エピソード28
目が潤んでいるように見えた。
志貴は慌てて立ち上がってかがりを追いかけようとしたが、すぐに父親に呼び止められた。
そして、病室に備え付けの引き出しから何かを取り出す。
出てきたのは、水色のヨレヨレのハンカチだった。
それをゆっくり志貴に差し出した。
「……あいつは、涙もろいからな」
「……これは?」
「……父の日にもらった、ハンカチだ」
志貴はそっと受け取りながら、くすっと笑った。
「相思相愛、ですね」
「……うるさい」
志貴は大事にハンカチをしまいながら、父親に頭を下げた。
「俺も、彼女と、相思相愛になりたいんで」
そう言って、背を向けて病室のドアを開けた。
「……そのハンカチ、ちゃんと返しにこい」
ドアを閉める直前、照れくさそうにそっぽを向く彼に言われた。
「もちろん、二人で来ます」
恥ずかしがり屋の父親と、ニコニコ笑顔の看護師さんに別れを告げて、病室を出た。
廊下をキョロキョロ見回しながら歩くと、中庭に設置されたベンチに座る彼女が見えた。
ホッとして、中庭に続くドアを開けて外に出た。
うつむいて、意味もなく手のひらを見つめている彼女。
志貴はそっと近づいて、同じベンチの空いているところに座った。
すると、その振動に驚いてバッとかがりが顔を上げる。
案の定、目を潤ませたまま見開かれた大きな目が志貴を見つめる。
その様子に微笑みながら、預かった水色のハンカチを差し出した。
「……これ…」
「あいつは涙もろいからって、お父さんが」
「……いつのこと言っているの」
「今もじゃない?」
全く説得力のない反論に、笑いながら、ベンチの背もたれに背を預けた。
たくさんの植物に囲まれた、自然豊かな場所だった。
病院の中とは思えない、ゆったりとした時間が流れている。
志貴はうーんと伸びをしながらその空気を味わった。
きっとかがりが一生懸命、治療にいい病院を探したのだろう。
自然に囲まれて、ゆったり過ごせるような、いい場所に、と。
二人はお互いに自分を責めて思いつめることがある。
いつかそれがなくなって、父親の病気も快復に向かってくれるといい。
そんなことをぼんやり考えていると、ギシッと隣でかがりが動く音がした。
気になってそちらを見ると、かがりも体をこちらに向けて、真剣なまなざしで彼を見ていた。
手に持ったハンカチを、手が圧力で白くなるくらい握りしめている。
また何か思いつめてしまったのか、と心配になり、その手に触れようとすると、力を込めた目に、どんどん涙がたまっていく。
「どうし…」
「ありがとうございました」
志貴の言葉を遮って発せられた言葉。
「え…?」
「父に会いに来てくれて、受け入れてくれて、…仲良くなってくれて…」
「…仲良くなれたかな」
「……あんなに楽しそうな父を見たのは、いつぶりだろうって」
溢れだした涙が頬を伝う。
流れる涙がきれいだと思ったのは初めてだった。
無意識に、手が彼女の頬に伸びる。
一瞬、くすぐったそうに首をすくめるが、そのまま受け入れてくれた。
そしてそっと親指でその雫をぬぐう。
かがりは、頬に添えられた志貴の手を、上からそっとつかんだ。
「……好きです」
突然の告白に、志貴は何も言えずに固まる。
「ずっと言いたかった…。好きだって」
「え…?」
手から、彼女の手が震えているのがわかった。
志貴よりも小さな手が、震えながらも必死に伝えようとしてくれている。
「…受け入れてもらえると思ってなくて、逃げてばかりいました」
溢れる涙は止まらない。けどそれは悲しい涙ではない。
「今日、こうやって来てくれて、改めて思いました」
彼女は大きく息を吸って、笑って見せた。
「好き、です」
志貴は思わず彼女を抱きしめた。
すると堰を切ったように泣き出すかがり。
彼女の決死の覚悟も、彼女の想いも、すべて一気に押し寄せて来て、志貴も抱きしめながら彼女の肩に顔をうずめた。
「…っ」
こんなに人を愛おしいと思ったのは初めてだった。
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