エピソード7
昨日とは打って変わって、騒がしいお店だった。
店員さんの活気もすごい。
カウンターに通され、2人並んで座る。
月曜日だというのに、ほぼ満席だ。
昨日よりも格段に近くなった距離にドキッとしながらも、自分でも払える金額のラインナップに、胸をなでおろした。
「舞さんはお酒飲まれます?」
「…あ、はい、たしなむ程度には…」
実際の舞は、小動物のようにかわいい顔をして、嬉しいことや嫌なことがあると煽るようにお酒を飲む。
それに付き合っていたかがりもまたお酒は強かった。
「いいですね。最初は何にします?」
「…じゃ、ビールで」
「了解です」
彼はそう言って店員さんにビールを2つ頼んだ。
広報の担当をしていると定期的にやってくる接待。若い頃はあまりビールを美味しいと思っていなかったが、周りに迷惑がかからないように「まずはビール」を言い続けていたら、普段の居酒屋でもビールをスタートにするようになってしまった。
「お待たせしましたぁ!」
大きな掛け声と共にテーブルに置かれる大きなジョッキ。
予想以上のサイズ感に、2人で笑いながら乾杯した。
すぐにつまめるような簡単な食事をいくつか注文する。
「舞さんは普段、外食ですか?」
舞は今も実家暮らしで、専業主婦の母親がいるため、いまだに弁当を作ってもらっていた気がする。
お金持ちでも母親の栄養満点の弁当に勝るものはナシ、ということかも。しかし、28歳にもなって母親のお弁当に助けられる生活をしているのもどうかと思うので、ふんわり濁しておく。
「…普段は、べ、弁当ですかね…」
「へぇ!ご自身で作ってるんですか?」
「い、一応…」
「すごいですね」
関心する彼を見ながら、かがりが苦笑いを浮かべた。
嘘をついてしまった。
舞は、料理をしない。一人暮らしをしたことも無ければ、料理なんてもってのほか。
しかし、母親の手作り弁当を食べている舞と、料理ができる嘘を天秤に掛けた時、勝っていたのは料理ができる嘘だった。
「じゃあ、夕ご飯もご自身で?」
「ま、まぁ…、比較的、そうですね…」
「家庭的ですね」の誉め言葉を素直に受け止めきれない。
かがりとしてであれば、毎日自炊して、弁当も作っているので純粋に嬉しいと思うが、舞として家庭的だと褒められるのは、真意じゃないから余計居心地が悪い。
「透さんは…?」
すぐにでも話しの流れを変えようと、同じ質問を投げかける。
「俺は基本外食ですよ。男の一人暮らしですからね」
そう言って、パクリと運ばれてきた、茄子の揚げびたしを食べる。
かがりはその様子をじっと見つめてしまった。
「(…お金持ちのイケメンが茄子の揚げびたし食べてる…)」
不思議な違和感に、目が離せなくなる。
やはり所作はどこを見ても綺麗で、箸の持ち方は教科書に書いてあるそのもののようだ。
「…?どうか、しました?」
「い、いえ…!」
こんなにがっつり見ていたら気付くに決まっている。
かがりは顔をそらすが、いい言い訳が見つからず、恐る恐る彼の方に向き直った。
「…お、お箸の持ち方が綺麗で…」
すると、彼は一瞬きょとんとした表情になり、そして言葉を理解すると、声を上げて笑い出した。
「す、すみません…!」
「全然、謝ることじゃないですよ。でも初めて言われました」
そう答えながらも彼はまだ笑いが収まらないのか、肩をふるわせている。
「箸の持ち方…!」
自分の箸の持ち方を見直し、楽しそうに笑う。
「舞さんだって、綺麗じゃないですか」
「え…?あ、ありがとう、ございます…?」
かがりも自分の箸の持ち方を見る。
そしてお互いの持ち方を見せ合って、また笑った。
すべての料理を食べ終わるころには、だいぶお酒もまわって、陽気な気分だった。
今日が月曜日じゃなければ、強めのお酒もいこうと思ったのだが、今週の平日があと4日もあると思ったら、無意識にブレーキがかかる。
「じゃあ、そろそろ行きますか」
「そうですね」
そう言ってお会計をもらうと、かがりは天井を見上げながら苦手な暗算でなんとなく半分に割った金額を算出する。
「これ、私の分」
言いながら5,000円を出すと、彼は驚いたように目を見開いた。
「え…?」
「…え?」
お金持ちの女子はお会計しない…?お金持ちなのに?
彼の微妙な反応を見て、かがりは大急ぎでこの前読んだ攻略本の中から適切な対応を探す。
お酒がまわった頭をフル回転させて記憶を手繰り寄せる。
「(…ここは、男性に華を持たせる…!!)」
と思いつつも、1回出してしまったお金を、どうやって自然に回収すべきか。
間違えた、というにはあまりにも不自然だし、無かったことにできないくらいにがっつり見られている。
心の中で必死に格闘していると、目の前の彼は、かがりが出した5,000円札を受取り、代わりに自分の財布から5,000円を取り出して、かがりに差し出した。
「…?」
「舞さんのお金は受け取りました。けど、今日は俺から誘ったので付き合ってくれたお礼です」
「あ、ありがとうございます…?」
結局、かがりの出した5,000円は受け取ってくれたが、彼の5,000円がもどってきてしまった。
いいような、悪いような、普段おごられ慣れていないかがりにとっては難しい事だった。
「この5,000円で、今度、舞さんの行きたいお店に行きましょう」
そう言って笑う彼は、本当にお酒を飲んだのかと思うくらいさわやかで、輝いていた。
その雰囲気に流されるかのように、無意識に「…はい」とうなずく。
お店を出ると、まだ春先の気候の夜風が寒い。
きゅっと肩を上げる。
すると、後ろから出てきた彼が、「あ」と声を上げた。
見ると、何かを指さしている。そこには丸々と大きな満月が漆黒の夜に輝いていた。
「空気がまだ冷たいから、綺麗に見えますね」
「…ですね」
かがりは寒いのが苦手だったが、こんなに綺麗な月が見れるなら、寒いのも捨てたもんじゃないな、と思い直した。
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