第2話 おんどれ地面と会話できんのかぁッ!?
クイーンホーネットというが、女王蜂の大群というわけではない。なんなら、全部オス個体だと思う。
これはつまり、ベッドにキングとかクイーンとかがあるのと同じだ。
単純に、バカみたいにデカいのだ。
バカみたいにデカくて強い、そして連携がイヤらしい。
それがクイーンホーネットなのだ。
ちなみに、こいつのハチミツは結構イケるし、ハチノコは身がプリップリでたまらん。
などと、手書きのモンスター図鑑に書いてあったこいつらの生態を思い出しながら俺は天を仰いでいた。
俺を球状に取り囲んだハチどもは、こちらの様子を伺いつつ気色の悪い羽音をブンブンと轟かせている。
さーて、どうしたものか。
「ねえ……ねぇっ! ねぇってば!!!」
おかしい、今度は地面から声がする。
モグラ型のモンスターか、はたまた生き埋めにされた冒険者の霊か。
どちらにせよ泣きっ面にハチであることに変わりはない。
とんだ災難続きだと、自分の運命を呪いつつ俺は首を回し背後を見やる。
異常なし。
「下よ! しーーた!!!」
そのまま目線を下に向けると、ちょうど俺の脇の下あたりにムギュッとつぶれた少女の顔らしきものが見えた。
「重い」
「……俺は体重60キロだ」
「どけって言ってんの!!!」
「あぁ……」
どうやらご立腹の様子。
俺は腕で自重を支えながらゆっくりと立ち上がる。
振り向いてみると、確かに、俺の寝ていたちょうど真下に土まみれの金髪の少女が横たわっていた。
「通りで寝心地がゴツゴツしてると思った」
「あんた失礼すぎない!?」
「ダンジョンの地面ってこんなもんかなって」
「ひとの身体をダンジョンの地面と一緒にするな!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てながら少女は土を払い、起き上がる。
腰まで伸びた金髪と俺の胸あたりまでしかない上背。
腰に下げた剣や魔導書を見るにこの層を探索していた冒険者だろうか。
「ねぇ、ねぇってば! 聞いてるの!?」
「悪い、何も聞いてなかった」
「聞けよ! せめて文句くらいは!!!」
やばい、モグラ型モンスターより面倒なのに捕まったかもしれない。
「やばい、モグラ型モンスターより面倒なのに捕まったかもしれない」
「漏れてんぞぉ!!! 心の声ぇぇっ!!?」
「お願いします地下に帰ってください」
「だーかーらっ! モグラじゃないってば!」
「わかってるよ地面」
「地面でもないわっ!!!」
おんどれ地面と会話できんのかぁッ!?
あ゛あ゛ッ!!?
とか言ってるような気がするが、とりあえず無害そうなので置いておくとしよう。
問題は地面より空だ。
完全に囲まれてる。
それになんだかさっきよりも蒸し暑くなってきたような……。
「これ、クイーンホーネットの
「知ってるのか、地面」
「まだ言ってんのっ!? なーなーせ!
「そうか。で、なんだ蜂球って」
「あら、結構有名よ、これ」
七瀬は指を立てて講釈を始める。
「ミツバチとかと同じで、こいつらも敵を包み込んで羽の振動で内部の温度を上げて熱殺する特性を持ってるのよ」
「そうか、詳しいんだな」
「……ありがと」
さあて、どうしたものか。
数はざっと100。距離は半径5メートルといったところ。
俺1人ならさっき使った基本風魔法【ブリーズライド】で吹き飛ばして終わりなんだが……。
ちらりと七瀬の方を見る。
華奢で小柄。武器の剣も短めで柄は肉抜きもされているようだ。
人間を数人いっぺんに浮かせるあの魔術じゃ七瀬をダンジョンの天井のシミにしかねない。
それは……マズイよな。
「なによ? そんな引きつった顔しちゃって」
「いや、ジャマだなーって」
「お前デリカシーとかないの!!?」
また逆鱗に触れたようだ。
嘆息して、簡潔に言う。
「【ブリーズライド】を使う。ちょっと時間かかるからハチにちょっかい出して時間稼いどいてくれ」
「はあっ!!? 【ブリーズライド】ぉっ!!?」
驚きと、あと困惑の入り混じった顔をしているな、七瀬。
何が言いたいのかわからんが、肯定の意を込めて頷く。
「えっ、冗談よね?」
「本気だけど?」
「……はぁ」
突然諦めの表情を作る。
「やけに堂々としているからさぞ強い冒険者なのかなって期待してたら……【ブリーズライド】? そんな落ち葉拾いがせいぜいの魔術でこの状況が打開できると思ってんの?」
「できるだろ、たぶん」
逆になんでできないんだ?
首を傾げる俺に呆れたのか、七瀬は目線を外し前に出る。
「もういい、あんたは下がってて。 ここは私が切り抜けるわ」
「おい……」
俺の制止も聞かずに七瀬は100のクイーンホーネットと対峙する。
腰の鞘から短剣を抜き、もう片手には魔導書を構える。
なんだかすごく気合が入っているが、まぁ【ブリーズライド】をいじる時間をくれるならいいか。
俺はゆっくりと目を閉じ、腰を下ろす。
さて、どう改造すれば七瀬を吹き飛ばさずにハチを一掃できるか。
俺が詠唱文句を考えるまぶたの奥で、七瀬の戦いは大きな音を立てて始まっていた。
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