第9話 ジャビ
バジリスクの討伐に成功した俺たちは、ひとまず石化した仲間たちを助けることにした。
予想通り、バジリスクの胃液には石化を解除する成分があり、まだ砕けていなかった石像にこれをかけ自由にしてやる。
結局助かったのは俺たち3人以外には共に戦った133と459、それから一般冒険者2人だった。
長時間に及ぶ戦闘の結果、皆満身創痍だ。
しかし、俺たちの身が置かれた状況は依然として危険なものだ。
「なんとかして第5層を脱出しないとな」
「913、お前の魔術で塞がった階段ぶち破れねぇの?」
「無理じゃないが、第4層の崩落の危険もある。かなりリスキーだと言わざるを得ないな」
場の空気が静まり返る。
ここ、第5層はネザリアンとの攻防戦の最前線だ。バジリスクを退けたいま、それ以上の刺客が送られてくるかもしれない。
そんな大物と戦うだけの力は、いまや誰にも残されていない。と、なると。
「やはり、あそこを使うしかないか……」
「ん? なんだ、心当たりでもあるのか?」
「まぁ……ついて来てくれ」
俺は他のメンバーを先導して覚えている限り自分が来た道を引き返す。
「っ……ここは」
目的地に着くなり七瀬が顔を歪ませる。
無理もない。
「あぁ、地上から第5層までの直通通路。通称『死の滑り台』だ。ここらか脱出する」
「おいおい正気かよ!?」
俺の提案に大河が意見する。
「これ地上までどんなけあると思ってんだ!」
「大体100メートルくらいか」
「『大体100メートルくらいか』ッじゃねえ! 無理だろこんなもんどうやって登るんだよ」
「心配するな。俺が登らせてやるさ」
俺は地上まで届く風の塔を思い浮かべ、詠唱を始める。
「反発・逆風・雲への尖塔」
右手に集まった風のエネルギーを死の滑り台に投げ込むと、そこに小さな風のエレベーターが完成する。
「魔力回路が焼き切れ寸前なんだ。1人用で済まないが、これで登っていってくれ」
「マジか……さっきから思ってたんだが、お前コレどんな魔術だよ」
「いや、【ブリーズライド】だが?」
「何言ってんだ、お前?」
「まあ、無理もないさ」
133が大河の肩に手を置き、なぜか呆れた顔で語る。
「こいつの師匠が魔術のガチ勢でな。基本の魔導書しかないはずなのに上級呪文顔負けの威力に改造する変態だったから……」
「だからこいつも変態に……」
「
まったく失礼な奴らだ。
今度言ったら1回こいつらが上ってる最中に【ブリーズライド】をキャンセルしてやろうか。
そんなことを考えつつ、とりあえず被害が大きかった一般冒険者の2人から順に地上へと返していく。
「ほら、先いけよ七瀬の嬢ちゃん」
「あ、ありがとうございます」
「大河、お前毒にでもやられてんのか?」
「バッ、お前俺はいつも紳士だろうが!?」
そう言って笑っていると、不意に頬が濡れる。
「ん?」
地下水か、大河のよだれか、はたまた俺の涙か。
拭ってみると妙な粘り気に違和感を覚えた。
「お前、それ」
「血……っ」
「は?」
本能的に液体が飛んできた方角を見やる。
すると——
「133、459ッ——!!!」
そこには腹に大きな風穴を開けた状態で立ち尽くす2人の姿があった。
その奥から、音も気配もなくひとつの影が姿を現す。
「お゛前たちか、バジリスクの息の根を止めたのは」
かすれた声の主は、一歩、また一歩と俺たちの方へ近づく。
影を抜け、徐々にその邪悪な姿が
まるで《日焼けをしたかのような》浅黒い肌、落ち窪んだ瞳、ツヤのない金髪に深くシワが刻まれた顔。
エジプトの壁画にありそうな司祭服を身に
「何者だ……」
身震いを抑え込み、俺は問う。
圧倒的な威圧感を放つその司祭は、無表情に応える。
「わ゛が名は地底神官ジャビ。地底国ネザリアンの統治者にして——侵略者だ」
ニタリと口端を上げる。
「わ゛れらが秘宝、
「……断ると言ったら」
「……こ゛いつらと同じ運命をたどってもらう」
瞬間、ジャビの腕が伸長し、その尖った爪が破竹の勢いで俺たちを襲う。
「くっ……!」
俺は手にしていた石剣でこれをなんとか受け止める。が——
「ぐぁぁッ!!?」
全体重をかけていたはずの俺の身体はいとも容易く、岩壁まで吹き飛ばされる。
頭上から降り注ぐ土砂の中、ジャビの姿が映る。
コイツはヤバい。
「大河ッ! 《上がれ》ッ!!!」
「で、でもよ……」
「早くしろ死ぬぞ!!!」
「ん……あぁぁぁぁあああッ」
無念の叫びを上げ、大河は風のエレベーターに走る。
「い゛かせると思うか?」
ジャビの魔の手が文字通り大河の背中に迫る。
俺はありったけの力を振り絞り、2人の間まで跳躍。
剣戟の構えのまま口早に呪文を唱える。
「
基本土魔術【クリアウォール】を発動速度と硬度を高めて発動。
二重の防壁が俺とジャビの間を隔絶する。
同時に、俺の魔力回路が焼き切れる音がした。
しかし、ジャビの鋭い爪は1枚目の壁をじわじわと侵食し、やがて貫く。
「くそッ……!」
そして2枚目の壁をジリジリと
「はぁぁぁぁぁっ!!!」
俺は腰を落とし、渾身のパワーを込めてジャビの右腕に振り下ろす。
激突の瞬間、石剣の宝石がキラリと輝く。
俺の剣とジャビの鋭利な爪が交差する。
勢いに押されまいと踏ん張る俺だったが、少しずつ、少しずつ押されていく。
もうダメかと、そう思ったときジャビの攻撃の手が緩む。
「む゛っ!?」
3メートル以上伸びていた腕がゴムのように元に戻り、俺は膝をつく。
何が起こったのか。
俺は力を振り絞り、ジャビを睨みつける。
そこには、石化した右手をまじまじと見つめるジャビの姿があった。
「ほ゛ぅ。その剣の力を引き出すか」
「何の話だ」
「く゛くくくっ……はははは」
ジャビは邪悪に、しかし心底愉しそうに笑う。
俺が呆気に取られていると、ジャビはくるりと踵を返した。
「どこへ行く」
「き゛まってるだろう。地下だ。光に当たり過ぎた」
そのまま、ジャビは薄ら笑いを浮かべダンジョンの奥に消えていった。
俺の記憶は、ここで途絶えている。
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