エピソード16

「一番好きな時代はいつですか?」


かがりは志貴に問われ、歩きながら考えていた。


「古事記や万葉集も好きでしたし、戦国武将も好きでしたね。戊辰戦争の時代も感慨深いですし、高度経済成長も日本の発展を見るのに一番面白い時代でした…」

「つまり?」

「……選べないです」


その答えに、志貴は楽しそうに笑った。


「そう言うと思いました」

「…また、エスパーですか」


無意識に答えると、彼は「エスパー?」と聞き返して来たが、慌てて、なんでもない、というように首を大きく振った。


「…どうしてわかったんですか?」


すると彼は、得意そうに口角を上げた。


「その、好きそうなエリアの時に、絶対目を輝かせるので」


とってもわかりやすいですよ。と彼は続けた。


今まで、わかりやすいと言われたことは無かった。


あまり感情の起伏が激しいタイプではないので、言わないと伝わらないことの方が多かった気がする。


初めて会ったイタリアンの時も、水族館の時も、今も、なぜか彼には分かってしまうのか。


かがりは嬉しいような恥ずかしいような、ふわふわした気持ちだった。


いつの間にか、順路の最後の方まで来ていて、現代のコーナーに入った。


様々な歴史を経て、多種多様性の時代になった。


男性でも女性でも、好きな職業に就くことができて、どんな身分の人とも自由に恋愛ができる。


生きる国も場所も選ぶことができて、誰と結婚するかも人ぞれぞれだ。


何にだってなれるし、どんなことだってできる。


でもそれは、それを許された人だけだということをかがりは知っている。


親に縛られて、本当のことも言えないかがりが自由にできる世界はないのだ。


身の程はちゃんと分かっている。


長い人生の一瞬の出来事。


短い間でも、楽しい経験をさせてもらった。


それだけでも良かった。


舞には感謝している。


「(こんな私に、素敵な出会いをくれて…)」


この思い出は、大事に取っておこう。


辛いことがあっても思い出せるように。


全てのコーナーを通り過ぎ、2人でゆっくり博物館を出た。


薄暗い館内を出ると、眩しい光が目にしみるようだった。


少し歩いた先には、芝生の広がる公園があった。


すると、隣にいた彼は、改まったように咳払いをした。


ゆっくりかがりの手を取り、向き合う形になる。


「…舞さん。聞いてほしいことがあるんです」


身長の高い彼を見上げると、ちょうど逆光になってしまい、どんな表情をしているのか、ハッキリと分からない。


けれど、握られた手が暖かくて、すがりたくなる気持ちをどうにか押し込んだ。


今かもしれない。


かがりも決心して、改めて彼を見あげた。


その時だった。



「うるせぇ!」


公園の奥から、誰かが叫ぶ声が聞こえる。


驚いて2人で声のする方を見る。


そこには、手に焼酎のカップを持つ男が暴れ回っていた。


周りの人に抑えられながらも抵抗するように両手両足をバタバタさせる。


「……っ」


かがりの心臓がドクンと大きく鳴った。


知らない男性。


おそらくこの公園を根城としたホームレスだろう。


しかし、この前の父親と重なって、鼓動が早くなっていく。


「びっくりしましたね…。酔っぱらいのホームレスみたいです」


志貴は一瞬驚いたが、叫んでいた男性は、周りの仲間に諭されたのか、諦めたようにその場に座り込む姿が見えた。


危害は無さそうだ。


ほっと息をついて、彼女を見ると、様子がおかしかった。


「…舞さん?」


苦しそうに胸の辺りを抑えて、肩で息をしている。


握っていた反対の手は震え、どんどん冷たくなっていく。


「舞さん?大丈夫ですか?」


立っているのもやっとなのか、よろめく足を何とか踏ん張っているようだった。


肩を掴んで顔を覗き込むと、真っ青な顔で息も苦しそうだった。


「舞さん…!?」


今にも倒れそうな彼女の体を、思わず抱き上げて、横になれそうな場所を探す。


近くに見えたベンチに駆け寄ると、そっと彼女の体を下ろした。


この息の荒らさから見ると、過呼吸だろうか。


「舞さん、ゆっくり、ゆっくり息してください。焦らないで…」


しかし意識も朦朧としているせいか、志貴の声は届いていないようだった。


すると、遠くから「志貴!」と名前を呼びながら走ってくる透が見えた。


その横には、なぜか知らない女性もいる。


その女性は今にも泣きそうな顔で「かがり…!」と叫んだ。

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