第3話 「グーテらしき人物」

 隠し通路と言うには小さすぎる穴を抜けた先には、荒野が広がっていた。所々に散らばる、かつての建造物の残骸が、この地で何が起きたのかを物語っている。


「うわあ、凄いね、フェリシー!」


「ああ、凄いな! 今、私は自由だ!」


 閉鎖的な小さな村しか知らない子供にとって、視界一杯に広がる荒野は、何とも解放的で、限りなく広がる蒼天は、村の中から眺めていた景色とは一線を画す圧倒的な景色だった。

 グーテが右を向くと、此処からやや離れた位置に林と言うには大きく、森と言うには小さい、そんな木々の密集地があった。グーテの身長からしてみれば、両者に大きな違いは無いが。


「フェリシー、右側に森がある! きっと、大人たちが村に持ってくる木が元々生えていた場所だよ!」


「なるほど、グーテは相変わらず頭が良いな! なら、彼処に生えている木を村へ持ち帰ったら、私も大人というわけだな!」


「いや、違うよ? 森なんて危ないだけだからね。待って、本当に駄目だから!待っ──」


「はーはっは! お前も早く来い! 私だけ先に大人になってもいいのか!?」


「あぁ、もう!」


 森へと一直線に駆け出すフェリシアを見て、森の存在を教えたのは間違いだったとグーテは後悔するが、時既に遅し。

 グーテは、絶対に意志を曲げない幼馴染の性格を厄介な、と思う反面、それをどこか好ましく、羨ましく思っていた。


 やや離れた位置に森があるとは言っても、十歳の少年少女が全速力で走れば、そう時間は掛からない。

 眼前へと迫った森は、グーテという異物を混入させても、その圧倒的な存在感を持って希釈してみせるという気概と雄大さを存分に感じさせる。


「⋯⋯手頃な木を探すか」


 流石のフェリシアも雄大な自然に魅せられて、口数が減り、勇猛果敢な態度も鳴りを潜めている。


「手頃な木か⋯⋯って、真面目に考えちゃったけど、此処森だからね! 猪とか出たらどうするの!?」


「その時はどうにかするさ。何、私が居ればどうということはない」


「はぁ。もう本当に早くしてよ。後、一応言っておくけど、木なんて持ち帰ったら、僕たちが村の外に出たことバレちゃうからね」


「ば、バレたって問題無い筈だ! 何故なら、村に帰る頃には私たちは大人なんだからな!」


「私たちって、巻き込まないでよ⋯⋯」


「何だ? 今更被害者面か? さっきも言ったが、お前はもう私と同罪なんだからな」


「はぁ」


 何とも逞しい十歳児である。この歳にして覚悟が決まっているとは、恐れ知らずと言うべきか、勇者と称えるべきか。

 そんないつも通りのフェリシアの態度に、グーテは嘆息した。しかし、実年齢と精神年齢の乖離で言えば、グーテも中々のものである。




 森に入ってからどれほど経っただろうか。太陽が顔を覗かせた程度の早朝から出立し、今では太陽が空の頂点へと居座り、自らを強調している。

 グーテとフェリシアは順調に歩を進め、現在地は森の中心だ。最初こそグーテが帰り道を覚えていたものの、似たような道が多く、フェリシアが蛇行を繰り返すことも手伝って、全く分からなくなってしまった。そう、彼等は遭難しているのである。


「ね、ねぇフェリシー? 帰り道って覚えてる?」


「わ、私が覚えているわけがないだろう⋯⋯お、お前は覚えていないのか?」


「最初の方は覚えてたけど、もう忘れちゃったよ」


「そ、それじゃあこれはあれか? 私たちは迷子か?」


「そんな優しいものじゃないかも。だって僕たちは、右も左も分からない、ご飯だってない。それに、村の外に居ることなんて誰にも伝えてないんだよ? 助けが来るのはきっと何日も後だよ」


「そ、そうか。中々厳しい状況だな。だが! 勇者という者は、いつだって厳しい状況で立ち上がってきた者たちだ! 近い将来勇者に成る私にそれが出来ない道理はない!」


「そうだね、フェリシーが本当に勇──あれ? 何だ、これ?」


 フェリシーの謎の自信に抗弁しようとしたグーテだったが、この場に似つかわしくない物体が視界に入ったことで中断した。

 それは銀灰色の筒のような物だった。一切装飾が施されていない無骨な意匠のそれは、グーテを蠱惑し、触れさせた。


 筒を持ち上げ、握り締めた直後、筒は半ばほどで僅かに捻れ、強烈な光を発した。


「うわ! な、何だ!? うわぁああああ!」


「眩しっ──⋯⋯おい、大丈夫か!? 大丈夫なのか、グーテ!」


 強烈的で、蠱惑的で、神秘的な光を眼前にして、フェリシアの脳内では警鐘が鳴り響いていた。

 離れなければならない、それがわかっていても離れられない。初めて感じるこれほどまでの恐怖に、足が竦み、腰が抜けていた。


 やがて光は徐々に弱まり、消失した。後には、体が固まった状態のグーテだけが残されていた。


「グ、グーテ? 大丈夫か?」


 フェリシアの問い掛けにグーテは過剰に反応を見せた。

 邪な思考を持たない純粋な子供の表情とは思えぬほど、嫌らしく気味の悪い笑みを見せたかと思うと、次の瞬間には、表情を憤怒で染め上げ、最後には、能面の様に感情が抜け落ちた表情へと変わった。


 フェリシアには、その表情の移り変わりが何とも気味悪く感じ、同時に親友に対してそのような感情を向けたことに自己嫌悪した。

 先程は、恐怖により躊躇ってしまったが、次は躊躇しない。いつものように、そう、普段通り声を掛ければいいのだから。


「グーテ、大丈夫なのか?」


 フェリシアの幾重もの思考の果ての問い掛けに、は歯牙にもかけず答えた。


「あぁ、何だったか? そうだ、フェリシー、ああ、確かにそんな名前だった。それで? 大丈夫かって? 問題無い、私は、──僕は至って健康そのものさ」

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