第3話 ここで死ぬには惜しい他人
「はあぁぁぁぁぁッ!!!」
次々に飛びかかるクイーンホーネットを右手に持った短刀で振り払い跳躍しながら、わたし、七瀬灯は後悔していた。
この第5層には冒険者ギルドの幹部の1人、黒田源五郎の配下の冒険者たちが迫り来るバジリスクの討伐に来ていると聞いて、その観戦のつもりで来ていた。
それが、この層にいるはずのない……第13層をナワバリとするクイーンホーネットの大群に運悪く鉢合わせるハメに……。
オマケに出会ったのは基本魔術しか使えないクソ失礼な……クッソ失礼な男1人!?
剣の柄に黒田が運営する武器会社の紋章が入ってたからもしかしてって思ったけど、いま思えば大きな勘違いだったようね……。
脳内で呪詛を呟きながら襲いかかるハチをいなす。
身を翻す途中、ふと、あの男が視界に入る。
命運を諦めたのか目を閉じ、座り込んでしまっている。
(あーあ、本っ当にどうしようもないわね)
戦う力がないならないなりに邪魔にならないよう隅に寄るなり、せめてもの加勢をするなりあるでしょうに。
座って命を投げるなんてわたしはイヤだ。
たとえ敵わなくも、抗って、抗って、命も魂も燃やし尽くして死ぬんだ。
じっと燃え尽きるロウソクになんかなってやるもんか。
わたしの心火がごうっと燃え盛る。
そのとき、あの役立たずの方に1匹のハチが突進していくのが見えた。
(あぁ、あの太い針で刺されたら痛いだろうなぁ)
ほんとに、それだけしか考えていなかったと思う。
それでも、なんでだろう。
わたしの身体は気が付いたらその場から駆け出していた。
「寝てる場合かぁぁぁぁぁあああ!!!」
なんとかハチの背中に追いすがり、その気持ち悪い警戒色の胴体を引っ掴んで自重をかけて地面に引き倒す。
「ぐっ……」
アドレナリンのせいか、擦りむいた箇所の痛みはそれほどでもなかった。
なんとかハチよりも早く起き上がり、新たに迫り来る5匹のハチに向かって魔導書を掲げる。
「
わたしの家に伝わる最高威力の風魔術【ゲイル・ザッパー】の詠唱ををハチたちの到達寸前で終える。
「フッ!」
真っ先に到達したクイーンホーネットの毒針を身を倒してかわす。
そのまま左手で開いた魔導書から10ページあまりを引きちぎり宙に投げる。
バラバラに浮かんだ頁に緑の象形文字が走るように記述されていく。
そして、それが頁を埋め尽くすと魔導書のカケラは1つの魔法陣を形成し、そこから一時的にこの場の空気を全て持っていってしまうほどの
一度対象を狙ったクイーンホーネットは何があろうと襲うのをやめない。
圧倒的な切れ味を誇る【ゲイル・ザッパー】に突っ込んでは、その身を千分割されその生涯を終える。
「はぁっ……はぁっ……」
身体が茹だるように熱い。
酸素が足りていないのか、視界がボヤけてはブレ続ける。
一時的に止んだクイーンホーネットの攻撃。
ほんの少しの安堵感と共にわたしは背後を振り返る。
そこには相変わらず無傷で座り込む役立たずの男の姿があった。
「よかった……」
自分の口からこぼれた言葉に少し驚いた。
まさか今日あった他人のためにそんな言葉が出るほど殊勝な人間だったとは。
なんだかそれがどうしようもなく嬉しいことのように感じて……。
絶えず、ハチの羽音が鳴り続ける。
この暑さや目眩は蜂球がわたしたちの限界温度に到達しつつあるからか。
少なくとも、わたしはもう立ち上がれそうにない。
先の分不相応の【ゲイル・ザッパー】で魔力回路もオーバーヒート寸前だ。
剣を握る力すら出ない。
終わりの時だ。
「ごめんなさい……お祖父様っ……」
きゅっと目を瞑り、亡き祖父に懺悔を伝えたそのとき、目の前から間の抜けた声が聞こえた。
「何やってんだ、お前?」
◆ ◆
七瀬とクイーンホーネットのドンパチが始まって数分。【ブリーズライド】の準備が完了した俺は目を疑った。
「なんだこの非効率的な戦いは……」
飛びかかるハチはいなすだけ。
蜂球への直接攻撃の手は出ない。
1匹もハチを瀕死に追い込めていないではないか。
「まさか。あれだけ言っておいてそんなはずは」
もう一度目を閉じ、瞑想してみる。
ん?
いま目の前でズシャアとかいう誰かが倒れた音がしたな。
『蹂躙せよ・此方より彼方へ・疾く・鋭く・穿ち貫く不可視の刃・星の円環を抜け・我が腕手の許へ集え』
え? なにその長すぎる詠唱???
風魔法っぽいくはあるが……。
興味に勝てず、薄目を開けて見てみる。
……。
…………。
小っさ!!?
俺にあれだけ言ってた割にはお前の魔術は基礎中の基礎である【ブリーズライド】以下じゃないか。
あ、なんかへたり込んだ。
これアレか。さっきの低燃費魔術のせいで魔力回路焼き切れ寸前ってやつか。
まったく……世話が焼ける。
「何やってんだ、お前?」
「ふぇっ!?」
「剣の腕は2流以下、使う魔術は低燃費。おまけにハチはほぼ残ってる。これでよく大口叩いたな」
「なにを——」
「でも」
俺は、俺に飛びかかるハチを泥臭く叩き落とす七瀬の姿を思い浮かべてふっと笑っていた。
「ここで死ぬには惜しすぎる人間だ」
蜂球の温度がさらに高まっている。
七瀬はおろか、俺もまともに行動できるのは時間の問題か。
まあ、すぎた心配だ。
すべての準備は整っているのだから。
俺は右手を掲げ、灼熱の中で【ブリーズライド】の詠唱を始める。
「堕ち星・蜂球・夜空の断層」
「……え?」
俺が詠唱を終えると、クイーンホーネットたちの羽音は止み、1匹、また1匹と地に堕ちる。
起き上がる様子もない、ちゃんと絶命させられたようだ。
「さて、遅れをとった。さっさとあいつらに追いつかないとな」
しかし、先に行った家畜仲間たちのあとを追おうとする俺に背後から声がかかる。
「待ちなさい」
「……七瀬か。無事でよかった。俺は行く」
「待ちなさいって! その……ありがと」
「おう」
なんだ、また
「さっきの魔術、見ないものだったけど……」
「は? 知らんのか【ブリーズライド】だぞ?」
「うそ、だってあの魔術は落ち葉掃除くらいにしか……」
「それ、通常詠唱したときの話だろ?」
「へ?」
七瀬がおかしな顔をするので、俺は付け加える。
「あの魔術、通常詠唱時は大した出力がないが術式そのものの可変パラメーターはかなり広く設定されてるよな?」
「は?」
「……威力は出にくい反面、特に、範囲と速度の拡張性が高い。今回のはその応用で、蜂球の外の空気に働きかけて効果範囲を極限まで絞った風の刃を急所にぶち込んだ。それだけだ」
「それだけって……」
七瀬が口をパクパクさせている。
どうした、そんなに言葉に困るほど俺のやっていることはマズかったのか?
思い当たる節がないではないが……。
ここは素直に謝っておくか。
「お前を攻撃の射程範囲外にするのが難しかったんだ。詠唱に『蜂球』を使ったのも芸術点が低かった。悪かったな」
「え? あ、うん。……えっ?」
どうしよう、七瀬が余計に困惑した顔をしてる。
ああもうワケがわからん!
「よし。じゃあ行く。またな、七瀬」
「え? あ、ちょっと……」
こんな所で油を売っている場合ではないのだ。
俺が目指すべき敵はバジリスクなのだから。
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