ダンジョン深層から地底人たちが攻めてくるようなので、家畜奴隷の俺と大戦犯の孫のコイツで実況中継しながら追い返したいと思います。

八冷 拯(やつめすくい)

第1章 翡翠の石剣《グラヴェル・セイバー》

第1話 ファースト・コンタクト

「仕事だ、ゴミども」


 キツい香水の香りを振り撒きながら、俺の飼い主——黒田源五郎は吐き捨てるように言った。


 暗くホコリまみれの納屋に押し込められた周囲の男たちは、まるでゾンビのごとくのっそりと立ち上がり、従順に黒田の示す方へ歩いていく。


 そう、俺たちは黒田の家畜だ。


 50年前の震災を機に突如この星に生まれた未開の地下迷宮、通称『ダンジョン』。

 未知の化け物がひしめくこの迷宮の開拓事業で儲けているらしい黒田だが、その実は人を人とも思わない極悪非道の鬼畜である。


 どこからか身寄りのない子供を連れてきては家畜奴隷として飼育し、ロクな装備も持たせないままダンジョンに放り込み使い捨てる。


 本人曰く、『お前らが弱くても首輪についた爆弾の威力は申し分ない』とのこと。


 つまり俺は、歩くし喋る便利な爆弾というわけだ。


 だが、そんな自分の境遇に悲嘆するのはもう随分と前にやめた。


 というか飽きた。


 俺は観念して、まだ食いかけのカビた食パンを口パンパンに放り込み、死んだ目の仲間たちに続く。


「モタモタするな畜生どもッ!!!」


 四肢が満足に動かない仲間がムチで打たれるのを横目に、俺は倉庫から共用の錆びた剣を受け取り先に進む。


 黒田が指図した先は無骨なプロペラが二つ付いた軍用のヘリだった。

 明らかに定員を超える人数の汚い男たちが詰め込まれている。


 まあ、汚い男なのは俺も同じか。


 覚悟を決めて肉と肉の間に自分の身体をねじ込み、搭乗する。


 間もなくして、ヘリは離陸。

 家畜仲間の臭い息とキツい体臭に何度も吐きそうになりながら揺られること数十分。


 黒田からの機内アナウンスが入った。


「貴様らに仕事を言い渡す。窓の外を見てみろ」


 こんなに寿司詰めの状態で窓の外を見ろとは無茶苦茶だと思ったが、自分の生死に関わるかもしれないので汗と油を感じながらなんとか窓際に顔をだす。


 眼下には大きく深い谷のようなものが見えた。


「今見える大穴がダンジョン第5層に繋がる1本道。通称『死の滑り台』だ」


「だ、第5層だって!?」

「嘘だろ……」


 息苦しそうな男たちの顔に深い絶望の色が加わる。


 ダンジョンの第5層といえば、正規のギルドに所属するプロの冒険者がフル装備で挑んで生還率10%といわれている高難易度帯だ。


 生身に剣しか持ち合わせていないくたびれた家畜にとって、それはほとんど死を意味していた。


「さてお前ら、もうワシの言いたいことはわかるよな? ……飛べ」


「……おいおい嘘だろ」

「このジジイッ!狂ってやがる!!?」

「はっはっはっはァ!!!」


 家畜の声を聞いてか聞かずか、黒田の笑い声がヘリに響く。

 数瞬後、ヘリの扉が開き、大きく横に傾く。


「うわぁぁぁぁぁぁ」

「落ちる、落ちるっ!!?」

「くそぉぉぉっ!!!」


 突風に押し出され、重力に引かれ、俺たちは暗い闇に向かって落下する。

 もちろんこのまま地面に叩きつけられれば全身木っ端微塵だ。


 故に、対策を講じる。


 俺はそっと目を閉じ、意識を集中させる。

 ここで最適なのは……


「激情・逆風・雲への尖塔」


 基本風魔術【ブリーズライド】を唱える。

 右腕に集まる風のエネルギーを凝縮させ、大穴に向かって放つ。

 ややあって、俺が地面に叩きつけられる5秒ほど前に穴の奥から竜巻の如く逆巻く旋風が吹き荒れる。


 旋風は俺の身体を支え、空中エレベーターのごとくゆっくりと穴の中へと誘う。

 数人の家畜たちがこの風にただ乗りしているようだが、まぁ、害はないし何も言うまい。


 降下すること数分、ようやく足場が見えて来た。

 とはいえ、まともな足場なはずはない。

 なにせダンジョン第5層まで通ずる『死の滑り台』だ。


 その角度70度ともいわれるほど急勾配の奈落への坂道に降り立つと、今度はそこから無限にも思える坂滑りが始まった。


「激情・逆風・……」


 勢いを殺すためにも再び風魔術【ブリーズライド】を唱えようとしたが、辞めにした。


 こんな所で魔術を乱用して第5層で魔力回路が疲弊していては元も子もない。


 俺は腰にぶら下がっていた剣を抜くと、坂に突き立て即席の引っ掛かりを作る。

 そのまま、右手側の壁まで跳躍。

 そのまま三角飛びの要領で天井、左壁、坂道と跳び回り、滑落の勢いを殺しながら底へ底へと進む。


「ふぅ……結構落ちて来たな」


 なんとか第5層に到着した俺は、あたりを見渡す。

 ダンジョン特有の魔光石の淡い光が四方八方から放たれており、夕方くらいの明るさだ。

 俺以外にここまで無事にたどり着いた家畜は……5人か。


 穴に入れず地面に叩きつけられて潰れたのが70人、坂滑りで上手いこと着地できなかったのが12人といった所だろう。


 現におかしな方向に首が捻れた肉塊が目の前に転がっている。


「……よかったな。娘さんにはよろしく言っとくよ」


 同じ納屋に閉じ込められていた仲間としてせめてもと弔いの言葉をかけてやる。

 妻子のために家畜になったと語る豪放な男の姿が脳裏に浮かんだ。


「おい、913。何をボサっとしとる」


 背後から黒田の声が聞こえる。


 振り向くと小型のドローンが数機飛行していた。俺たちを監視するためのものだ。


「生き残ってるのは他に……133、256、459、861……たった5人か軟弱な」


 黒田の心無い言葉に現場がピリつく。

 家畜として飼われてきた以上、こういう雑な死に方をするのは全員が覚悟している。


 しかし、死して尚この男にその尊厳を踏みにじられることに俺たちは内心激怒していた。


 そんな家畜の気も知らず、黒田は命ずる。


「お前たちの今日の仕事は5層に這い上がってくるバジリスクの足止めだ」

「ば、バジリスクだとっ!?」


 家畜の1人——459が声を上げる。


「なんだ、知ってるのか?」

「知ってるなんてもんじゃねぇよ。第20層より下でしか確認されてない猛毒と石化能力を持つモンスターだよっ!」

「そう、そのバジリスクがなんと第5層まで上がってきている」


 面白がるかのように黒田は語る。


「まぁ、大方原因はわかっておるが……お前たちはバジリスクを討伐して必ず戦果を挙げるのだ! さもなくば……」


 ドローンが集まり、ダンジョンの壁に映像を投影する。

 そこに映されたのは、全身傷だらけの全裸の男性。


「572っ!」


 256が戦慄の声を上げる。

 572……確か1週間前に脱走を試みて黒田に捕えられた男だ。

 目は開いているものの、見えていないのか焦点が定まっていない。

 時折壊れたような笑い声を上げては、喉が壊れているのだろう、口からドス黒い血の塊を吐き出す。


「き、貴様ァッ!!!」


 憤怒で身を震わせる861がドローンを叩き落とさんと一歩踏み出すが、そこに黒田からの通信が入る。


「いいのか? お前らが反抗するたび、こいつはもっと壊れるぞ?」

「くっ……クソッタレがッ!」


 861は錆びついた剣を地面に叩きつける。

 カランという乾いた音がダンジョン内に反響する。


「もちろん、戦果を挙げなければ貴様らも同じ道をたどることになる。精々、頑張りたまえ」


 高笑いと共に、黒田からの通信が切れる。


 誰も何も言わない。

 黒田に逆らえば仲間も、家族も、知人にさえも魔の手が伸びる。

 だからこそ、俺は……俺たちは声を上げない。群れない。助けない。


 不意に、ある男の言葉がフラッシュバックする。


『俺たちは生まれも育ちも守るものも違う。だからこそ——』


 だからこそ、誰が死んでも揺れず動じず目的を果たせ。


 そう言って小さかった俺の頭をくしゃりと撫でた。


 俺が過去の思い出に浸っているうちにも仲間たちは動き出していた。


「……出遅れちまったな」


 第5層の地図は頭に入っている。

 俺は彼らの足跡を追い、中心部に向かって迷宮を駆ける。


 背後から数機の小型ドローンがハエのような駆動音を放ちながら追ってくる。


「なんだか、いつもよりうるさくないか」


 非常に不愉快だが、叩き落としたら後が怖い。無視して仄暗い回廊をひた走る。


 あと少しで中央のひらけた空間にたどり着く。そんなときだった。


「「えっ?」」


 そんな間の抜けた声が同時に漏れる。


 いま思えばこんな暗がりの曲がり角だ。

 もっと警戒して然るべきだったと思う。

 きっとあの男のことなど思い出して感傷に浸ってしまったせいだ。

 

 ぬかった。


 そんな思考が脳内を賭けたコンマ数秒後、俺は小柄で金髪が美しい少女と衝突事故を起こしていた。


 そう、バカみたいな数のデカいハチ——クイーンホーネットの群れから逃走中の不幸な少女と。

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