第28話 離れたくない
今日の昼頃、冬野さんからこんなメールが来た。
『昨日商店街のくじ引きでスイカが当たったんだけど大きすぎて食べきれないから半分くらい貰ってくれないかな?』
くじ引きでスイカって....。
『どれくらいの大きさなの?』と僕は送った。
すると『これくらい』とスイカの写真が送られてきた。
確かに大きいな....。
写真でも見てわかるほどそのスイカはでかくスーパーで売っている物よりも二周りは大きく感じた。
商店街のくじ引きって事はこれ無料なのか....?そうだとしたらすごいぞ....。
『それで貰ってくれる?』と冬野さんからきた。
まずは家族に言わないとな。
『ちょっと待ってて相談してくる』と送り僕は部屋を出てリビングに向かった。
リビングからは母さんと姉さんが話している声が聞こえる。
ちなみにだが父さんは出張中だ。
リビングに入り早速スイカのことを話した。
すると「千里ちゃんからならおっけーだよ」と姉さんがグッとポーズをした。
「ちょうど買いに行こうか悩んでたからちょうどいいわね。貰っておいで」と母さん。
どうやら二人は貰う気満々みたいだ。
僕は直ぐに部屋に戻り『じゃあ少ししたら取りに行くよ』と送った。
すると『貰ってくれるの!ありがとう!』と返ってきた。
よっぽど困ってたんだな冬野さん。と少し笑ってしまった。
一時間ほど立ちそろそろ取りに行こうと僕は『今から行くよ』と冬野さんに送り家を出た。
だが返信の早い冬野さんには珍しくなかなか返ってこなかった。
その間に僕は冬野さんの家の前まで来てしまった。
もしかしてタイミング悪かったかな....。と少し不安になったが着いてしまったので一応インターホンを鳴らすことにした。
そうして僕がインターホンに手を持っていこうとした瞬間、冬野さんの家のドアが開いた。
───えっ....。まさかの事で驚き僕は後ろに仰け反る。
するとそのドアから出てきたのは冬野さんではなく男の人だったのだ。
「次来るまで考えておけ」と低く少し圧のある声をした男。
黒色の髪にメガネをかけ高そうなスーツと腕時計をしたその男。見るからに歳上なのがわかった。
「はい....わかりました....」と少し震えた弱々しい声で答える冬野さん。
誰だ?というか何で冬野さん怯えてるんだ。
するとそのメガネの男が振り返り僕を見るなり鋭い目で睨みつけ何も言わず立ち去って言った。
何か素っ気ない時の冬野さんと同じ視線を感じたな。まさか兄とかか?
「立花くん....?」と弱々しい声のまま冬野さんが言った。
僕は冬野さんの方に振り向いた。
そこには驚きで目を見開く冬野さんがいた。その目から不安や怯えなどが痛いほど感じられた。
やっぱり見られたくなかったのか.....。
「冬野さんスイカ取りに来たんだけど....ちょっとタイミング悪かったかな?」
僕はさっきの事に触れないようできるだけいつものトーンで言った。
これは優しさとかでは無いただ僕がこの事に踏み込む勇気が無かっただけだ。これは何となくだ、何となく聞いてしまったら彼女が、冬野さんが居なくなってしまうように思えたから。
僕は一度帰ろうと後ろに振り返る動作をし始めた時冬野さんは口を開いた。
「大丈夫だよ、あがって....」とドアを大きく開き迎える冬野さん。その時の彼女は悲しげな嘘の笑みを浮かべていた。
「わかった....」
僕は冬野さんに連れられリビングへと向かった。
「ごめんね、まだスイカ切れてないんだ」と元気の無い冬野さん。
「良いよ、ゆっくりで大丈夫だよ」
「ありがと....」
冬野さんは大きなスイカをザクザクと切っていく。
その間僕たちの間で話しが始まる事はなかった。
少しの静寂とスイカの切れる音とまな板に包丁があたる音。
その音はまるで冬野さんが何かをぶつけているように思え痛々しかった。
「ねぇ立花くん良かったら一緒に食べない?」と小分けにしたスイカをお皿に盛り持ってきた冬野さん。
「良いよ、食べよっか」
すると冬野さんは僕の隣に座りスイカを食べ始めた。
僕もスイカを取り口へと運んだ。
「おいしぃ〜」と少し暗い顔をして呟く冬野さん。
これは聞いても良いのかな.....。と僕はさっきのとを思い出していた。
冬野さんが気になりあまりスイカの味を感じることができないまま食べ終えてしまった。
「立花くんは聞かないんだね....」と突然そんな事を言い出す冬野さん。
「.....さっきのってお兄さん?」
僕は少し間を開けてそう言った。
「うん、そうだよ....」と冬野さん。
「その話しは聞いてほしい事なの?」
「ほんとを言うとあんまり聞かれたくない話かな....」と小さい声で言う冬野さん。
「でも相談にのって欲しいと思って....。お願いしてもいいかな?」と続けた。
「良いよ。話して」
僕は冬野さんを優しく見つめる。
するとその目を見て少し安心したのか冬野さんは息を整えた後口を開いた。
「これはもしもの話しだよもしも私がいなくなるとしたら立花くんはどう思う....」と冬野さん。
いなくなる....?
「......」
その発言に僕は驚き何も答えることができなかった。
「いきなりでごめんね....」と冬野さんは言い。何故そんな事になったのかを話しはじめた。
どうやら突然お兄さんが家に来てこんな事を言われたと言う。
"親がお前を戻したがっている"と。
冬野さんの家は裕福で親もお兄さんも優秀で彼女にとってはものすごく居心地の悪い家だったと言う。
それでも冬野さんは親に何度も頼み込んでこの学校に入れてもらい家まで用意してもらったので断るにも断りきれないと言う。
それに親はなかなか家に帰ってこずいつもお兄さんに面倒を見られていたということもあり厳しいお兄さんに反抗するのが怖いとも....。
「兄さんは考えておけって言ってたけど親が兄さんを向かわせた時点で最初から帰らせるのが目的なんだと思う....」と悲しげな顔をする冬野さん。
「多分この知らせはみんなと別れるために用意された猶予なんだ」と続けた。
僕は胸が締め付けられるのを感じた。
冬野さんと別れる事になるのが嫌だと、そう思った。でもこれは家の問題だ僕が口を挟んでいいことなのだろうか?
「冬野さんはどう思ってるの?」
「私は.....帰りたくない....」と本音を口にする冬野さん。
「それなら....」
「無理だよ、頼んでもきっと認めてくれない」と冬野さん。
「じゃあ諦めるの?」
僕は真剣な顔を冬野さんに向ける。
彼女に諦めては欲しくなかったから。
「───えっ....」と驚いた様子の冬野さん。
「冬野さんは帰りたくないんだよね。それならそうすればいいと思うんだ」
きっとこれは冬野さんが一番言われたくないない事だ。
「そんな簡単に言わないでよ....立花くんは私の家がどんなのか知らないのに....」と少し怒った様子の冬野さん。
すると冬野さんは顔をハッとさせ「ごめん....」と謝った。
「確かに冬野さんの言う通りだよ、僕は冬野さんのことを全部知ってるわけじゃないし簡単にすむ話じゃないのはわかってる。でも僕はこれだけはわかる、やる後悔よりやらない後悔の方が後々しんどくなるって」
中学の時はそればかりだった。
もし別れてしまうことになっても冬野さんには悔いを残して欲しくは無い。
「冬野さんもそれは嫌じゃない?」と僕は続けた。
「それは....」と戸惑う冬野さん。
今から僕が言うのはものすごく無責任なこと何だとわかっている。でも手放したくない後悔はしたくないとそう思ったから口にした。
「僕は冬野さんには帰ってほしくないって思ってる」
僕は彼女を見つめそう言った。
すると冬野さんは目を見開き驚いたかと思うと顔を真っ赤にし「なっ、急にどうしたの!?」と言った。
そんなに恥ずかしがられたら僕も恥ずかしいんだが....。
「だ、だって冬野さん最初に言ったじゃん。私がいなくなったらどう思って.....」
「ここまで仲良くなれたんだ今更離れるのもなんか寂しいというか....」と続けた。
すると冬野さんは僕に触れる勢いで近づいてき
真っ赤な顔を僕に見せ優しく「あ、ありがとう」と言い微笑んだ。
この時心臓が飛び出しそうなほどにドキドキしていたのは内緒だ。
「やらない後悔よりやる後悔....か」と小さく呟く冬野さん。
「そうだね、とりあえずやらなきゃだよね。みんなと離れるなんて嫌だし」と言いソファーから立ち覚悟を決めたような顔をする冬野さん。
「何か手伝える事はある?」
僕がそう言うと冬野さんは悩んだ顔をししばらく考えた後微笑みこう言った。
「じゃあ勇気をくれないかな?」
「勇気?」
「うん、逃げ出しそうになったら励まして欲しいし兄さんに反抗するのにも勇気が必要だからさ」
「そんな事でいいの?」
「それが良いんだよ。これは私の問題だからこれくらいしか頼めないよ」と言い笑顔を見せる冬野さん。
そっか冬野さんなりの覚悟か....。
「だな、頑張ってよ冬野さん」
「うん!」と明るい声で言う冬野さん。
その声に嘘はなかった....。
冬野さんは次にお兄さんが来た時帰らないと言うらしい。
僕はそれを全力で応援した。
今までいただろうかこんなにも離れたくないと思った人が、いやきっと彼女が初めてだ。
僕は冬野さんにはできるならずっと笑顔でいて欲しいと心から思う。
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