エピソード22

「お嬢さん」


そう呼ばれた舞は、ふてくされた顔で、声の主を見上げた。


病院の近くのカフェ。


志貴を送り出したものの、気が気じゃなくてそわそわしていた舞を、透が外に連れ出し、気分転換にカフェに入ったのだった。


しかし、それでも舞は2人が気になってしょうがなかった。


かがりは志貴のことが好きだった。


なのに、それは一時だけの感情だと押し殺していたのを知っている。


お互い嘘をついていて、結局、透も本人ではなかった。


けれど、彼も彼女を“医者の娘の舞”としてではなく、かがりをかがりとして見てくれていて、彼女を見る志貴を見れば、彼もかがりのことを好きでいてくれているのはすぐにわかった。


きっと、かがりのことを受け止めてくれる人だと思った。


何よりも気にしている両親のことも含めて。


だからこそ、彼にかがりの居場所を教えた。


かがりにも普通に恋をして、好きな人と一緒にいる楽しさや幸せを感じてほしかった。


「……」


運ばれてきたコーヒーを見つめる。


「……ぶさいくな顔」

「え?俺が?」


黒い水面に映る自分に呟いたはずなのに、目の前の彼が反応する。


舞は目線だけ彼に送って少しだけにらんだ。


今は自分の気持ちと向き合いたいのに、いちいち絡んでくることにイライラしていた。


「……違います」

「なんだ、びっくりした。舞さんはいつでもかわいいですよ?」


その返答もなんだか腹が立つ。


舞はその言葉に返事もせずに、コーヒーを一口飲んだ。


それを見た透は、同じようにコーヒーを口に運ぶ。


「…やさしいですね」


完全に会話を拒否していたのだが、気にせず話し始める透に、小さく息をつく。


「志貴にかがりさんと会うチャンスをくれたじゃないですか」

「……一応、かがりのためでもありますから」

「ん?ということは、…もしかして?」


そう言って、答えを促すように身を乗り出す。


心なしか楽しそうな顔をしている。


なんなんだ、この男は。


舞はガチャンと音を立ててカップをテーブルのソーサーの上に置いた。


「……」

「…怒ると、かわいさ半減しますよ」

「……私が怒ってる、ということはわかってるんですね」

「はい、これでも医者ですから」


そう言って透はにっこり笑った。


その様子を見て、舞は悟った。


この人は、自分をからかって楽しんでる。


いくら怒ってにらんだところで、彼にとっては逆に面白い対象になってしまうのだろう。


「……お医者様はすごいですね」

「君のお父さんもお医者さんじゃないですか」

「私自身は医師免許を持っていないので。あなたが私をからかっている、ということしかわかりません」

「そこまでわかってたら赤点は免れますよ」


その言葉に、さすがに舞も黙ってられず、「はぁ?」と荒い口調で聞き返した。


「さっきから…、なんなのあんた!」


声を荒げても、目の前の彼は変わらず楽しそうだ。


「私は、舞が一番大事で、三園さんとだったら幸せになれるかな、と思って、でも、何も知らない人に託すのは心配で、ずっとそわそわしてるってのに…っ」


ずっと心の奥でもやもやしている感情を無理やりぶつけた。


別にこんな男にわかってもらいたいなんて思わない。


唯一相手を知っているのが彼だっただけだ。


この話題の話ができるのは残念ながらこの男しかいない。


「大丈夫ですよ。志貴はいいやつです」

「……あんたは嫌な奴だけどね」


すると、透は一瞬目を丸くして、すぐにお腹を抱えるほど笑い出した。


何事かと、周りにいたお客さんがこちらをちらちら見るのも気にせず、盛大に笑う。


「……ちょ…」


舞のほうがいたたまれなくなる。


ようやく笑が落ち着いてきたのか、目じりに浮かぶ涙をぬぐいながら、息を整えていた。


「さすがです、舞さん」

「…え?」

「こんなに面と向かって嫌いと言われたのは初めてです」


舞は急な会話の路線変更に、戸惑いが隠せない。


『嫌い』と言われて、こんなに爆笑する人を初めて見た。


さらに理解できなくなって、舞は残っていたコーヒーをすべて飲み干した。


「帰る」

「あ、待って、送ります」

「結構です」


そう言って立ち上がると、荷物をつかんで足早に席を立った。

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