エピソード18

透と共に病室を出た舞は、我慢していた涙が溢れ出した。


こんな形で知ってしまったことも、知られてしまったことも、全てが申し訳なくて、この感情をどこにぶつけたらいいか分からなかった。


泣いている声が漏れないように、唇を噛み締めて歩き出す。


廊下の向こうに、屋上へ向かう入口を見つけると、足早にそちらへ向かった。


思いっきりドアを開け放って外に出る。


落下防止の柵を掴むと、「わーん!」と大声で泣き出した。


かがりの父親のことも知っていたし、彼女の恋心にも気づいていた。


なのに、何も出来ずに、こうやって泣くことしか出来ない自分がもどかしい。


メイクが崩れることなんて気にもせず、ゴシゴシ涙をこすった。


「(…私は、何をしてるんだ)」


無職のたーくんがなんだ。


親友を犠牲にしていい訳ない。


大人になれ、自分。


「……あ、あの…」


すると、不意に後ろから声をかけられた。


驚いて振り返る。


そこには(本物の)一條透がいた。


困ったように眉をハの字に曲げながら、ポケットティッシュを差し出している。


「つ、ついてきたんですか…!?」


誰もいないと思って、ゴシゴシにさすった顔を見せるわけにいかないと、慌てて顔を隠す。


「……泣いていたので、さすがに放ってはおけず…」

「…放っておいてください」


舞は、透に背を向けて言葉を返す。


こんな姿を誰かに見られたくなかった。


しかし、彼はなかなか動こうとしない。


そればかりか、ゆっくり近づいてくる足音が聞こえた。


そして、少し離れた柵のところに、舞を同じように立った。


舞は、横から覗き込まれないように、顔を反対側に向ける。


すると、透は、クスッと息を漏らした。


「……よく、同じことを思いつきましたね」

「……え?」


舞は思わず、そっぽを向けたはずの顔を透に向けた。


「舞さんも、僕とのお見合いが嫌だったんですよね?」

「…それは…、まぁ…」

「僕も嫌でした」


お互いに知らない相手だったのに、はっきり「嫌」と言われると、少々傷つく。


「だから、身代わりを立てようと思ったんですけど、」


透は小さくため息をついて、少し楽しそうに笑った。


「失敗でしたね」

「…失敗って…」


舞は、その言葉に抗議しようとしたが、彼は気にも留めずに言葉を続けた。


「結局、僕たち、出会っちゃいました」

「……は…?」




***


必死に泣くのを我慢している顔だった。


2人で話す時間が必要だろうと思い、舞を連れ出して外に出ようとした。


彼女はかがりの前では、決して涙を流すまいと、唇を噛み締めていた。


本当は声を上げて泣きたいのだろう。


ドアを閉めたあとも、聞こえてしまうことを気にして、涙を貯めた目で辺りを見回して、屋上のドアを見つけると、一目散に走っていった。


透は放っておけなくなって、そのまま後をついて行った。


勢いよくドアを開けて、柵にしがみつく彼女。


と、思ったら、大声で、人目も気にせず泣き出した。


きっと、彼女の中にも葛藤があったのだろう。


自分を優先したい傲慢な気持ちが、大切な友人を傷つけたこと。


一体自分は何をしているのかと不甲斐なさが押し寄せてくる感情。


それは透も同じだった。


大切な人を犠牲にして、得ていいものでは無かったんだ。


やるせない志貴の顔が脳裏をよぎる。


普通に出会っていたら、普通の恋愛をして、惹かれあって、一緒になれる相手だった。


騙すようなことをしなければ、もっと単純な感情だったのに。


「(…きっと僕たちは、現実を受け入れなきゃいけない)」


泣きじゃくる彼女を見て、決心した。


彼女の隣に立った。


両親、親戚、志貴、出会ってくれたかがり。


みんなを悲しませない選択は、ひとつしかない。


「失敗でしたね」

「…失敗って…」


彼女は何か言いたげだったが、それを無視して続けた。


「(同じ作戦で、同じ過ちをしたあなたも道連れですよ)」


精一杯微笑んで、


「結局、僕たち、出会っちゃいました」


もう逃げられない。

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