第2話 「神罰の地ベリル」
大都市を優に作る事が出来るほどの広さを持つ荒廃した土地がある。この土地に特定の名称は無く、特定の所有者もまた、存在しない。
国の領地を広げるには、またとない好物件だが、その実、周辺国は一切の手出しをしていない。
その理由の最たるものとして、土地の歴史が挙げられる。
この土地は、かつて栄華を極めた旧リバル魔導帝国の帝都ベリル跡だ。魔法を追求し続けた先にある魔導。その魔導を他のどの国よりも極め、匠に扱い、圧倒的な国力を持って他国を吸収していった恐るべき帝国だ。
しかし、その帝国の要とされる帝都ベリルも僅か一夜にして滅びた。主要都市の、それも帝都が滅びたとなれば、その後は推して知るべしだろう。
では何故滅びたのか。歴史書には、帝国は、〝魔導〟という人族には行き過ぎた力を持ち、傲慢となったが為に、神の怒りを買い、神罰によって滅びた、とある。
そう、この神罰という言葉が、周辺国の土地の併合に待ったをかける。
果たして神罰を受けた地を併合して良いものなのか、自国にも神罰が下るのではないか、と。
それらの理由から、この神罰の地ベリルは、実に百五十年間もの間放置をされることとなる。持ち主の居ない奇妙な筒と共に。
◆
「それじゃあ行ってきます!」
「夕食の時間までには帰ってくるのよ。それと、いつも言ってるけど村の外には絶対に出ちゃ駄目よ」
「うん!」
快活な声と表情で少年は家を出た。少年の名は、グーテ・エクトル。エクトル家の長男であり、歳は十に達したばかりの子供である。
グーテの身体的特徴として、瞳と容姿が挙げられる。濁りや邪悪さを一切見せない純白のその瞳は、何処か神聖さを感じさせ、好奇の目を向けられることも珍しくない。そして、瞳と同様、全ての色が抜け落ちたかのような白髪と、幼さを大きく残す中性的ながら整った容貌は人々の目を引き、人口三百人余りのこの村では、様々な意味で有名人である。
そんなグーテが向かうのは、村の外れに存在する小さな空き家だ。
この村は、外敵から身を守る為に、周囲を高さ一メートル強の木の柵で囲んでいる。
その空き家は、木の柵に接するように建てられていて、柵の傍らということもあり、大人たちも滅多に近づかず、目が届きにくい。子供が秘密基地とするには絶好の場所だった。
「ごめん、お待たせ。結構待った?」
「遅いぞグーテ。お前が来るまでに腹が二回も鳴ってしまったぞ」
「ごめん、ごめん。さ、早く入ろ?」
グーテが空き家に着いた時には既に先客が居た。この場所で待ち合わせをしていたグーテの幼馴染であるフェリシア・サルティーヌである。
彼女はグーテに苦言を呈すが、彼女が朝食を抜いてここに来たから早すぎるのであって、グーテは決して遅くない。それを知っているグーテは、彼女の苦言を軽く流し、先を促した。
「まったく⋯⋯まぁいい。実はな、今日は秘密基地の奥まで行こうと思っているのだ!」
「秘密基地の奥って⋯⋯それ、柵の向こうってことだよね?」
「ああ、そうだ」
「一応聞いておくけど、おじさんから行っちゃ駄目って言われてるよね?」
「勿論だ」
「じゃあ、柵の向こうは危ないってことも知ってるよね?」
「無論だ」
「はぁ。僕がどれだけ言ってもどうせ聞かないよね⋯⋯?」
「よく分かっているじゃないか」
彼女の性格を誰よりも理解しているグーテは、彼女が一度決めた意思を絶対に曲げないことを知っていた。
「はぁ。分かった、僕も行くよ」
「なんだ、結局お前も行きたいんじゃないか」
「はぁ」
「よし、それでは行こう!」
この頃、齢十歳にして溜息が増えたことを自覚しながら、グーテは先を歩くフェリシアに続いて空き家へと入った。
「で、どうやって柵の外に出るの?」
「ふっふーん、良くぞ聞いてくれた! 私は発見したのだよ! 外へと繋がる隠し通路を!」
「隠し通路ぉ? そんなもの無かった気がするけど⋯⋯」
グーテは記憶にある空き家の間取りを思い出しながら、空き家の中を歩いた。現在進行形で視覚から伝えられる情報にもそのようなものは見当たらない。
グーテは何か嫌な予感を覚えながらフェリシアに続いた。
空き家の最奥へと歩を進め、辿り着いた場所には確かに隠し通路があった。
グーテやフェリシアの体が匍匐前進を行って丁度入れる程度の穴だが。
「フェリシー」
「な、何だ?」
「これ、作ったのフェリシーだよね?」
「な、なんのことかさっぱり分からないな」
「はぁ。正直に言わないと、おじさんに言いつけるよ」
「⋯⋯私が作った。そうだ、私が作ったのだ! だから何だ! 何の問題があるというのだ!」
問い詰められ、父親の名前を出されたフェリシアは逆上した。それを見てグーテはまた溜息を吐きそうになったが、なんとか堪えた。
「ああ、うん、そうだね。問題無いね。でも、おじさんに怒られる時は絶対に僕の名前は出さないでね」
「はっ、言うに決まっているだろう。この隠し通路を見てしまった時点でお前は同罪なんだよ」
「はぁ」
今度こそ溜息を我慢しきれなかったグーテは、すっかり機嫌の良くなったフェリシアと共に匍匐前進で穴を通って行った。
帰ったらお母さんになんて言おう、と土埃で汚れた服を見ながらグーテは考えていた。
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