第7話 バジリスク攻略戦

「準備はいいな?」

「えぇ」

「任せろよっ!」


 作戦会議からすぐ、俺たちは来た道を戻りバジリスクが暴れる第5層中心部にたどり着いていた。


 あのトカゲに気づかれないように遠くの角から顔を覗かせて様子を伺う。


 現在戦っているのは133と女性冒険者の2人。他の奴らは……周りで石になってるのが3人であと1人は食われたか?


 とにかく、状況は良くない。

 注意分散的な観点でも、あの2人がくたばる前に参戦したい所。


 俺は目線で「もう出る」と2人に伝え、腰から剣を抜き一目散に駆け出る。


 勝算は——ある。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」


 俺はトップスピードで瓦礫をすり抜け、バジリスクに肉薄する。


「913!!!」

「シッ!!!」


 バジリスクの瞳がこちらを捉える前に腹の下に潜り込み力いっぱいの斬撃をお見舞いする。

 ぬるりとしたウロコに阻まれたためか、はたまた錆びついた剣のせいか、傷は浅い。


 バジリスクが俺の存在に気づき、身体を押し下げてプレス攻撃を仕掛けてくるが、それを読んですぐさま進行方向に逃れる。


「うぉぉぉぉりゃっ!!!」


 133の加勢だ。

 トカゲ野郎の背に乗り、剣を突き立ててジワジワと体力を削りにいく作戦だろうが、やはりウロコに阻まれて剣先が通っていない。


 俺は体勢を起こすと、左手を伸ばし詠唱を始める。


燎原りょうげん螺旋らせん・踊る青海波せいがいは


 人差し指の先に紅く燃える炎の弾丸が現れる。

 基本炎魔術【ヒートバレット】。

 風の【ブリーズライド】より爆発力と持続力に優れたこの魔術ならバジリスクの装甲に有効という七瀬の判断だ。


◆ ◆


 約15分前。


「七瀬、バジリスクについて知ってることはないか?」

「そうね——」


 俺の問いにしばし考えるようなそぶりを見せ、七瀬は答える。


「特徴的なのは毒性のある爪と石化の魔眼なんだけど、地味に厄介なのがウロコなのよね」

「ウロコ?」


 大河が首を捻る。


「そう。バジリスクのウロコはナマクラじゃ跳ね返されるくらい硬いんだけど、それだけじゃないの。とにかく、攻撃を受け流すように作られてる」

「受け流す? ウロコなのにか?」

「そうよ」


 七瀬は学者のようにピンと指を立ててその知見を披露する。


「バジリスクのウロコは身体に沿って流線型に生えていて正面からの攻撃を受け流すのに優れてるの。それに加えて肌から分泌される粘液がウロコをコーティングすることでより滑りやすく、攻撃が致命傷にならない工夫がされてるのよ」

「なるほど。つまりやつを討伐するには、まず表面の滑る鎧を攻略しなければならないんだな」

「それを魔眼と毒爪かわしながらだろ? ムチャすぎるぜ……」


 頭を抱える大河。

 無理もない。俺より長く黒田の家畜をやってる4人をもってしても討伐に至っていない正真正銘のモンスターだ。


 俺にそれが倒せるかは……未知数だ。


 心の内に芽生えかけた悲観を振り払うように、俺は七瀬に尋ねる。


「弱点とかないのか? ダンジョン内で天敵になっている生物とか」

「そうね……20層を棲み家にしているということは、21層に何か原因があるはずなんだけど……」


 七瀬はつぶやくようにそう言うと、自身のバックパックから1冊の革で包まれた古いノートを取り出す。


「なんだ、それ?」

「お祖父様……ヴェルヌ=シーカーの手記よ。ダンジョン開拓時の日記とかダンジョン各層の情報が記されてるの」

「は? そんなチート書物あるならネザリアンなんて怖くねぇな」


 バカ笑いをする大河に、七瀬は申し訳なさそうに付け加える。


「でも、第1書と第3書しかわたしの手元にはないの。他のはパンドラの匣事件後に取り上げられたり、周りの大人に燃やされたりして……」

「そう……なのか」

「あ、でも安心して! 1〜8層と19〜25層の情報は載ってるから! バジリスクの点滴もきっと……」


 七瀬は気丈に笑って見せ、ペラペラとヴェルヌの手記をめくっていく。

 そして。


「あった! バジリスクの天敵は——」


◆ ◆


 バジリスクの天敵は

 体表から放つ高熱はバジリスクの粘液を蒸発させ、ウロコの硬度を下げる。


 つまり——


「こいつが当たればお前の強みはひとつ消せる」


 俺は勢いのまま【ヒートバレット】をバジリスクの側面目掛けて発射する。


 指先から放たれた炎の弾丸は空気との摩擦で青く発光し、さらに鋭く、速くなる。


 が、


「うわッ!」


 バジリスクは素早く壁に足をかけると、そのままスルスルと身体をくねらせ、魔弾を回避する。


 振り落とされた133はなんとか身体を捻り、着地に成功したようだ。

 あらぬ所に着弾した炎の弾は壁をえぐり、あたりに蒼い炎を散らす。


(クソっ、火力にパラメーターを割きすぎて弾速がら出てねぇ)


 バジリスクとこうして戦うのは俺も初めてだ。

 想像以上の俊敏さと頭の良さに素直に舌を巻く。


「913、時間を稼ぐ! 次は当てろ!!!」


 俺の意図を知ってか知らずか、133が前衛を買って出てくれるようだ。

 だが、そうは問屋がおろさない。


「キシャァァァァァァァァァァア!!!」


 バジリスクは甲高い叫びを上げて壁を蹴り、その巨体で俺の真上に躍り出る。

 俺は魔眼を見ないように地面に映る影を確認し、目測でより遠くへ全速力で走る。それはもう、全力で。


 バジリスクの落下よりも数秒早く俺の回避が間に合ったので、俺は落下地点に照準を定めて再び詠唱を始める。


「燎原・・踊る青海波ッ!」


 【ヒートバレット】の呪文を一部改変。貫通力を少し下げて速度を上げるためのものだ。


 ニヤリと笑い、宙空で回避が叶わないバジリスクに向かって炎の魔弾を発射。

 魔弾は先の一撃より一段と加速し、さながら青く光る流星のように大トカゲの腹部を強襲する。


「キショェェェェェェェエ!!?」


 着弾と同時に、発火。

 蒼き炎がバジリスクの体表に走り、そのぬるりとした粘液を次々と焼いていく。


 役目を果たした炎が徐々に引いていくのを見て、俺は岩陰に潜んでいた仲間に声をかける。


「いまだ大河ッ!!!」

「うぉぉぉぉぉ! 喰らいやがれェッ!!!」


 大河は腰から下げていたビンを怯んだバジリスクの背中目掛けて投げつけ、見事着弾。

 割れたビンの中から大量の酸——アシッドスネイルの体液が放たれる。


 魔光石の上だけで生活し、捕食者を内部から溶かす強力な酸の体液をまとう第6層のカタツムリ型モンスター・アシッドスネイル。


 大河は調査のために既にネザリアンのテリトリーとなった第6層に単身赴き、その帰り道だったらしい。


 曰く


『地上に帰れもしないで6層の調査もクソもあるかッ!』


 とのことで、研究用に回収した体液をバジリスクの装甲弱体化のために使うことを快諾してくれた。

 やはり大河は優しい男だ。


 このまま弱くなったバジリスクの背中に馬乗りになって刻んでおしまいだな。

 そう誰もが安堵し、作戦の成功を思い描いたとき、バジリスクに思いもよらない変化が起こった。


「グギャァァァァァァァァアアアアアッ!!?」


 バジリスクの背中から、


「は?」


 皆が呆気に取られる中、新しく現れた首は自分を害した標的を真っ直ぐに見つめる。


 魔眼、発光。


「大河ァ!!!」


 振り返ったときにはもう、南雲大河は物言わぬ石の彫像となっていた。

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