第5話 「禁忌の保存庫」
「全く、子供の振りを続けるというのは存外疲れるものだな。それに、不測の事態も発生したしな⋯⋯」
グーテらしき人物──男は、そう呟いた。
かつて、帝都でその生涯を終えた筈の男は、筒を介してグーテに憑依していたのである。
無骨で奇妙な筒の正体は魔導具だった。そして、筒の使用者であり、製作者は男だ。
帝都で研究員として魔導具の研究を続けていた男は、魔道具に対する人並み以上の愛と熱量を持って、才有る者を差し押さえ、凡才の域を超えた代物を偶然にも作り上げた。
それこそが筒──〝禁忌の保存庫〟であった。その概要は、魂の保存と融合。人体の何処かにあるとされる魂と呼ばれる何かを的確に抜き取り、長期保存を可能とし、次に触れた者に転生する。その際、宿主の魂は保存対象の魂と融合され、人格や精神は保存対象の魂が優位となる。
つまるところ、〝禁忌の保存庫〟の実態は、融合や憑依ではなく乗っ取りである。
そのような危険で魅惑的な代物を帝国が放置する筈もなく、国家権力を行使し、男から研究成果である筒を掠め取った。
しかし、筒はすぐさま男の手に返還されることとなる。何故なら、筒の使用には莫大な魔力量と生贄を必要とすることが判明したからだ。
具体的には、帝国の有する戦略級魔導師団員全三十名が、一日に限界まで放出出来る魔力量を三ヶ月分と、百人以上の生贄が必要となる。
百人以上の生贄に関しては、犯罪奴隷や貧民街に居る孤児、浮浪者を使うことで解決したが、戦争の絶えない帝国において、戦略級魔導師団を三ヶ月間も拘束するのは、あまりにも愚行であり、自殺行為である。そもそも、合理主義の帝国は、使えるものは何でも使う主義でもあるので、仮令、犯罪奴隷や孤児、浮浪者であっても使い潰す。百人以上の生贄というだけで、上の人間は難色を示していた。
これらの理由から、筒は男の手に返還されることと相成った。
そして、筒にはもう一つ大きな欠陥が存在する。それは、魂の保存方法にあった。
筒の使用に生贄が必要なのは、長期保存をする為に、生贄が持つ魂を食い潰すからだ。
要は、一つの魂を保存する為に最低百以上の魂を犠牲にするのである。
では、何故魂を食い潰す必要があるのか。それは、魂の性質にある。魂は、肉体という受け皿があってこそ一定の場所に留まることが出来る。肉体から解き放たれた魂は、すぐさま溶けて消えてしまうのである。それをさせない為に、生贄の魂を食い潰し、融合することで、魂が溶け消えるまでの僅かな期間を先延ばしにし続けるのである。
ここで、食い潰すという行為が件の欠陥に繋がる。食い潰された魂は、保存対象の魂を保護する為、融合され、消費される。
保存対象の魂が、融合を行った際に優位にはなるものの、食い潰された魂が完全に消え去るわけではなく、ある程度人格面や精神性に影響を及ぼす。
ここで倫理的問題が発生する。果たして、筒に入る前の保存対象の魂と、筒から出た後の保存対象の魂は、同一人物なのか。
合理的で論理的な帝国は、幾度もの討論の末、非同一人物であると結果を出した。
以上のことから、帝国は筒を実用性無しと判断し、男の元へと返還した。
しかしながら、男は実用性無しの烙印を押された筒の可能性を諦めきれずにいた。
そうさせたのは、直感的にこれが生涯最後の傑作であることを理解していたからか、魔導具への愛からか、それは男にも分からない。
だからこそ、男は日々、一日に放出可能な限界までの魔力を筒へと注ぎ続けた。
帝都陥落のあの日も、同じように筒へと魔力を注いだ。
だが、足りなかった。約十年間にも及ぶその行為は無駄でこそなかったが、筒の真価を発揮させるには足らなかった。
「その結果がこれか⋯⋯全く、こんな体になってまで⋯⋯俺は何がしたいんだろうな⋯⋯あぁ、また⋯⋯クソ⋯⋯ッ」
魔力不足により不完全な形で力を発揮した筒は、
宿主の意識又は意思が手放された際に限り、体の主導権を得ることが出来る。睡眠時や失神時、意思能力が著しく低下した状態が当て嵌る。
つまるところ、保存対象の魂の優位性が失われたのである。
また、かつての帝国が危惧した通り、百人以上の生贄の魂が融合されたことにより、人格面や精神性に少なくない影響を受けた。
具体的には、一人称や口調、価値観が定まらなくなり、自分という唯一の判断基準が使えなくなり、固定的な見解や思想、発想を行うことが出来なくなってしまった。
仮令、殺されることを哀れに感じ、一度は見逃した獲物が居たとしても、次に見つけた際は、視界から遠ざかっていく獲物を追いかけ、何処までも残虐に嬲り殺し、その日の夕食に出てくるかもしれない。
男の魂は、最早男のみの物ではない。変質を遂げた男は、果たしてかつての男と同一人物だと言えるのか。
帝国が危惧した倫理的問題を前に、男は只、呆然とするばかりである。
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