♡♡
……バレてない、よな?
恐る恐る振り返ると、アイツは手に持った紙束を熱心に見つめながら、何度もパラパラとページを戻ったり来たりしていた。
読んでいるのはきっと今回持ってきた小説だろう。こっちを気にする様子はないし、集中して聞こえていなかったに違いない。というかそうであってほしい。
「何してるんだ?」
テーブルにコーヒーを置きながら、アイツにそう訊ねる。
「今ちょっと気になるとこが頭に浮かんできて、確認してたところ」
「ふーん」
まあ、今からするのなんて確認くらいか。邪魔しちゃったかな。
手持ち無沙汰でコーヒーを飲む。慣れない苦さに顔を顰めそうになるが、どうにか我慢する。アイツは美味そうにしているが、俺は砂糖とか牛乳とか入れた方が美味しいと思う。
「最近何か面白い作品あった?」
俺たちが会う度にする、いつもの質問だ。
まだ確認している途中なのに、よく会話しようと思うものだ。集中した方がいいんじゃないか?
まあ本人がいいならいいか。最近は何を読んだっけ。
『森で脚を怪我していたムチムチ金髪ロングエルフを介抱したらお礼にご奉仕してもらうことに。結果相性抜群であることが判明して純愛イチャラブ結婚生活を送ることになる話♡』はかなり良かったな。
言えるわけないだろ。
「最近はあんまりこれだ!っていうのなかった」
ずっと黙っているのもよくない気がして言ったけど、お前の感性が乏しいからだよと思われてそうで心配になる。
思ってても顔に出すような奴じゃないから余計に。
「俺はね~、前言ってたコンテストで大賞取った作品を読んでみたんだけど、それが良かったね」
「とにかく文体が巧みなんだよ。読みやすいのに幻想的な雰囲気を出すのが上手くて、納得の大賞って感じ」
なにもわからない。
文体なんて創作論の本を書く奴が金儲けのために作り出した虚構だろ。なんて嘯こうしてみても、そんなのは自分でさえ信じられない。
コイツはそういう嘘をつくような奴じゃないし、作家の人とかも皆文体の話をしている。どちらが信頼できるかなんてわかりきっている。
なんで俺にはわからないんだろうな。
「……よし。気になってた部分の確認は終わったけど、読む?」
アイツの問いかけに沈んでいた意識が現実へと戻ってくる。いつの間にか、こっちに向かって紙束を差し出していた。
本みたいに分厚いな、なんて当たり前のことを思いながら受け取る。去年よりも重くなった気がするけど、去年の重さなんて覚えてないから気のせいだろう。
たしか初めて下読みをしたのは3年前だったなと思い出して、ふぅとため息をつく。
「あ、三次選考は通ってないね」
一瞬、意味がわからなかった。
アイツの口ぶりが、まるで明日の天気を話すみたいだったから。
高校生のとき、俺とアイツは一緒に同じ新人賞に応募しようと約束し合った。アイツは3ヶ月で作品を完成させて、俺は1万字も書かずに諦めた。
「残念だな。もっといけると思ったのに」
本当にもっといけると思ってたし、大賞を取るかもしれないと期待していた。アイツの作品は面白くて、俺にはプロが書いたものと区別できないくらいだった。
「まあ、課題は見えてきたし来年再挑戦するよ」
それなのに、アイツはもう次の話をしている。俺は悔しかった。
表立っては言えないけど、アイツと知り合ったときから、俺とアイツのどちらが凄いか、どちらの方が才能があるか、なんてことをたまに考えていた。くだらない考えだった。
それ以来、俺は毎年アイツの書いた小説を下読みしている。どの作品も斬新で、洗練されていて、とにかく面白かった。
そして、今年もこうして下読みをするというわけだ。
「『科学の最後と最初について』、ね」
なかなか大仰なタイトルだなと思いつつ、本文へ目を向ける。
舞台は、ポルノが科学に勝利した世界だった。
冗談みたいな話だが、その始まりもまた冗談のようだった。
3時間AVを見るとガンが完治する。
成人向け漫画を1冊読むと1ヶ月は何も食べずに生きていける。
耳舐め音声を聞くと1TB相当の情報を誤りなく高速に送信できる。
従来の科学的常識からは全くありえないことが立て続けに起こり始めた。宇宙に新たな法則が追加されたのだ。
特定の方法でポルノを消費することで事象を操作することができる。そして、ポルノを消費することでのみ何をどうすれば何ができるのかを理解できる。
そこにはおよそ一貫した法則というものは存在しなかった。それでも諦めずにポルノの研究を続けた学者は皆ポルノのことしか考えられなくなった。
要するに、科学的な解釈や活用は全く無意味であり、ポルノを消費することでしかポルノの力を理解し、用いることはできなかった。
やがてポルノを消費することでポルノを生み出す方法が理解され、ポルノの量は爆発的に増加した。ポルノはどんどん加速していった。
医療、軍事、経済、エネルギー問題、宇宙開発など、あらゆる問題に対する影響力においてポルノは科学を上回った。
科学が支配していた世界と比べて、人々の幸福度は格段に上昇した。当然だろう。ポルノがあれば大抵の問題は解決できるようになったし、性的に興奮することもできた。皆ポルノが大好きだった。
そんな世界で、一人の男が苦悩していた。
男は物理学者だったが、今ではもう何者でもなくなっていた。
ほとんど誰も科学に見向きもしなくなっていた。社会を駆動するのはポルノであり、大した成果も挙げられない科学に無駄なコストなど掛けられない。
実験器具や書籍の購入、学会や調査のための費用、学術誌への掲載料、何をするにも金がかかる。国からの補助がなくては満足な研究など続けられるはずもなく、科学はどんどん衰退していった。
科学は何も生まない。かと言ってポルノを消費したいわけじゃない。何もすればよいかわからず、実家に帰り毎日を無為に過ごす男だったが、物置を整理しているとかつて愛読していた科学雑誌を見つける。
懐かしさを感じた男はペラペラとページを捲るが、そのとき初めて雑誌を読んだときのことを思い出す。深海には鉄の鱗を持つ貝がいること。光速に近い速度で進むロケットの中では外よりも時間がゆっくりと進むこと。そういった事実が、世界に沢山の驚きが潜んでいることを教えてくれた。そして、科学的な方法を用いて理論的に説明できることへの知的な興奮をもたらしてくれた。男は気づく。自分はなぜ物理学者になったのかを。
科学は何も生まない。だが、そもそも何も生まなくていいのだ。何も役立たなくてもいいのだ。あのとき感じた驚きと興奮を胸に抱きながら、男はまた科学者として生きていくことを決意する。
「……面白い」
「設定こそ突飛だけど描写は丁寧だしSF的な想像力の面白さが出ている。テーマともよく接続されているし、かなり完成度は高いように思える。なんて、素人の癖に偉そうかもしれないけど。」
「途中のミスリードには完全に騙されたし、だからこそクライマックスに気づきの驚きが重なって良かった。とにかく読んでて面白かった」
思ったことを並べてみるけど、なんとなく月並みな印象が拭えない気がする。
ミスリードに引っかかったとかは、言われて嬉しいと思うんだけど。
アイツは満足そうにしているし、これでよいのだろう。実際面白かったし、読めてよかった。
でも、心の奥に何か引っかかるものを感じてしまう。
羨ましい。夢中になれるものがあって。
勿論、こんなことを口にするつもりはなかった。
「お前がこういうのを書くのはちょっと意外かも。これまでは機械とか宇宙とか、もっとカッコいい感じのやつが多かったし」
「たまに違うものも書こうとしてみたら案外面白くて」
お前は何でも書けるんだな、と言おうとしてやめた。才能を褒めているみたいに聞こえてしまうだろうから。
「いつの間にか暗くなってるな」
「そのくらい夢中になってもらえたなら何よりだよ。感想も貰ったことだしそろそろ帰るね」
「じゃあな」
──ガチャン
アイツが帰って、俺は部屋で一人。
ずっとただ動画を見ているよりは読書の方が有意義だと思うし、変な喋り方のこともバレなかった。
悪くない一日だったはずだけど、なんとなく胸にわだかまるものがあるというか、変な感じがする。
それはそうとしてむらむらしてきたのでパソコンの電源を点ける。
なんとなくアイツの気配が残っている気がして気持ち悪いが、その程度じゃ俺は止められない。継続は力なり、だ。
ブラウザを起動していつも使う小説サイトを開き、ブックマークにある作品を適当に選択する。
そのまま読まずに下の方へとスクロールして、いくつも出てくる関連作品を眺めていると、ある作品に目が留まった。
「あまあまマゾいじめ……か」
天才的な響きを感じさせる言葉だ。
たまには罵倒されながら愛してもらうのも悪くない。『恋人になった隣の家のいたずら好きな幼馴染におててであまあまマゾいじめしてもらうお話♡』をクリックする。
普段は導入なんて流し読みで済ませてしまうが、なんとなくしっかりと読み込んでしまった。何か特別な伏線があるわけでもないけど、そんなことは関係ない。それに、いつもより想像力が働くというか、没入できている気がする。今日は何かが違った。
『もうすっぽんぽんになっちゃったね~♡♡♡知ってる?リビングで裸になるのって、すっごくすっごく恥ずかしいことなんだよ~♡♡』
……きた。
全ての服を脱ぎ捨てる。暖房を付けてないので少し寒いが、それがかえって全裸でいることを意識させる。
『でも~、頑張って我慢してくれないと、キミのこと嫌いになっちゃうかも……?』
恥ずかしいが、俺のことを嫌いになってもらっては困るので我慢する。
心臓の鼓動はなんだかいつもよりも力強くて、それにつられて全身まで揺れているような気がした。
『ほーら、ゴーシゴーシ♡♡』
台詞に合わせて自分の手を動かす。
信じられないくらいに敏感になっていて、かえって下半身の感覚が曖昧に感じられるようだった。
『ごぉ~しごぉ~し♡♡♡』
息が荒くなる。全力で走っているような錯覚を覚える。
全身の感覚が溶けてなくなって、別の場所に向かっているみたいだ。
このまま自分を見失ってしまうような不安を感じて、舫い綱にしがみつくように手を握り締める。
『わ、もうすごいびくびくしてる~♡♡♡』
実際、すごいびくびくしている。こんな現象、フィクションだと思っていた。
隣の家のいたずら好きな幼馴染の声が聞こえてくる。至極当然のことだと思えた。
毎朝俺を起こしてくれる声だ。俺にいたずらを仕掛ける度に嬉しそうに笑う声だ。小さいころからずっと聞いてきた、俺の、好きな人の声だ。
「くふふっ、そんなに頑張ってお腰へこへこ♡ってしてもおてては妊娠しないんだよ~?♡♡♡」
その通りだ。いくら頑張って腰を振っても妊娠させることなんてできない。全く無駄な行為と言っていい。
それでも俺は腰振りをやめない。
「それともこう言ってほしい?♡すごいよぉ~♡♡♡パパのカッコいい腰振りで孕んじゃうよぉ~♡♡♡♡赤ちゃんできちゃうよぉ~♡♡♡♡あはっ、もう我慢できなくなっちゃった?」
全力で腰を振る。彼女の手を感じる。細くて滑らかな五本の指を感じる。彼女の意思を感じる。指一本一本の動きが、なぜそのように動かされたのかが、理解できる。
「それじゃあ、ぴゅーぴゅー♡ってしちゃう前に聞きたいんだけど~♡」
「キミは私のこと、すき?」
「すき!!!!!」
「だいすき!!!!!!!!」
「私もだいすきだよ♡♡♡♡すき♡♡♡すき♡♡♡だぁ~いすき♡♡♡♡♡♡♡」
その瞬間、俺は何もかもがわかった。
最も確かなものがそこにあった。
全身から力が漲っていた。
自分が今何をしたいのかがわかっていて、それをすぐに実行できることもわかっていた。
◆
「んで、できたのがこれってわけ」
今朝印刷されたばかりでまだピカピカとしている紙束を渡そうとしても、アイツは阿呆みたいに口を開けているばかりだった。
「朝っぱらから呼び出して、昨日の今日で、これ?」
まだちょっと残ってる呆け面に少しだけ優越感を覚えながら、毅然と頷いてみせる。
「……ははっ、ははははははっ!!」
そんなに笑うんだってくらいの大爆笑は1分以上続いて、つられて俺も笑った。
馬鹿にされたり引かれたりしたらどうしようという不安も若干あったけど、全く要らない心配だった。もともと先にポルノの話を書いてみせたのはコイツだしな。
「あー、面白かった。じゃあそれ読ませてよ」
紙束が俺の手から離れて、アイツの手の中に収められた。
アイツが俺の書いた小説を読んでいる。自作の抜き小説を目の前で読まれるなんてなかなかない経験だ。
どんな感想を貰えるかななんて呑気なことを思いつつ、コーヒーを飲む。大量の砂糖が徹夜明けの脳に沁みる。
「……めちゃくちゃ使える」
2万字程度の作品だし、文字数の内1割くらいはハートマークが占めているから、アイツが読み終えるまでにそれほど時間はかからなかった。
最低の感想だけど、最高に嬉しい。
「変な感想かもしれないけど、ハートマークの位置と量が完璧。ホントに初めて?」
思わず頬が緩んでしまう。
喋り方はまだ治ってない。ときどき冷静じゃなくても抑えられるときはあるけど、いつでもってわけじゃない。
でも、この能力は天賦の才だ。どこにいくつハートマークを付ければいいか、その最適な形が直感的にわかる。
日常生活には多少困るかもしれないが、それを補って余りある長所だと思っている。
「やっぱネットに載せるんだ」
アイツが覗き込んでいるスクリーンにはいつもの小説サイトが映っている。
抜き小説には大きな賞なんてない。大抵の場合はくだらないポルノと思われながら導入なんて読み飛ばされて、セリフだけ追って使われるだけだろう。
けど、そんなのどうでもよかった。
「すき♡だからな」
俺の作品を読む誰かに想いを馳せながら、俺は投稿ボタンをクリックした。
抜き小説に登場するキャラクターみたいに喋るようになった男が本当の愛に気づく話♡ 聖園エディアカラ生物群 @doragonoshiri
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