第三章

第35話 名前呼びをしたい (冬野視点)

夏休みも終わり今日から二学期。最初は始業式なので直ぐに学校が終わる。


でも私は今日やらなきゃ行けないことがある。


久しぶりだな立花く.....和樹くんとの登校。


そう、私は今日立花くんを名前呼びすると決めているのだ。


私はエレベーターに乗り下の階に降りる。


今日はちょっと早くに家出たから下で立花くんを待っておいて来たら「和樹くんおはよう」で行こう。


よ、呼べるかな....。


とイメージトレーニングをしたのだがそれだけでも少し鼓動が早くなってしまう。綾香に言われた時は簡単だと思ってたけど男子を下の名前で呼ぶって意外とハードル高い....。


まっ先に待ち構えていれば呼べるよね。と甘い考えをしていた。


エレベーターを降りマンションを出る。


まだ夏の暑さが残っており日差しが強く私は手で日差しを遮る。


そんな時私の前に人影があるのに気がついた。


「あっ、冬野さん....」と聞き覚えのある声がする。


私はその声の方へ顔を向ける。


───えっ....!?そこに居たのは立花くんだった。


ど、どうしてもういるの?いつもだったらまだ居ないのに。と、とりあえず言わなきゃ『和樹くんおはよう』って。


私は息を整え口を開く。


「か....かず....立花くんおはよう....」


い、言えない....言えるわけがない。もし今言えるのならずっと前から名前呼びしていたはずだ。


そのせいで少し変な挨拶をしてしまい私は恥ずかしくなり頬が熱くなるのを感じた。


それを見て立花くんは不思議な顔をし「おはよう....」と言った。


怪しまれてる....。どうにかして誤魔化さないと....。


「何だかひ、久しぶりだね」


噛んじゃった.....!自分の顔が赤くなっているのが何となくわかる。


「冬野さん大丈夫?」と心配そうな顔をする立花くん。


そんな顔しないで....恥ずかしいよぉ〜。ただ自滅しただけなのに心配されるのは思った以上にダメージを受ける。


「大丈夫だよ、そ、それじゃあ行こっか」


私は嘘笑いで誤魔化しながら学校に向かって歩き始めた。自然と早歩きになるのは許して欲しい。


こんなに難しいんだ名前呼びって....。


彼を目にする前の自分に教えてやりたくなった。


が、学校ついたら出来るかな....?なんて考えているとあっという間に着いてしまった.


───人が多い、こんなところで名前呼び何でしたらみんなに見られる。


い、言えない....教室じゃ言えない!


「おはよう!二人とも」と眩しい笑顔で近づいてくる綾香。


「おはよう....」と私は返す。


少し様子がおかしい私に綾香は近づいてきて耳元で「もしかして名前呼び出来たの?」と聞いてきた。


私は綾香の耳元で「で、出来てない....」と言った。


「どうすれば呼べるかな?」と私は助けを求める。


「こればっかりは千里が勇気を出すしかないよ」と綾香。


「そっか....」


「人のいる場所だと恥ずかしくて言えないの....」と続ける。


人がいない時も言えなかったけど....。


そう言うと綾香は少し悩んだ顔をした後何か思いついたのか耳元でこう言った。


「帰り道で和樹しか居ないタイミングで言っちゃおうよ。本人なら周りに言ったりしないんだし」と言い微笑んだ。


誰もいないタイミングかぁ.....。


始業式も終わり後少して学校が終わってしまうので私は少々焦っていた。


このままだといえずに終わってしまうという考えが脳裏をよぎる。私は自然と彼の方に視線を向けていた。


すると突然「席替えするぞぉー」と先生が言い出した。


席替え....席替えぇ!


たった今私にとって一番の敵となった。


どうして席替えなんてしちゃうの!そんなことしたら立花くんと離れ.....。いや、まだ諦めちゃだめ運はきっと私を味方してくれる!


そう思い引いた結果.....。


う、嘘だこんなの嘘だよぉ.....。私は一番前、立花くんは一番後ろの席になってしまった。


一緒にいるなって言ってるのかな。と私はショックによる脱力感で机にへばりついていた。


───そんな時だ。


「先生、私目が悪いので前の席でも良いですか?」と言う女子生徒の声が聞こえた。


私はそれに賭け目を向ける。


立花くんの隣だ!


「そうか、誰か変わってくれる奴はいるか?」と先生は言った。


当然後ろの席に行けるチャンスなので前列の生徒はみんな手をあげる。


私も当然手を挙げた。


───くっ.....。絶対譲らない。


その想いが強すぎて顔に苛立ちが宿りみんなを睨みつけていた。私の顔を見た人たちは徐々に手を下げていく。


嘘!譲ってくれるの!と私は必死すぎて自分の今の表情がわからなかった。


ただ一人綾香だけは静かに笑っていたのを覚えている。 


アクシデントもありながら結局立花くんと隣同士になれたことが嬉しくてニコニコしながら近づく。


「またよろしくね」と私は微笑みながら話しかける。


「うん、よろしく」と立花くんも微笑んだ。


危なかった。立花くんと離れるかと思っちゃった。


そうして気がつけばもう学校が終わっていた。


どうしようもう時間がない!


席替えの安心感で完全に頭から抜けていた名前呼びのことを思い出した。


「冬野さん帰ろっか」と立花くん。


「う、うん....」


落ち着け私、家に着くまでが勝負まだ時間はある!


「冬野さん今日遊ばない?」


そう言いながら近づいてくる金髪ロングの女子。


北条さん....。久しぶに会ったなぁ。私はその誘いを受けようかと少し悩んでしまっていた。遊んでたら立花くんと....。でも断ってばっかだしなぁ。


すると綾香が北条さんの後ろから出てきた。


「美香、今日、千里大事な用事があるから行けないよ」と言った。


その後私の方を見てドヤ顔をした後口パクで頑張れと言った。


ありがと綾香───!


「ごめんね。また誘ってよ」と北条さんに言って私は立花くんと学校を出た。


校門を出たあたりで立花くんが口を開いた。


「久しぶりの学校はどうだった?」


「えっと.....」


どうしよう何も思い浮かばない。考え事のせいで久しぶりの学校とかそういうのが頭からすっぽりと抜けていた。


「意外とみんな変わってないなぁと思った」


「そう?結構日焼けしてる人いたよ」


「ほんと!」


「気づいてなかったんだ....」と笑う立花くん。


名前で呼ぶことしか考えてなくて周り見えてなかったよ....。


そんなたわいもない話しをしているといつのまにかマンションまで帰っていた。


───話に夢中になりすぎちゃった。


でも今思ったけど何で今日絶対呼ばなきゃいけないんだっけ?別に明日でも.....。


いや、そうやって逃げようとしちゃうから今日するって決めたんだった。


私と立花くんはエレベーターに乗り込む。


呼ぶぞぉ〜!


どんどん私の降りる階へと近づいていく。


よ、呼ぶ....ぞぉ。


そうしてついにエレベーターが止まりドアが開く。


「またね冬野さん」と立花くんが言った。


「そ、それじゃあね.....」


「立.....か、和樹くん....」


私勢いのままそう言った。


言えた!そう思ったと同時にエレベーターのドアが閉まっていく。


「───えっ.....」と驚いた顔で思わず声が漏れる立花くん。


その後立花くんは少し照れていたけど嬉しそうに小さく微笑んでいたのが見えた。


エレベーターが完全に閉まり立花くんが上の階へと行った。


それを見て私は大きく深呼吸をし落ち着く。


その後彼の表情を思い出し「ふふっ」と笑った。


立花くん照れてたなぁ。


私はそれが何だかすごく嬉しかった。




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