51.さらば友たちよ


 ジタバタと駄々っ子になってしまったエスメラルダ。一同はなんだか可哀想に思えてきた。


「うわあああんみんな嫌いっ! あほ死ね!」

「待ってくれみんな!」


 そこへ、竜人の冒険者フィーバスが駆け込んできた。


「彼女をあまり責めないでやってくれ……悪いのは俺なんだ……」


 彼は悲痛な面持ちで言った。


「いや実際のところ先日雇われたばかりだから全然俺は悪くないんだが、それでも俺が悪いということになりませんかね!?」


 ……結構無理筋な擁護であった。


「よしなさい君、罪を被る必要はない」


 フロローが彼を諭すように言った。しかしフィーバスは首を振る。


「しかしあまりにも悲惨だ。彼女は教育を受けたわけでもないのに子供の頃から兄を介助していた、付きっきりでな。自分の時間もない。そりゃあ世界も呪うだろう。それでいて、兄に家族愛を感じていないわけじゃなかったんだ……複雑なんだよ、色々と」

「エスメラルダ……」


 彼女の兄、ノアも来ており、心配そうに彼女を見ている。だが当の妹の方はもうすっかりいじけてしまっており啜り泣くばかりだ。


「ずっと、ごめん。おれが、馬鹿だから……」

「……今更言ってもしょうがないでしょ、謝罪なんて聞き飽きたもん」

「ごめん……」


 彼の肩にフロローが手を置いた。


「私も謝らねばならん。根本的な解決も大事だが、お前たちのような者の心も早急に救う必要がある。アカネという娘が言う通り、同時に両方やるのが正解なのかもな」


 そのアカネはまだバリアを張り続けていた。ウルバンと喧嘩をしている。ともかく、それを聞いたエスメラルダは涙を拭いながら立ち上がった。


「私は謝らないからね! だって悪くないし、謝るくらいなら最初からこんなことしてないし!」

「ふっ、そうだな。……お前はよくやっていた、兄のために。よく頑張ったな」

「……ふん、まあね」


 彼女は、ただ誰かに褒めてもらいたかっただけなのかもしれない……今は少しだけ心が軽くなった気がするのだった。


「しかし短気を起こさなかったら君の勝利は確定だったぞエスメラルダ」

「うっ……」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 さて、事態は収束した。不正行為によりエスメラルダは候補から外れ、司教選はフロローの無投票当選となった。彼は政策方針の見直しを行うことにした。


「費用の問題で少しずつしか出来ないが、小さな一歩でも一歩は一歩だ」


 街が住みよくなれば人が増え、経済は活発となり、税収も増えることだろう。そうなれば、問題の解決はより早くなる。長期的にはこちらの方が良いという可能性に賭けた。

 エスメラルダは神官を辞め、フィーバスと共に別の街に移り住む事にした。別に心底嫌っているわけではないが、兄から離れるのが良いだろうという判断だ。それに彼女には自由な時間が必要である。


「兄が心配か、エスメラルダ」

「顔を見なくて済むから清々する」


 そう遠くない街に行くようだ。時々また兄の顔を見に帰ってくることだろう。ノアも、教会で案外呑気に暮らしている。花のお世話をするのが仕事らしい。

 そして、エスメラルダの持ってきた浄化爆弾はウルバンが結局完全に解体してしまい、戻せなくなっていた。彼女がこれをどこで手に入れたかを教えてもらい、ジロたち一行はせっかくなので探検することにした。


「例の鏡がここにあったら都合がいいのになぁ~」


 もちろんメインターゲットはレーの鏡である。浄化爆弾の置いてあった、古びた市庁舎の地下倉庫には、まだ何かが残っているかもしれない。


「やや、これは!」


 ステラが本を見つけた。


「これ、えっちな本ですよ、ぬへへ……」

「なんだと、それは大事だ、俺に渡せ」

「いや、我輩が調べる!」

「いや僕が!」

「ちょっと男子ぃー!」


 わいわいと騒ぎながら探索する。一見ガラクタのようなものばかりが散らばっているように見えるのだが、彼らはそれをどけたりひっくり返したりしながらくまなく探している。すると、アカネおしゃれなフレームの割れた鏡を発見した。


「これがあの鏡だったりしないかな……」

「見せてみな」


 ウルリーケがそれを受け取り、調べ始めた。


「確かにこれは魔導具のようだ。ほら、額の下の部分に魔石を嵌め込むためのくぼみがある。ここに文字があるな、『きさらぎの鏡』? 洒落た名前だ」

「ホントだ」


 とはいえ、鏡の部分はひび割れて粉々に砕けている。破片も欠損した部分が多く、この場で復元は難しいと思われた。


「鏡だってのに金が使われている、そして……割れているということはガラス鏡だ。特別製なのは間違いない」


 調べるにこの鏡は、板ガラスを丹念に磨き上げ、皺のない金を裏に付着させた比較的近代的なものである。


「ま、持って帰ってみようよ」


 一行は、その鏡(とエロ本)を持ち帰ることにした。その他に目ぼしいものは見当たらなかった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「えぇ〜〜! 行っちゃうの!?」


 アカネが残念そうに言った。ウルリーケとウルバンはパーティーから離脱し、二人でビザンチスタンを目指すという。


「でもでも、鏡の事もあるし……」

「私よりお前みたいな日本で教育を受けたヤツの方が頭いいだろ、そんな難しい話じゃない」

「寂しくなるよぉ〜」

「今生の別れって訳じゃないだろ。まあ実質そうだけどな」


 彼女らとはなんだかんだ言って気が合うようだったので少し寂しい気持ちもあるが、それでも仕方ないことなのだ。彼女たちの人生なのだから。それに、二人とも目標があって冒険の旅を続けているのだ。


「うぅぅ〜〜〜やっぱ行っちゃやだ!! 私たちもビザンチスタンに行くから!」

「お前たちは用事がないだろビザンチスタンに」

「ないけど!!」

「もうよせ、アカネ」


 ジロが彼女を制した。


「二人は、ほら、その、な、二人だけの時間が必要なんだ」

「そういう関係じゃねえ!! ウルバンは妻帯者だし!!」


 彼女の言う通り、二人は男女とは言えビジネスライクな関係だ。そもそもお互いにその気は一切ない……少なくとも今のところは。


「地の文も可能性はあるみたいな雰囲気出すな!!」

「達者でな、ジロ。あの情熱的な夜は忘れん」

「ああ……元気でなウルバン」

「いや情熱的な夜って何!?」


 そうして、お別れ会を開くこともなく、二人は旅立って行った。アカネは大いに別れを惜しんだが、引き留めることは出来なかった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 彼らを見送った日の晩、宿にて。


「はぁ、僕はどうしようかな……」


 タナカは夜中にトイレに行きたくなったため起きたのだが、これからのことを考えると寝付けなくなっていた。彼に未来の展望はない、魔王討伐も夢物語である。このまま冒険者として細々とやっていくのもいいかもしれないが、それでいいのかという気持ちもある。部屋に戻る途中、アカネの部屋の中から声がした。


「ん、ダメぇ、ジロさん、優しく挿れてくれないと、壊れちゃう……」


 彼の想い人の、艶かしい声が聞こえてきた。しかもその相手は彼ではない。脳がジリジリと焼けるような感覚がする、彼は息を吞んでその場に立ち尽くしたが、しばらくして、その扉を少しだけ開いて中を覗き込んだ。


「ほらぁ! 無理矢理嵌めようとするから破片が欠けちゃったじゃん! 踏んだら大変なんだからねもう!」

「すまん」


 彼らは鏡の修復を試みていただけであった。なんで艶かしい声出す必要があったの?


「あ、タナカくん、どうしたの?」

「……いや……なんでもない、です」

「ふぅん」


 彼はすごすごと自室に戻った。しかしベッドに潜り込んでからも悶々としており、なかなか眠れなかった。安堵する反面、鏡を修理するだけなのに呼ばれもしていない時点で勝負の土俵にさえ立てていないのではないかと思わなくもないのだった。

 翌朝、タナカは彼らに離脱することを話すことにする。


「二人が抜けるって言うから、言い出しにくかったけど……」

「そっかぁ、不便になるね」

「不便!?」


 結構冷たい事を言うアカネであったが、第一印象が人格排泄なので宜なるかな。


「そうですか。じゃあ異世界通販で出せるだけの物資を出してから行ってくださいね!」

「ご、極悪すぎる! みんな酷いよ! うわーーん!!」


 こうしてタナカは泣きながらパーティーを抜けていった。彼にはもっと相応しい場所があるだろう……例えばそう、異世界通販とんでもスキルを持っているんだからこの世界を放浪してメシを食ったりとか……。しかし、こういう別れは流石に寂し過ぎるのでちょっとしたお別れ会をしたのだという。

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