エピソード4

透の恋愛対象は男性だ。


それを知ったのは、高校2年の夏だった。


初めて同じクラスになって、たまたま気が合うと思っていたときに、「一目惚れだった」と告げられたのだ。


『……』


その言葉を聞いたとき、何も言わずに透を見た。


夏休みの夏期講習のあとの、誰もいない教室の中だった。


お互い医学部を目指していたこともあって、みっちり長い講習が終わるころにはすでに夕日が教室を照らしていた。


幸か不幸か、志貴は男女ともにモテていたため、多感な思春期過ぎの彼にとっては大きな問題ではなかった。


ただ、そういう対象に思ったことがない相手に、どうやって傷を浅く断れるだろうとぼんやりと考えていた。


しかし、透はセクシャルマイノリティであることを気にして、一大決心での告白だったに違いない。


志貴は、透の後ろの窓越しに見える夕焼けが綺麗だったので、回りくどく言うよりもはっきり言うべきだと思い直して、「ごめん」と応えた。


それを聞いた透は、何故か驚いたように顔を上げて志貴を見つめる。


『…なんで…?』


その問いかけは、断る理由を尋ねている、というよりも、なぜその応えを返すのか、という問いかけに聞こえた。


『…なぜ?…そりゃあ、透のことは好きだけど、それは友達としてってことで…』


なんと言ったらいいか分からなくて、結局モゴモゴと答える。


それでも、透は驚いた顔から徐々に嬉しそうな微笑みに変わる。


その反応に、今度は志貴が戸惑いを隠せない。


『…なんで…?』


すると、透はにっこり笑って、「逃げないでここにいてくれてるから」と応えた。



バーの照明がウイスキーをほのかに照らし、少しだけあのときの夕焼けを彷彿とさせた。


あのとき、志貴にとっては何気ないことだったが、透にとってはゲイであることに肯定も否定もせず、友達として好きだということが単純に嬉しかったのだと後でわかった。


昨今ほど、セクシャルマイノリティに対する知識も認知もない時代だったから、より強く感じたのだろう。


だが、それとこれとでは話が違う。


「…お見合いって、なんだよ」


透の勢いで掴まれた手を振りほどけないまま、切羽詰まったような表情の彼を見る。


言いづらそうに視線を右往左往させるが、理由を聞かなければ協力できることもできない。


「…両親からお見合いの話が来て…」


透の一族ほどの医者一家であれば、由緒正しいお見合いがあってもおかしくない。


一條家は、両親、祖父祖母はもちろん、先祖代々の町医者で、それが今では一大総合病院となった。


現在の院長は透の父親で、その前の代は透の祖父だったらしい。


気が付けば30歳。


そういった話が来るのは、覚悟していたはずだ。


「そりゃ…、一條家なら当たり前に近い話だろ」


つかまれた手をほどけないまま、透の言葉に答える。


すると、彼はそっと手を離し、ゆっくりテーブルの上にあったスマホを取ると、一枚の写真を見せた。


そこに写っていたのは、少し中性的な見た目ではあるものの、すらっとした身長から見るに、綺麗な男性だ。


「…こいつが…?」


なにか、と聞こうとしたが、そのあとに続かなかった。


きっと、この人が今の恋人だ。


今でも透は男性が好きなんだと改めて実感した。


生まれ持った性的思考が変わるわけがない。


しかし、彼は生まれおちた境遇に悩んでいたのだ。


「…困ったことに、俺は一人っ子だし、病院を継ぐのは俺しかいない。けど、今は…」


透はスマホを戻すと画面に写る彼を、愛おしそうに見つめた。


どこのどいつかは知らないが、透にとって大切な存在を、家の事情だけでナシにしたくない気持ちもわかる。


「(…きっと俺にはわからない気持ちだけど)」


人を好きになることは、誰だって平等であってほしい。


志貴は、大きく息を吸い込んだ。そしてそのまま大きく吐き出す。


「…わかったよ…」


消えそうな声でつぶやいた。


会員制のバーのおかげて、周りはとても静かだ。


透にもちゃんと聞こえたようで、沈んでいた表情がぱっと明るくなった。


そして、再びガシッと手を握られる。


彼の感情は、手に現れるらしい。


そしてブンブン上下に振られる。


「ありがとう…!!ほんとにありがとう!」

「…どうすればいいかだけ、教えて」


透はうなずいて、要点だけ話し始めた。


相手は2歳年下の医者の娘らしい。器量はいいが、あまり恋愛に積極的ではない(と聞いている)。


両親の手前、数回は会って欲しいとのこと。


「ちゃんとデートじゃなくていいから…!何回か会ってくれれば、それでいい。それで、あっちから振ってくれれば一番いいんだけど…」


尻すぼみな声に、最後にもごもごと「志貴はイケメンだから…」とつぶやく。


「振られればいいだろ?1回目はとりあえず、いい男を演じて、ちょっとずつ嫌なやつになっていけば、おのずと離れていくだろ」


振られるのはお手の物だ。


今まで何度「関心ある?」「私のことちゃんと好き?」と言われながら振られてきたことか。


そんな経験がこんなところで活きるとは。


すがるような目で見つめる透の肩を、彼はこぶしで優しく小突いた。


「こいつはもらうからな」


そう言って、テーブルに置かれた2枚のチケット、もとい、透からの賄賂をつかんで見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る