第18話 ありがとう

僕は冬野さんに全てを話した。


その時彼女も少し辛そうな顔をしていたのが目に入った。


「このことって綾香も知ってるの?」と冬野さんは聞いてきた。


「知らないよ....。綾香には言わないようにしてたんだ」


「どうして....?」


「あいつ意外と口軽いしさ周りの空気とか気にせず自分の思ったこと言うタイプだから。災厄今度は綾香がターゲットにされると思ったんだ....」


いじめがバレてから陸上部の奴らは荒れた性格にあったからな。


「やっぱり立花くんは優しいね」と笑顔を見せる冬野さん。


やめてくれ....。


「僕は優しくなんてないよ....」


「どうして立花くんはいつも優しいって言ったら否定するの?」と疑問そうな顔をする冬野さん。


「僕は優しい人間なんかじゃないよ。山田がいじめられてるのを知った時どこか他人事のように感じてた。友達に裏切られたことの方がショックが強かったんだ」


「みんなそんなもんだよ」と冬野さん。


「どうしてそう言い切れるの?」


すると冬野さんは俯き少し悲しげな顔をした。


「....だって私、いじめられてたから」


「───えっ....」


冬野さんが....いじめられてた...。胸が締め付けられるような感じがした。


「みんなに素っ気ない態度をとるのもなるべく自分から遠ざけるためだったんだ」と冬野さんは言った。


「それならどうして僕には....」


「何でだろう。それは今でもあんまり分かんないんだ。でも私を助けてくれたのは立花くんが始めてだったから。この人なら信じてもいいって思ったんだと思う」と優しく微笑む冬野さん。


「そんなんじゃだめだよ....もし僕が下心で君を助けたとしたらどうしてたの?」


彼女は人と関わることをやめれなかっただけなんじゃないかそう思った。


「そんなの無かったじゃん。というか下心があるならさすがに分かるよ、立花くん私の事舐めてるでしょ」とニヤつく冬野さん。


「そっか....そうだな」と僕は少し納得してしまった。


「でも僕が冬野さんを助けたその全てが優しさってわけじゃないんだ」


「ならどうして?」と冬野さん。


「僕が多分無意識にあの出来事と冬野さんを重ねてたんだと思う。じゃないと僕はあんな不利なところに単身で行くような奴じゃないよ」


「それって山田くんの事?」


「それもあるけど....少し違う。僕がいじめの怖さを始めて知った日のこと」


同時にいじめを止めれなかったことを酷く後悔した日だ。


「聞いてもいい?」と冬野さん。


「うん」


僕は口を開いた。



これは中学の卒業式の日の事だ。僕と悠真は式が終わった後すぐに帰路に着いた。


そうして僕の住むマンションの近くの公園に差し掛かった時だ。


一人の少女がうずくまってるのが見えた。長い黒髪に汚れた制服を着た少女。パッと見だが同じ中学生だと思った。でもここら辺では見ない制服を着ていたので僕は気になってその子を横目で見ながら歩いていた。


方向が変わり死角になっていた部分が見えた時僕は足を止めた。


何だあれ....。僕は目を疑った。


くしゃくしゃになり少し破れている卒業証書に落書きをされた製鞄を持っているのが見えた。


僕は吸い込まれるかのようにしてその少女の方へと行っていた。


「ねぇ君大丈夫」と気づいた時には声をかけていた。


するとその少女は怯えたように体をビクッとさせ僕の方へと振り向いた。


髪で顔が隠れていて良く見えなかったが隙間から見える目が僕は忘れられない。


何かに怯えたような弱々しい瞳の中にとてつもない悲しみや恐怖を感じた。


それに遠くからで見えなかったが彼女の製鞄には心無い言葉が書かれておりすぐにいじめられているとわかった。


僕はこのままほっては置けないそう思った。


「ねぇ君...」


僕はもう一度話しかけようとした。


「や、やめて....もうやめて」と僕の言葉を遮り震えた声でそう言った。僕では無い何かに怯える少女。


すると少しずつ僕から距離を置くために後ずさりを始めた。


僕は彼女を追いかけながら何度も話しかけようとした。


でもその少女は「来ないで....」と言うだけだった。


ついには立ち上がりおぼつかない足取りで走り始めたのだ。


「待って───!」


僕は追いかけようとした。でも足は止まってしまった。


その少女の背中から感じたのだ『私に近づかないで』と彼女の恐怖が全身に伝わってきたような気がし心が傷んだ。


始めて知った、いじめは人をあんなふうにしてしまうこと。同時に僕は山田を助けなかった事もずっと他人事として気にしていなかったそんな自分が許せなくなった。



「多分あの時冬野さんを助けたのはこの時感じた後悔からだよ。男に迫られている時の冬野さんの目があの少女とそっくりだったんだ.....」


全てを話した僕は冬野さんの方に顔を向けた。


すると冬野さんは驚いた顔をしこちらを見ていた。


「その少女って....わ....」


冬野さんが何かを言おうとした時だ。


保健室の外から何やら騒がしい声が聞こえ僕はそっちに気がいってしまった。


「綾香こんなとこで何してんだよ」


悠真?


「───ちょっと静かにしてよ今あの二人が居るんだから」と綾香が言った。


「あの二人って?」と高橋の声をする。


すると保健室のドアが空いた。


冬野さんの目が鋭くなる。


「だ、だからダメだって....」と綾香が高橋を掴むが既に手遅れだった。


「───あ、ごめん」と何かを悟ったような様子の高橋。


「どうしたんだ?」


僕はそう質問した。


「わ、私はただ千里の様子を見に....」と目を泳がせる綾香。


絶対なにか隠してんな....。


「和樹探しててよぉそしたらここにいるって聞いて来たんだ」と悠真。


「俺はその付き添いで」と高橋。


この二人冬野さん転けたの知ってるのに何で保健室に来た時分からなかったんだ。僕は二人の馬鹿さにため息をついた。


「千里、足大丈夫?」と心配そうな顔をする綾香。


「ええ、大丈夫よ....」と言ったあと冬野さんが少しもじもじしだした。


これ何か言いたい時だ。


すると僕の方を見て何か訴えかけるような顔をした。


何かは分からなかったがとりあえず僕は頷いた。


すると冬野さんは優しい目に戻り口を開いた。


「あ、綾香....そ、そのありがとう」と優しい声でそう言う冬野。


「───え....?」と状況が飲み込めず首を傾げ固まる綾香。


その空気が冬野さんを焦らせたのか「いや、そのね。応援してくれたりとかリレー誘ってくれたりとか綾香には感謝したいと思ったの」とあたふたする冬野さん。


すると固まった綾香の首が僕の方に向き。


「ほ、ほんとに千里?」と驚きすぎたせいか声が小さくなる綾香。


「うん、これが素の冬野さん」


「───え...!」と大きい声を出す綾香。


「めっちゃかわいいじゃん!!」と目を輝かせ冬野さんに近づく綾香。


「───か、かわ!?」と顔を赤くする冬野さん。


「うわぁー!恥ずかしがってる顔もかわいいー!!」とはしゃぐ綾香。


「な、なぁ立花、あれが氷の女王なのか?」とまだ状況を掴めていない高橋が言った。


「そうだよ、あれが氷の女王のほんとの姿だ」


すると「マジか!」と言い高橋が冬野さんに近づき。


「冬野さんだいじょぶそうで良かったよ」と話しかけた。


「....そう」と素っ気なくあしらう冬野さん。


高橋は肩を落とし「何で俺には優しくないの....」と嘆きながら帰ってきた。


「高橋はもうちょい仲良くならなきゃ無理かもな」と僕はアドバイスをした。


「なるほど....さすがだなお前」と一瞬にして復活した。


すごいポジティブだな。


「それにしても素の冬野さんめちゃくちゃ可愛いな」と悠真が言った。


「ほんとかわいいよな....」


僕は小さく呟いた。


「というか和樹、まさかこんな秘密を隠していたとは....」と痛いとこを着いてくる悠真。


「いや、別に秘密にしてたわけじゃ....」


「へぇ〜」

「へぇ〜」と高橋と悠真が声を合わせそういった。


いやほんと何だけどな....。というかこいつらの言いたいことが手を取るように分かる....。


「みんな千里が何か言いたいらしいよ」と綾香。


僕たちは冬野さんに注目する。


すると恥ずかしそうな様子の冬野さん。


「み、みんなリレーの時支えてくれてありがとう」と言い小さく微笑む冬野さん。


僕もつられて口角が上がった。


「おう、どういたしましてだ」とグットポーズをしそう言う悠真。


「お前は関係ないだろ」


僕は思わずそうツッコミを入れてしまった。


すると冬野さんがフフっと笑いそれに釣られてみんなも笑いが込み上げた。


どうやら冬野さんにも心の許せる友達が増えたらしい。

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