エピソード10

かがりは舞の家に、洋服を借りに来ていた。


普段着ない洋服ばかりでいつも悩んでしまう。


今日は、自分の想いと共に、さらに悩んでしまった。


舞はクローゼットからかがりに似合いそうな洋服を次々と出していく。


「今度はミニスカなんてどう?」


そう尋ねながら、クローゼットから顔を出すと、浮かない顔のかがりが見えた。


舞はスカートを持ったまま、かがりの前に座った。


「…一條さん、イヤな人だった…?」


その問いかけに、かがりはゆっくり顔を上げた。


思い出されるのは、楽しそうに笑う彼の顔ばかり。


いつでもかがりの気持ちを言い当てて、叶えてくれる。


「……全然」

「いい人だった?」


その言葉に、言葉もなくうなずいた。


舞は、持っていたスカートを横に置くと、そっとかがりを抱きしめた。


「ごめんね…。私のわがままでかがりをこんなに悩ませると思わなかった」


3回しか会ってないのに、彼との時間はいつも温かかった。


「……いっそのこと、イヤな人だったらよかったのに」


それだったら何の未練も後腐れも何も残さず、さよならできたのに。


かがりは大きく息をついた。


そんなこと言ってももうここまで来てしまったんだ。


最後まで、やり遂げよう。


かがりは舞の持ってきたスカートを手に取った。


広げて見ると、それはアイドルが履くような超フリルスカート。


「…これは絶対にいや」

「えー?可愛いのにー」




無難な洋服を数着借りて家路につくと、アパートの前に人だかりができていた。


野太い声の誰かが何かを叫んでいる。


少し近づくと、それは聞き覚えのある声だった。


「かがりぃー!」


かがりは慌てて駆け寄る。


囲んでいた人をかき分けて行くと、そこには、お酒のカップを片手に抱え、伸びきった髪の毛を無造作にぼりぼりかいて座っている父親の姿だった。


「ちょ…!何してるの…!?」


その時、スマホが鳴り、画面には”病院”の文字。


『山田さんですか?すみません、お父さまが病院を抜け出して…』

「…はい」

『今、職員と警察で行方を探しているんですが…』

「…大丈夫です、ここにいます」


「迎えに行きます」と言って切られた電話を耳に当てたまま、目の前で奇声を上げる父親を何ともいえない気持ちで見つめるしかなかった。


周りを囲んでいた人たちは、「何だよ、親子喧嘩かよ」と言いながら散らばっていく。


どこから買ったのかわからないカップ酒をあおりながら、父親はフラフラ立ち上がった。


「なぁにしてたんだよー、かがりぃ」

「……そっちこそ、勝手に病院抜け出して何してるの」

「父親が娘に会いに来ちゃダメなのかぁ?」

「ダメ。…ダメなのに」


手元がおぼつかなくなったのか、持っていたカップが滑り落ちてガチャンと割れる。


すると、何かの糸が切れたように怒り出す父親。


「何様だぁ?!あいつが男連れていなくなったとき、誰がお前を育ててやったんだぁ!」


伸ばした手がかがりの腕を強く掴む。


引っ張るように揺さぶった。


「おまえにもあの女の血が流れてるんだよぉ!浮気野郎の血がなぁ!」

「……やめてっ」


グイッと引っ張られた反動で足元がよろけ、ふらついた。


「…っ」


そして運悪く、先程父親が落として割ったガラスの破片の上に転んでしまった。


左腕に破片が刺さり、皮膚をえぐる。


それでも怒りで我を失った父親は、転んだままのかがりを揺さぶる。


その時、救急車がやってきて、目の前で停まった。


「山田さん…!」


中から父親の担当看護師が出てくる。


そして血だらけの彼女を見て青ざめた。


「大丈夫ですか…!」


急いで周りの救急隊員に指示をする。


暴れる父親を男性救急隊員が押さえ、救急車に乗せる。


かがりは止血されながら、ほっとしたのか、絶望したのか、薄れゆく意識の中で暴れ回る父親の姿を見つめていた。



***



目が覚めたのは、真っ白い天井が見える病院の救急治療室だった。


左腕を見ると、痛々しく包帯が巻かれている。


右腕には点滴が打たれていた。


ちょうど通りかかった看護師に「あ、目が覚めましたか?」と声を掛けられる。


「…ここは…?」

「一條総合病院ですよ」

「…一條…、…い、一條!?」


その言葉を聞いて慌てて起き上がる。


バレていないかキョロキョロ辺りを見回す。


幸いにもカーテンで仕切られているので、覗かないと誰がどこにいるかはわからない。


その勢いに看護師も驚きながら、目をぱちくりさせる。


「だ、大丈夫ですか…?だいぶ深い傷だったので15針も縫ったんですよ」

「縫った…?」


かがりは初めて彼に会った時の自己紹介を必死に思い出した。


確か、外科だと言っていた気がする。


「大丈夫ですよ。ベテランの先生が処置してくださったので傷も残らないでしょう」

「…ベテラン…」


彼はまだ30歳だ。ベテランにはまだ早い、はず。


しかし、どこで出会うかわからない。


一刻も早くここから脱出したい。


看護師はついでに、といった様子でそのまま説明を続ける。


「お父様はそのまま療養病院の方に戻られました。療養病院では外科の処置ができなかったので、一番近くのこちらの病院に運ばせていただきました。山田さんの傷は深いですが、安静にしていれば問題ありませんので」

「じゃ、じゃあ、もう帰ってもいいですか…?」

「え?あ、痛くないですか…?一応何日か入院を、と思っていたのですが」

「全然大丈夫です…!」


かがりは急いで支度をし、治療費を払い終えると、そそくさを病院を後にした。


傷は痛むが、このまま病院に居座りつづけた方がまずい。


敷地を出たところでようやく一息ついて、ゆっくり歩き始めた。

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