エピソード5

運ばれてきた料理に、かがりは目を輝かせた。


基本的には毎日自炊をしているが、たまに行く近所のお手軽イタリアンとは一味違う。


無難なミートソーススパゲティを注文したが、出てきた料理は『無難』という言葉が全く似合わない、オシャレな盛り付けだった。


高く巻き置かれたパスタを覆うように掛けられたソース。


削ったばかりのチーズは元気よく反り返っていて、パスタの熱に当たりながらゆっくり溶けていく。


頂点に乗せられたパセリはお花が咲いているかのよう。


本当は写真を撮りたいが、たかがイタリアンの料理を撮るなんて事は舞はしないだろう。


かがりはその気持ちをぐっと押し込んで、じっと目に焼き付けようとした。


「(…この盛り付け、絶対今度家でやってみよう)」


こんな贅沢なことをするのはきっと今この瞬間だけだ。


舞のお願いが終われば、また、今まで通りの生活にもどる。


すると、目の前の彼の料理も運ばれて来て、「食べましょうか」と優しく声を掛けられた。


食い気味にミートスパゲティを見つめていたかがりは、ハッと我に返って恥ずかしそうに笑った。


「いただきます」と小さく挨拶をして、そっと口に運ぶ。


これまた、今まで食べた事のない味。


「……っ」


叫びたい気持ちもどうにか押し込んで目を見開く。


トマトの香りが豊かに漂い、赤ワインでじっくり煮込んだような芳醇な味。


この気持ちが漏れないように、かがりはそっと目を閉じた。


より味をかみしめる。


すると、向こうでくすっと笑う吐息が聞こえた。


かがりは再びはっとして目を開けた。


「ご、ごめんなさい…」


恥ずかしくなって、赤くなった顔を隠すように前髪を触る。


しかし相手は馬鹿にしたのではなく、純粋にかがりの行動が面白かったようで、


「いえ、逆にすみません。せっかく美味しく味わっているのに、邪魔してしまって」


彼は綺麗な顔で笑った。


こんなにイケメンな顔が目の前にあるのに、食い意地を張っているかのようにパスタしか目に入っていなかった。


これはお見合いの一番初めのご挨拶なのに。


かがりは姿勢を正して、そっとフォークを置いた。


「…せっかくお時間いただいたのに、お恥ずかしい姿を見せてしまいました…」

「料理、美味しいですから。とてもわかります」


彼は、「冷めないうちに食べてしまいましょう」とかがりに勧めて、自分も少しペースを上げて食べ始めた。


男性なのに、綺麗なしぐさでパスタを器用に巻いて口に運ぶ。


ミートスパゲティに夢中になってしまっていたが、目を引く身のこなしの男性だった。


「(…こんな素敵な人なのに)」


どうしてお見合いなんてする必要があったのだろうか。


そんな疑問を問いかける勇気もなく、美味しいパスタと共に奥に飲み込んだ。


一通り、パスタやサラダを平らげ、片づけられたテーブルに、香りの高いコーヒーが置かれた。


一口飲んで、ほっと息をつく。


「美味しかったですね」


彼の声に、かがりは満足そうにうなずいた。


「じゃあ、せっかくなので自己紹介しますか」


こんな順番のお見合いでいいのかと不安になるが、もう完全にタイミングを失いまくっているので、関係ない。


「さ、西園寺舞です。今はクリニックの事務をしています」

「俺は、一條透です。両親の病院で外科医として働いてます」


他の人の名を名乗ることに慣れておらず(普通はない)、ぎこちない自己紹介になってしまう。


「舞さんは、休日は何をされているんですか?」


普段のかがりは家の掃除や育てている植物の手入れ、たまに図書館に行って本を読んだり、特売のスーパーに行ったりしているが、そんな話しはできない。


舞の日常を思い出して、どうにか絞りだす。


「えっと…、映画を見たり、友達と食事に行ったり…?」

「いいですね。どんな映画が好きなんですか?」


来ると思った。


お見合い、合コンの定番質問。休日の過ごし方から、その内容の深堀。


まさにこれだ。


「さ、最近は、洋画が多いですかね…。い、一條さんは…?」


こんな時は相手にも質問をして、自分のターンをなるべく早く脱出する。


図書館で読んだ、謎の本にそう書いてあった。


「俺も映画好きです。洋画も見ますよ。あとは友達と旅行に行ったり」

「旅行、いいですね…」


頭の中で、ぐるぐると次の質問や回答等を考えているせいで、返答がすべて曖昧になってしまう。


彼はそれを緊張と取ったのか、「デザート頼みましょうか」と微笑んだ。


自分は今、舞だと言い聞かせれば言い聞かせる程、舞が普段どんな生活をしてどんなものが好きなのか思い出せなくなる。


少しぬるくなったコーヒーを口に運びながら、なんとか落ち着こうとした。


すると、彼も同じように一口コーヒーを飲むと、かがりの手に気付いたのか、カップを持つ手をじっと見た。


「…?」

「ネイル、綺麗ですね。春っぽくて素敵です」


さすが。生涯モテながら生きてきた男はちゃんと見ている。


こういう細かいところに気付いてもらえるのは嬉しい。


「あ、ありがとうございます…」

「あんまりよくわかって無いんですけど、そういうのって自分でやられるんですか?それとも誰かにやってもらうんですか?」


まじまじと手をのぞき込まれてドキッとしたが、悪い気はしないので、素直に手を広げて見せる。


「これは自分で…。今日は天気も良かったので、ラベンダーカラーにしてみました」

「舞さんは手も綺麗ですね」


普段、掃除や食器洗い等、手荒れするような事ばかりやっているので、年齢にそぐわず、念入りにハンドクリームを塗るのが癖になっていた。


その努力がここにきて実るとは。


「そ、そんなことないです…」


嬉し恥ずかしい、こそばゆい感情が体を駆け巡る。


ちょうどデザートが運ばれて来て、目の前にそっと置かれる。


見た目でもわかるしっとりとしたガトーショコラ。


いつの間にか、熱々のコーヒーがカップに注がれていて、香り高い湯気が上っている。


彼はバスクチーズケーキを頼んだようで、どちらもとても美味しそうだ。


すると彼はかがりを見ながら微笑んだ。


「…?」

「声に出していいですからね」

「え…?」

「”美味しい”って。さっき言いたかったんでしょう?」


そう告げる彼の表情は馬鹿にしたようなところは一切なく、ただ単純に楽しそうだった。


かがりが必死に我慢して飲み込んだ言葉だったが、彼にはばれていたようだ。


「…ばれてましたか…」

「はい。ムズムズしてましたから」

「…お恥ずかしい…」


そう言って2人で笑うと、同じタイミングでフォークを持って、パクリと一口食べた。


「「美味しい」」


言葉も同時に重なる。


そしてお互いに一緒に笑った。


舞らしく振るまえていなかったかもしれないが、こんなこそばゆい気持ちになったのは初めてだった。

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