第44話 告白

文化祭が終わりちょっとした打ち上げが始まっていた。


そういえば冬野さん居ないな....。僕はいつ写真を渡すかと悩んでいるところだ。


「ねぇ和樹」と綾香が僕の方を叩いてきた。


「どうした?」


「はい、これ千里から」


そう言い綾香はあるものを渡してきた。


「これって....」


それはあの写真が入っている封筒だった。


僕は咄嗟に開けようとしていた。


すると「だめだめ、ここで開けちゃ」と綾香が止めてきた。


「人いるでしょ」


「そうだな....」


冬野さんが綾香に渡すのを頼んだのなら自分じゃ渡せなかったという事だ。周りに見られるのは嫌だよな....。僕はさっきの行動を反省し教室を出た。


近くの階段まで行き教室から見えない事を確認してから僕は封筒を開けた。


中から写真を取り出し裏を向ける。


そこには余白いっぱいに何かを書いているのがわかった。


僕は上からそれを読んでいく。


『和樹くんへ

先に謝らないといけないことがあります。私、本当はペアショットのこと知っていました。和樹くんに伝えたい事があったからわざと知らないふりをしました。口で言うのが恥ずかしくてだからこうすることにしました』


改まった口調でそう書かれていた。


『私は和樹くんに出会えて本当に良かったって思ってる。いつかの時言ってたよね公園で破れた卒業証書を持った女の子が居たって、それ多分私だと思う』


えっ....あれが....冬野さん?と正直僕は戸惑った。


『実は私の実家はここからそんなに遠くないんだ。この高校なら一人暮らししなくても通えそうなくらい。でも私の行ってた中学からはほとんど人が来ないからこの高校にしたんだ。あの時いじめが本当に辛くて逃げたくて、それで一人暮らしをする事にしたの。そしたら和樹くんに会えて私はすっごく変わった。今は毎日が楽しくて今までが嘘みたいに思える。和樹くんは私の恩人。感謝してもしきれないくらいたくさんのものをくれた。本当にありがとう。和樹くんといると心が落ち着くし退屈しないきっと私はあなたのことが』


その先を冬野さんは一度書ききったのだろう。でも真っ黒に塗りこう修正していた。


『やっぱり最後まで言うのは卑怯だね。和樹くん屋上で待ってるよ』


冬野さんが何を言いたいのか僕には何となく分かる。だからこそ鼓動が早くなっているしすごく嬉しいと思える。でもそれと同時に同じくらいの恥ずかしさが僕を襲った。


冬野さんに言わせるなんて僕は男失格だな....。


返せない程の感謝があるのは僕だって同じだ。冬野さんに会えて僕だって変われた。


僕は屋上に向かって走り出す。


屋上のドアを開けるとそこには冬野さんが柵に手をかけ夜景を眺めて待っていた。


少し肌寒い風が通り抜け冬野さんの綺麗な黒髪が波打つ。月明かりに照らされる彼女顔がいつも以上に綺麗に思えた。


「お待たせ冬野さん」


僕は冬野さんの隣に近づく。


「来てくれたんだ!」


そう言って優しく微笑む冬野さん。


「当たり前だ。話したい事が沢山あるんだから」


僕も微笑み返す。


「ここに書かれてたことってさ....」


「そう、全部ほんとの事だよ。私の実家はお金持ちでずっと無駄に広い部屋に一人でいたんだ。親はほとんど家に帰ってこなかったし帰ってきても一言も話さない。唯一兄さんが私の面倒を見てくれてたけどすっごく厳しかった。出来ないことがあるときつく叱られた。中学の時多分周りの人にはお金持ちの調子乗った奴って見られてたんだろうね。入ってすぐ嫌がらせが始まったんだ....」


「そっか....大変だったんだね」


僕はそんな言葉しか返せなかった。


「そうだね。何度も死のうとしたよ。でもいつもあと一歩出なくてその度に泣いて毎日地獄だったんだ。高校は誰も居ないところに行こうって決めて親に言った。でも認めてくれなかった。いつも放ったらかしにしてるくせにそういう時は話すら聞いてくれない。でもその説得に何故か兄さんも手伝ってくれた。兄さんのおかげでここなら住んでもいいってことになってそれでこの高校に来たの」


「じゃあ、あの卒業式の日は....」


「あの日はまだ実家に居たから先生に頼んで朝早くに卒業証書だけ取りに行くことにしたの。でもなぜか私をいじめていた人達がそれを知ってたんだ。証書を受け取って学校を出たら門の前で待ち構えてた。もう会うこともないからって、いつも以上に激しかった。殴る蹴るに罵詈雑言の嵐、気がついた時にはボロボロになってた。私はその足で今の家まで行った。でもあの公園で限界が来ちゃって思わず泣いてた」


「そうだったんだ....」


冬野さんの気持ちを考えると僕はそのいじめっ子達に怒りを覚えた。


「あの時誰かに話しかけられてたのは覚えてるんだけどあのいじめっ子だって錯覚しちゃって、怖くて逃げちゃったんだ....。あの時はごめんね」


「謝らなくていいよ。僕もごめん冬野さんを怖がらせて....」


「ううん、そんな事ないよ。和樹くんはあの時から優しかったんだって知れたから良かったよ」


そう言い小さく微笑む冬野さん。


「確かにあの時は辛かったけど今はそうは思はないんだ。和樹くんに出会えたから」


「大袈裟だよ」


「大袈裟じゃないよ。私は和樹くんに会えたから変わった。学校が楽しいって、友達ができるのがこんなに幸せなんだって知れた。全部和樹くんのおかげだよ」


すると冬野さんは顔を赤くさせたかと思えば柵から手を離し体ごと僕の方を向き息を整えた。


「....私は和樹くんの事が....。好き....大好き!」


冬野さんはそう言って満面の笑みを僕に向けた。


そう言われるのはわかっていたはずなのにいざ面と向かって言われると嬉しさと驚きが混じったような感覚になり、鼓動が加速した。


「べ、別に付き合いたいとかそんなんじゃなくてただ伝えたかったって言うか....その───」とあたふたする冬野さん。


「冬野さん....」


僕も伝えないと....。


「冬野さんは返せないほど感謝が僕にあるって言ってたけどそれは僕も同じだよ。僕も冬野さんに出会えて変われた。人と関わる楽しさを思い出させてくれた。退屈だった学校が今じゃ楽しいと思えるんだ。それは全部冬野さんのおかげだよ」


僕はポケットに入れていた写真が入っている封筒を出した。


「冬野さん受け取ってよ。これが僕の気持ち」


僕は冬野さんに渡した。


「今見てもいいの?」


「....良いよ」


正直恥ずかしい。本当は渡して家に帰ろうかと思ったくらいだ。僕は冬野さんほど出来た人間じゃない、最後まで口に出せず結局こうするしか無かった。僕と冬野さんの違いそれは思い切りの良さだろう。冬野さんは照れ屋で人見知りだ。でも自分を変えたくてたくさん挑戦した結果が今の彼女なんだろう。そんな頑張る冬野さんを見ていると僕は支えたいと思うようになっていた。実際ほとんど何も出来てないんだけど....。


冬野さんは写真を取り出し裏を向ける。


それを読んだ瞬間、冬野さんは顔をハッとさせ驚いた様子だった。


「これって....ほんと?」


冬野さんは信じられないといった様子だ。


「....う、うん。ほんとだよ」


僕は恥ずかしさを紛らわすため視線を逸らす。


「嬉しい....」と笑顔を漏らす冬野さん。


すると何を思ったのか冬野さんが僕の方に飛びつき抱きしめてきた。


───っ!?胸の中で冬野さんの柔らかい感触と暖かさを直で感じた。心臓が飛びだしそうな程に鼓動がうるさく鳴り出す。頬が熱を帯びさっきまで肌寒かった風が今は涼しいと思ってしまう。


「これからもよろしくね和樹くん」


弾んだ声で言う冬野さん。


やっぱり彼女には敵わない。きっと僕の方が返せないほどの恩を貰ってると思う。


『冬野さんへ

僕は冬野さんのおかげで人と関わることが楽しいと思えるようになった。何より冬野さんといる時僕はすごく落ち着くんだ。これからも一緒にいて欲しい。僕は冬野さんの事が好きです』


僕は胸の中にいる冬野さんを抱きしめ返す。


「こちらこそよろしく冬───千里」


この時は今までになく幸せな気分だった。


「もぉーずるいよ和樹くん」


嘘っぽく怒る千里。照れ隠しかさらに僕の胸に潜り込む。


「ははっ、でもこっちの方が良いからさ」


「和樹くんがその方がいいなら良いけど....」


すると千里は僕の胸から離れたかと思ったらニヤつきこんなことを言い出した。


「和樹くんって私の事が好きなんだよね」


「....ああ、そうだよ」


「私は口で伝えたのになぁ」


───ぐっ....。きっとこう言いたいのだろう、お前も口で言えと。


確かにそうだが....。


僕は息を整え口を開いた。


「....好きだ」


聞こえるか聞こえないかくらいの声しか出なかった。


「和樹くん今なんて言ったのかなぁ」


絶対千里楽しんでるだろ....。照れていても仕方ない言わなきゃ終われないなら勢いで言うだけだ。


「好きだよ!」と僕は絶対に聞こえる声で言った。


すると千里は驚いた顔をし「そ、そっか....」と顔を赤くさせもじもじしだした。


なんだよそれ....。と僕は千里の反応でさらに恥ずかしくなる。


まっ、かわいいからいっか。と結局は許してしまうのだが....。


少しの間、僕達は揃って夜景を眺めていた。


「じゃあそろそろ教室戻ろっか。みんなにバレちゃうし」


「だな....」


すると千里が僕に手を差し出してきた。


「ちょっとだけでいいから....」


恥ずかしそうにそう言う千里。


僕は覚悟を決めその手を取る。


「それじゃあ行こっか」


千里は嬉しそう笑い「うん!」と言った。


これからどんなことがあるか分からない。それでも今は隣に君がいて欲しい、と心からそう思う。

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