第4話 「父親の愛情」
「ほ、本当か⋯⋯?」
「うん、本当だよ。それよりも早く村に帰ろう。やっぱり良くないよ、大人の言いつけを破るのは」
「あ、ああ。そう⋯⋯だな⋯⋯」
フェリシーは、いつもと変わらないグーテの言動に安心し、毒気を抜かれる反面、何処か雰囲気が異なるグーテに不気味さを感じていた。
先程の非現実的な光景と未だに続く妙な胸騒ぎにより、フェリシーは本調子とはならず、素直にグーテに従った。
「うん、そうだよ。さ、早く帰ろ」
「だが、お前は帰り道が分かるのか? さっきは覚えていないと言っていただろう?」
「問題ないよ。全部記憶通りだ。多分無事に帰れると思うよ」
「そ、そうか。なら頼むぞ⋯⋯」
グーテの妙な言い回しが気になったフェリシーだったが、思考に靄が懸かったような状態の彼女には、答えが無い疑問について考えるほどの余裕はなかった。
「うん、任せてよ」
その言葉を皮切りに迷いなく歩き出すグーテを、フェリシーは呆然と見つめた後、再び歩き出した。
◆
グーテは宣言通り村へとフェリシーを導いた。しかし、未だ幼い彼等が森の中心部から抜け出すにはそれなりの時間を要した。
結果、彼等が森を抜ける頃にはすっかり日が暮れており、村へ辿り着く頃には、辺りを見渡す為に松明が必要となるほどの暗闇となっていた。
村に近づくと、立番をしている村の自警団の一人に見つかり、保護された。
暗闇から、それも村の外から顔見知りの少年少女が現れたのだから、その立番が泡を食って飛び出したのは言うまでもない。
「──まったく! あんたたちは! あれっっほど村の外には出るなと言ったのに! どぉして約束が守れないの! 私たちがどれだけ心配したと思っているの! 本当に本当に──」
「まあまあ奥さん、こうして無事に戻ってきたわけですし、ここらで説教も終いにしましょう」
「──ふぅぅ、そうですね。私も少し言い過ぎたかもしれません。⋯⋯ほらグーテ、もう帰るわよ」
自警団により、それぞれの保護者へ引き渡された彼等に待っていたのは、グーテの母親であるパトロシアからの叱責であった。
パトロシアからしてみれば、日暮れまでに帰ることと村の外に出ないことを約束した筈の息子が、見事にその両方を破ってくれたのだから、激怒するのは当然であった。
しかし、その怒りもフェリシアの父、ユーグの手によって鎮火された。パトロシアの息が切れた瞬間を見逃さずに口を挟んだところを見るに、観察力が人並み以上に優れていることが窺える。
恰幅の良い巌のような外見とは裏腹に、その手のことを得意としているのだから、「人は見た目によらない」とはよく言ったものである。
パトロシアに手を引かれたグーテは、その真っ白な瞳で周囲を観察するのような素振りを見せながら歩いていった。
一方フェリシアは、翡翠色の大きな瞳を濡らし、父であるユーグを視界に入れないよう、限界まで首を曲げて顔を背けていた。
「⋯⋯さて、フェリシー。俺は常々言っていた筈だ。村の外へは出るな、とな。だがお前はそれを破った。⋯⋯何故だ?」
「い、いや、そのー、それは⋯⋯」
「さっさと言わんかっ!」
「はっ、はい! ⋯⋯私は、いつも、村の外を見てみたいと思っていました。私にはどうにもこの村が窮屈に感じるのです! む、村が嫌いというわけではないのですが⋯⋯村の中で一生を終える気等、私にはないのです! ⋯⋯それが、理由です⋯⋯」
「⋯⋯まあ、お前は俺の子だからな。お前がこの村を窮屈に感じていることくらい分かっていたさ。⋯⋯だから、後五年待て。成人を迎えてからは全てが自己責任だ。好きに生きろ」
「⋯⋯良いのですか⋯⋯?」
「ああ。但し五年後だ。この約束は守れよ」
これは、ユーグなりの優しさだった。
幼少期の自分と同様、娘が村を窮屈に感じていることをユーグは薄々理解していた。
しかし、娘は未だ十歳の子供。流石にこの歳の子供を危険が満ちている村の外に放り出すほど、ユーグは親を辞めていなかった。
やや放任主義ではあるものの、それも娘の性格を考慮してのことだった。
そんなユーグが、愛する娘を束縛するわけもない。何れ家を出る娘を想い、かつての自分が、何もかもを捨て、家を飛び出した歳、──十五歳を迎えたら村の外へ出ることを許そう、ユーグはそう考えたのである。
「はい!」
「いい返事だ。ところで、お前は何故そうまで村を出たい? 何かやりたいこと──成りたい者でもあるのか?」
「はい! 私は勇者に成りたいのです!」
「⋯⋯⋯⋯は?」
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