エピソード19
病室に残された2人は、沈黙の時間が続いていた。
「「……」」
どう声をかけていいか分からない志貴と、何を聞かれるのかと不安がるかがり。
正直に話そうと決心をしてきた日に暴かれた本当の真実。
お互いに偽って、お互いに身代わりを演じていたなんて。
それでも、志貴の気持ちは変わらなかった。
許されるなら、このままかがりと一緒にいたい。
それをどう伝えたらいいのか、彼には分からなかった。
常に告白される側だった志貴。
これまで想いを伝えてくれた女性達は、こんな思いだったのか、と改めて申し訳ない気持ちになる。
断られるかもしれない、嫌がられるかもしれない。
そんな不安を抱えながら、この思いを告げるのか。
志貴は、じっと彼女の横顔を見つめた。
「(…それでも…)」
彼女と共にいる未来は諦めたくない。
「……か、かがりさん」
呼び慣れない名前のせいか、緊張のせいか、言葉が詰まる。
彼女は、ゆっくりと顔を上げて、志貴を見た。
「……騙してたこと、本当に申し訳ないと思ってます」
「……それは、私も、同じですから」
かがりはそう言って、「すみませんでした」と頭を下げた。
髪の毛が下がり、彼女のか細い肩が目に入る。
儚くて、本当は夢かもしれない、と心細くなる。
「……俺は、あなたが、舞さんでもかがりさんでもいい」
そっと肩に手を置くと、ぴくっと体を揺らした。
「…これからも、一緒に…」
すると、彼女は頭を下げたまま、首をゆっくり横に振った。
「…え…?」
もう一度、はっきりと首を振ると、涙を目に貯めながら、顔を上げた。
「……もう、会いません」
明らかに本調子ではない、青い顔で、こぼすまいと一生懸命、目に力を入れて貯めた涙。
「…どうして…」
「私と、あなたとでは釣り合わないからです」
「釣り合う、釣り合わないなんて…」
彼女は、肩に置いた手をそっと掴んで離した。
「今日も、会うのは最後にしようと決めて来ました」
まばたきと共に、流れ落ちる涙。
それをぬぐうことも許されない。
「私は、本来、あなたと出会えるような立場ではないんです」
「……」
揺るがない決心を感じた。
弱々しい体なのに、言葉には覇気を感じて、何も言えない。
「……こんな私に、素敵な思い出を下さって、ありがとうございました」
彼女のラベンダーに塗られたネイルが、やけに鮮明に目に映った。
***
「…しんどい」
「お前にとっては初体験だな」
「…誰のせいだと思ってるんだよ…」
「一條透のせい」
急に女性の声が聞こえて、志貴はガバッと体を起こした。
あれから1週間が経ち、かがりは退院した。
見送りも何も出来ず、やるせない気持ちが募り、今日も透の病院に来ていた。
外科の医師が集まる部屋の仮眠室。
金持ちらしい、ふわふわのソファーに顔を埋めていると、聞きなれない声がした。
そこには優雅にコーヒーを飲んでいる透と、何やら足を組んで図々しく睨んでくる西園寺舞(本物)の姿。
思わず体を起こして、正しく座り直す。
「…な、なぜここに…?」
「一條透がムカつくから」
「…はい…?」
いつの間にそういう関係性になっているのか、志貴には全く検討がつかず、首を傾げるしかない。
こんなに悪態を吐いているのに、当の本人は全く気に留めていないのか、ただコーヒーを飲んでいるだけ。
「…三園志貴、さん」
「…は、はい」
急に名前を呼ばれて、返事をするしかない。
返事をしたものの、それに対する答えはなく、舞はただじっと志貴を見る。
謎の沈黙と、強烈な視線に耐えきれず、まばたきが増える。
すると、彼女は躊躇っているような表情をしながら、そっと視線を外した。
ここにいる目的は分からないが、きっとかがりのことだろう。
あの日見た舞の姿は、親友を本気で心配する顔だった。
「…かがりのこと」
舞はゆっくり言葉を続けた。
「……どう思ってましたか?」
そう言って、再び志貴の顔を見た。
ぼんやり聞かれるだろうな、と思っていた質問に、このタイミングで問われる想定外に、ごくんと息を飲む。
「(…何を言われようと、俺は…)」
いつ、どこで、誰に聞かれても、きっと同じ答えしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます