第6話 ヴェルヌの血族
横穴から出てそれほど離れていない位置で七瀬を見つけることができた。
「七瀬」
「……着いてこないで」
せっかく追いかけてきたのに振り向きもしないとは冷たいやつだ。
仕方がないので俺は、少し速度を上げ七瀬の隣に並ぶ。
「……聞いたよ。お祖父さんの話、ネザリアンの話」
「そう。ならわかったでしょ、着いてこないで」
「着いてきたのはお前の方だったろ?」
「……そうね」
七瀬は溜め息を吐いて足を止める。
「……あんたをうまく利用すればバジリスク討伐の手柄を横取りできると思ったのよ」
「どうせ黒田に取られる手柄だ。誰に取られたって気にはしない」
「……はぁ。わたしの言いたいことわかってるでしょ?」
「“助けてくれ”か?」
「“どっかいって”よ!」
七瀬は底冷えするような声で言い放つ。
「やめて。よくしないで。聞いたでしょ、ヴェルヌの大罪。人類の未来を脅かした大戦犯よ」
「そうかもな」
「わたしはその孫娘。流れる血だって、この金髪だって、ヴェルヌから受け継いだものよ!」
「そうかもな」
「わたしはただ生きてちゃいけないの! 生きるためには罪を
「そうなのか?」
「……あんたそれしか言えないのッ!?」
七瀬は怒りに身を任せて俺の胸ぐらに掴みかかる。
「さっきあんたの仲間も殺した。クイーンホーネットの大群にあんたを巻き込んだ!」
「……」
「呪われてるのよ、わたしは。わたしに流れるのはヴェルヌの血だから……。これからもきっと、わたしの周りでは人が不幸になる」
「そうかもな」
「なら早くどっか行けよ!」
「でもそうじゃないかもしれない」
七瀬の瞳孔が大きく開く。
俺は七瀬の肩を優しく掴んで、続ける。
「ヴェルヌは罪を犯していないかもしれない。
ハチにはいずれ会っていたかもしれない。
861は俺たちを庇わなくても死んでたかもしれない。
七瀬は、呪われてなんてないかもしれない」
「気休めよ。現に人が死んでるのよ!?」
「いつか死ぬよ、人なんか」
「そんな綺麗事……っ」
必死に俺の手を振り解こうとする七瀬。
俺も負けじと少し肩を握る力を強める。
「七瀬……現実を悲観しちゃいけない。俺の知ってる七瀬は自分が辛い中で他人の心配までしてくれる、お節介で優しいやつだよ」
「……っ」
「しっかり見よう。確かなことはなんだ?」
七瀬は手元を見ながら数えるように指を折る。
「バジリスクが暴れてて、第5層から出られない……」
「そうだな。あと、多分お前はお祖父さんが大好きだ」
「え……?」
「その魔導書、表紙の質感的に最近できたもんじゃないだろ。半世紀くらい前か。【ゲイル・ザッパー】だっけ? あんな古めかしい非効率な魔術を習得もできてないくせに大事に使ってるんだ。信じてるんだろ、お祖父さんを」
「……うん。……うんっ」
七瀬の目から大粒の涙がこぼれる。
これまでの彼女の来歴を勝手に想像してみる。
あの優男の大河があそこまで拒絶するんだ。
きっと世間からはもっと苛烈な嫌がらせを受けてきたんだろう。
装備も、服も、ボロボロできっと誰かのお下がり。
血の呪いなんて非現実的なものすら
これだけ自分を、愛する祖父を呪っても。それでも綺麗に手入れされた金髪だけが、きっと彼女とヴェルヌを繋ぐ
泣き腫らした七瀬の頭をくしゃりと撫でてやる。
俺が861にしてもらったように。
一瞬、訝しげな目を向けた七瀬だったが、観念したのかそのまましばらく撫でられていた。
ようやく落ち着いたのか、七瀬は涙を拭い、顔を上げる。
「ねぇ、913」
「ん?」
「助けて」
「……もちろん」
「あの〜っ」
ふっと笑いあう俺たちの間に間の抜けた男の声が届く。
振り向くと、居心地悪そうに身じろぐ大河の姿があった。
「いや、913が来いって言うから……その」
しどろもどろとした様子の大河。
だが、覚悟を決めたように七瀬に向き合い、深々と頭を下げる。
「悪かった! 何も知らずにお前と爺さんを侮辱した。この通りだ」
「え?」
大河にならい、俺も深く頭を下げる。
七瀬が、ヴェルヌが負ってきた傷を想像しながら。
「や、やめてください! あの、もういいんで」
「面目ない……。ありがとう」
「これでようやく進めそうだな」
そう、俺たちの危機はまだ去っていない。
バジリスクの討伐とダンジョン第5層からの脱出。これが急務だ。
「とりあえず、バジリスクだ。俺の仲間たちもどれだけ持ち堪えられるかわからない。七瀬、バジリスクについて何か知ってることはないか?」
「そうね——」
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