青に縋って
彩葉
青に縋って
梅雨も明けて太陽が本格的に仕事をし始めた。雲一つない快晴の青空に目を細めると思い出すのはいつも彼女の後姿だ。
腰ほどまである艶やかな髪を結ぶもせず、しけった風にされるがまま靡かせる彼女。
折るのが下手だからと膝丈を守ったスカートを翻す彼女。
田舎の、一時間に二本しか通らない電車にシャツを靡かせる彼女。
「私ね、モデルになりたいの!」
踏切の、カンカンとなる音に負けないぐらいの大声で彼女が言う。私から見れば彼女はお世辞にもかわいいとは思えなかったし、多分本人もそれは自覚していたと思う。
「いいんじゃない?」
「ほんとに思ってる? ふふ、まあなりたいだけだけど。だってさ、あんなにいろんなお洋服を着られるんだよ? それでお金がもらえるなんて素敵だと思わない?」
私は彼女の短絡的な思考に呆れはしたが、自身の夢を考えるとそう大差ないと思い返した。
海沿いの道路を歩く。
私は普通に歩道を歩いているが彼女はよく縁石の上を歩き、時々バランスを崩してはあははと笑う。
私はその顔がまるで作り物みたいに思えて嫌いだったけど、今思い出せる彼女の顔はそればかりだ。
午前授業で学校が終わったためまだ時間は存分にある。とはいっても片田舎に時間を潰せる場所なんてそうそうなくて、どうしようかと二人で考えあぐねていた。
「そうだ、学校戻ろう」
「お、なんかいいこと思いついた感じ?」
「あなたをモデルに絵を描きたい。学校の屋上で、雲一つない快晴を背景に、君を描きたい」
「いいね。私の最初の仕事だ」
にやりと笑った彼女の表情は、やはり作り物に見えた。
まだ解放されている学校に戻り、美術室から自分のスケッチブックと筆記用具を持ち出して、鍵のかかった屋上に忍び込む。
彼女はフェンスにもたれかかり横を向く。特にポーズを指定したわけではないが、確かに彼女は美しく見えた。
互いに言葉を交わすことなく私はペンを走らせ彼女はじっと動かない。何を考えているのか分からない、まるで人形のような彼女にようやく私は彼女の表情が作り物に見える理由が分かった。
本当に作り物なのだ。自分が最も魅力的に映る角度を、表情筋の使い方を彼女は知っている。それが後天的であれ先天的てあれ、彼女は見られる仕事が向いているのだなと、そう理解した。
三時間ほど、二人の間には私のペンの音と野球部の掛け声と烏の鳴き声だけが存在した。
そして空がオレンジになりかけた頃、ようやく絵が完成した。
「やっぱり絵、うまいんだね。私じゃないみたい」
「あんたは綺麗だよ。さ、お腹空いたしラーメンでも食って帰りますか」
告白紛いな台詞の気恥しさを誤魔化すように一息で言い切る。
「あったあった」
私は社会人になってから、快晴をみて彼女を思い出すたびにあの時の絵を引っ張り出してくる。ただの鉛筆でのスケッチなので清書して色をつけようと思ったこともあったが、それはやめておいた。
あの時の青は彼女の笑みぐらい作り物に思えて、それを再現することは野暮ではないかと思う。
「今頃どうしてんのかね」
今年の快晴にあの日の快晴を見ながらひとり呟く。
青に縋って 彩葉 @irohamikan
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