エピソード12

もともと貧血気味だったかがりは、腕を怪我してからめまいを感じる日々が続いていた。


応急処置はしてもらったし、ヘモグロビンの量も問題はなかった。


しかし、精神的な要素も作用してか、あの日からずっと体調が悪い気がしていた。


「…かがり先輩…、もうお帰りになった方がいいような…」


隣の席から、控えめに聞こえる声。


2つ下の後輩の安西奈緒が心配そうにかがりを見ていた。


普段はキャピキャピしているが、与えられた仕事はきちんとこなす優秀な後輩だ。


「…え…?」

「顔色、ずっと悪いですよ?」


バレないようにしていたつもりだったが、いつも一緒に居る後輩には気づかれてしまった。


「今日は金曜日ですし、早めにお帰りになって、土日ゆっくりされたらどうですか?」


奈緒は気を使わせないように、「残りの仕事は任せてください」と可愛らしく力こぶを作って見せた。


確かに、このまま仕事を続けていても効率が悪いだけだ。


幸いにも、急を要する案件もない。


かがりは素直に甘えることにした。


「……ごめんね。部長に言って早めに上がらせてもらう」

「全然!ゆっくり休んでくださいね」


まだまだ新人だと思っていたメンバーもこんなに頼もしくなったのか、と感心した。


かがりは元気に手を振る奈緒に見送られながら会社を後にした。




父親の事件があってから一週間。今のところ病院を抜け出したという連絡はないから、大人しくしているのだろう。


しかし、いつまた勝手に出てくるか分からない。


精神的に病んでいるとしても、力は大の男だ。


看護師さんを振り切って抜け出す可能性は十分にある。


この前のように家の前で叫ばれたら、また迷惑がかかる。


でも今は、病院にお願いするしか方法が分からない。


かがりは、傷が疼く腕をゆっくりさすった。


その時、携帯にメッセージを受信する音が鳴った。


ゆっくり開くと、それは透からの連絡だった。



『日曜日、少しどこかにお出かけしませんか?』



絵文字など全くない、単調なメッセージだった。


けれど、かがりにとってはくすぐったい、温かい言葉だった。


無意識に頬を緩める。



「(でも…)」



この気持ちは、いつまで持ってていいのだろうか。


父親のことで悩んで、弱っている自分を見せられない。


またいつ起こるか分からない。


彼と一緒にいる時に、父親が抜け出して、また騒ぎ出したりしたら。



かがりは持っていた携帯をキュッと握った。



「(……最後にしよう)」


次で会うのを最後にしよう。


このまま一緒にしたら、知られたくないことまでバレてしまうかもしれない。


どうせいつかは終わる関係だった。


高望みはしてはいけない。


かがりは自分に言い聞かせて、透のメッセージに返信した。

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