50.エスメラルダの秘策


「御覧なさい、あそこにいる醜い男が我が愚兄です」


 そう言うと彼女は自分の兄に侮蔑の視線を送る。


「彼は生まれながらにして傴僂せむし、醜男にして愚鈍、ずっと家の中に閉じ込められ、親が亡くなれば教会に押し込まれた」


 そして再び群衆の方を向き語り始める。まるで演説のように語る彼女の姿は美しくもあり不気味でもあった。


 「……教会には生まれながらに呪いを受けた子供や、伝染病に罹った者、魔物との戦いや戦争で傷ついた者たちが大勢暮らしている、路上に屎尿を垂れ流すように教会に捨てられた」


 そこまで言うと彼女は一呼吸置く、そして更に続けた。


「彼らにそこまでされる謂れはあるのか? ただ生まれてきた事が罪? 不運にも流行り病になったこと、戦いに動員されたことが彼らの責任か?」


 観衆たちは黙って聞いていた、誰も口を挟まない。


「彼らは教会に死ぬまで閉じ込められるべきであろうか?」


 その言葉に人々はざわつく、だが構わず続ける彼女。


「この論に異論を唱えられる者は!」


 会場は静まり返る。いようはずがない、弱者救済は神龍教の教えの一つだ、それを真っ向から否定するようなことを言う者がいるはずがなかった。そう、ステラを除いては!


「もぐもぐもぐ……」


 幸い、彼女はホールチーズを頬張っていたので失言は避けられた。


「だから私は思う、彼らを市井に胸を張り堂々と暮らせるよう社会全体で支えるべきだと……そしてそのために、誰もが彼らを養う義務があるのだと!」


 観客たちはしばらくどよめいていたが、商人の方から拍手が上がるとそれは次第に伝播していき、最終的には大きな喝采となった。


「素晴らしい、善行を為すのは我々のような金持ちの務めだろう」

「ええよー、金べらぼうに余ってるし」 


 見た目を着飾った裕福な人々は箔が付くし徳が積めると概ね好意的に受け入れているようであった。しかし下層民の方は少し怪訝な表情をしていた。


「人一人養うなんて、それも怪我人だぞ」

「呪いや病気が感染ったらどうすればいいんだ……」


 そんな声がちらほら聞こえてくる中、一人の男性が前に出て口を開いた。


「待て、エスメラルダ」


 対立候補のフロローであった。ジロたちはそれを見て、あ、来てたんだ。って思った。ついでに、全然任務とか忘れて遊んでたわ、とも思いちょっとバツが悪くなった。


「お前の意見は尤もなことだ。しかし、現実的ではないし、物事には優先順位というものがある」


 彼の言葉を聞いた瞬間、彼女の顔から笑みが消えた。同時に空気が張り詰めていくのが分かる。


「教会で保護している傷病者は少なくはない数だ、なぜだかわかるか?」

「……」

「街が不衛生だからだ。極端な例を一つ、子供が転び、膝に擦り傷を負った。ただそれだけで足を切除しなくてはならなくなった……この街の路上には汚物が溜まっているからな」


 そう言って彼は溜息をつく。それから再び口を開いた。


「お前の福祉策は問題の表面をなぞっただけに過ぎない、それでは根本的な解決にはならないのだ」

「ええ、その通り。貴方の言う事は正しいわ、でもね、傷病者たちはたった今この瞬間苦しんでいる……それを放ってはおけないわ」


 両者一歩も譲らない、まさに一触即発といった状況であった。


「両方同時に進めればいいんじゃないのかな……」


 とアカネがぼやくと、二人は彼女の方を向き言った。


「同時には無茶だ! 一方に集中しないと目標がぼやけて中途半端になる!」

「予算の都合もあるし、いつまでもみんな待ってくれるわけじゃないわ」


 二人の剣幕に圧倒されつつ、彼女は小さく謝った。


「ご、ごめんなさい……」


 その様子を見た他の候補者たちも口々に意見を述べ始めた。皆それぞれ意見を持っているようで、中には対立候補を非難するようなものまである始末だった。もはや収拾がつかない状態であった。


「どちらの言い分も多少は理があるし、まあ予算の都合とかもあるだろうし、難しいもんだねぇ」

「そうですね」


 いつの間にやらウルリーケとタナカが戻ってきていた。


「もぐもぐ……」


 ステラはまだチーズを食べており、失言チャンスを二度も逃してしまう。ジロはというと、みなが政治談義をしている様を見てニコニコしていた。


「みんなが政治に興味を持ってくれて嬉しいよ」

「誰目線だよ」


 人々が侃々諤々やっている中、エスメラルダは癇癪を起こすように叫んだ。


「ああもう!! 埒が明かないわね!!」


 彼女はどこからか金属製の筒を取り出した。


「これが見える?」


 それを掲げながら皆に見せつける彼女、しかし誰もピンときていないようで、首を傾げるばかりであった。一人を除いて。


「それは何かの本で見たぞ!」


 ウルバンであった、彼は兵器技術者、つまり武器に関してはこの中では誰よりも詳しいのである。


「何の本であったか思い出すからちょっと見せてくれ」

「嫌よ……これは浄化爆弾、古代兵器よ」


 彼女がそう言うと観衆たちがどよめいた。浄化爆弾、高濃縮された魔力を炸裂させる爆弾であり、七種類存在するとされる古代兵器、対日稀人ぶっ殺し兵器の第二号である。現在、製法はごく一部の長命種にのみにしか知られていない。数多くの転生者とその眷属を葬ってきた強力な兵器である。この世界でのみ通用する魔力の絡んだ物理法則であるため、転生者にはそれが何なのか解析する時間をも与えられなかった。未使用の物が各地に眠っていると噂されていたが、その一つはこの月の港に存在したのである。聴衆の一人が彼女に問いかけた。


「待ってくれ、ば、ばくだん? って何だ?」

「そこから? そこから説明しないとダメ?」


 エスメラルダは呆れ顔で溜息をつく。


「これを作動させると、この街は綺麗サッパリ吹き飛ぶの。大嵐の後のようにね」


 それを聞いた聴衆たちはパニックに陥り、慌てて会場から逃げ出す者や泣き出す者もいた。


「なるほど、話が単純になった」


 ウルリーケは銃を取り出し弾薬を込め始めたが、フロローはそれを制止する。


「何をするかわからないがよしなさい君。……エスメラルダ、それは脅迫だ、短慮を起こしてはならない。司教選挙も失格、最悪破門だぞ」

「ふん、知ったことじゃないわ、みんな私を助けてくれないし、邪魔をするならみんな吹っ飛ばして不幸になるがいいわ」


 このままでは月の港は灰燼と化してしまう。彼女をなんとか懐柔しなくてはならないが、交渉材料というものが無かった。


「私の銃でぶっ飛ばせばいいだろ」

「やめろ、ウルリーケ。まかり間違ってあの爆弾が起爆すれば元も子もない」


 ウルリーケとジロが揉めていると、ステラが前に躍り出た。ようやくチーズを食べ終わったのか。


「全く、不甲斐ないですねぇ。この天才ネゴシエーターステラの出番ってわけですか!」

「お前は真っ先に逃げたかと思ってた」

「確かにな」

「ひ、酷い、いやちょっとは考えましたけど……ま、私に任しといてください!」


 自信満々に胸を張る彼女であったが、果たしてどう説得するのか見物であった。


「お金あげるから許してください!」

「嫌」

「交渉決裂ですか……」

「このタコ!」


 ウルリーケに引っ叩かれるステラ。エスメラルダの動機は恨みとか八つ当たりとかなので当然金銭では解決できなかった。


「しょうがないですねぇ。それなら、ジロさんを一晩好きにしていいですよ」

「えっ」

「嫌よそんな毛むくじゃら」

「えっ」


 突然の提案、そして拒絶にジロは唖然とする他なかった。そしてステラは再び引っ叩かれる。


「あの、エスメラルダさん」


 次はアカネが前に出て発言した。


「あなたの意見は正しいし先進的だと思います、けど、市井の人に介護を押し付ける形になるのはやっぱりどうかと……」

「しゃらくせーガキね、あんたみたいなのが一番ムカつくわ。私の目的はまさしくそれよ。誰も手を差し伸べてくれず、私の青春を食いつぶしたあの日々を追体験させてやりたいのよ」


 彼女は拳を握りしめ歯ぎしりをした。彼女の目には涙すら浮かんでいた。それを見てアカネは何も言えなくなってしまった。


「私の兄を見て。彼、ノアは…」

「ちょっと待って、ノア!? ここまで来てカジモドじゃないの!?」

「名前なんてどうでもいいでしょ、話の腰を折らないでちょうだい。あの醜い生き物の面倒を見る為に、私は外で遊ぶ事もできなかったし、友達だっていなかった。両親はあいつに付きっきり……私はどうして生まれたの? あれの面倒を見るためだけに生まれてきたわけ?」


 彼女の言葉からは深い憎悪を感じることが出来た。だが同時に悲しみも伝わってくるようであった。


「不幸自慢対決ですね! 受けて立ちます! さぁ、ジロさん言っちゃってください!」

「えぇ……」

「もういい! もうたくさんだ!」


 ついに痺れを切らしたのか、フロローは声を荒げて叫んだ。


「不幸自慢など一銭の得にならんぞ、ジロっ!」

「何も言ってないのに怒られた」

「エスメラルダ、お前の、子供の頃のお前を助けてあげられなかったのは、すまなかった。私が言うのも変な話だが、代表して謝罪しよう」


 そう言って彼は深々と頭を下げたが、エスメラルダはそれを鼻で笑っただけだった。しかし、フロローは構わず続ける。


「しかし、お前のような者を増やそうという試みは見逃してはおけん……エスメラルダ、今からでも幸福を手に入れる事はできるのだ」


 その言葉を聞いた瞬間、エスメラルダの表情は一変した。先程までの余裕ぶった態度が消え去り、怒りに満ちたものへと変わったのである。


「やだ!! 私は子どもの頃に外で遊びたかったの!!」

「だがそれは無理な話だとお前自身もわかっている」

「うるさい!! 黙れ!!」


 エスメラルダが激昂し、浄化爆弾を作動させようとする。だが!


「ってこれワインじゃないの!!」


 いつの間にか、彼女の手にはワインの瓶が握られていたのだった! そして何者かの高笑いが聞こえ始める。


「ハッハッハッ! 我輩がすり替えておいたのだ!」


 その正体はウルバンであった。彼は浄化爆弾に尋常ならざる興味を示していたので、ジロが不幸自慢をしている間に分捕っていたのである。


「不幸自慢とかしてない」

「か、返せ! 私が見つけたのに!」

「すまんすまん、構造が気になったのでな。今分解作業をしているところだ」


 彼の言葉を最後に、その場は沈黙した、そしてサーッと血の気の引くような音が会場に響いた気がした。


「それって、安全なの……?」


 恐る恐るアカネが口にする。するとウルバンはあっさりと言い放った。


「わからん!」

「"魔力の装甲フォースバリア"ァァー!」


 彼女が呪文を唱えるとバラバラになった浄化爆弾を魔力の壁が囲んだ。これで爆発しても被害は最小限に抑えられるであろうと思われた。


「何をする」

「こっちのセリフだよ!?」


 ウルバンの行動に驚く一同だったが、ウルバンは全く悪びれた様子もなかった。とはいえ、バラバラになった浄化爆弾はもう元の機能は果たせないであろう、エスメラルダはその場に倒れ込み泣き始めた。


「うわああんあーーーん!! 馬鹿ー! アホー! 死ねーー!!」

「泣いちゃった!」


 そして地面に横たわり、ジタバタと暴れて始めていた……。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

どうでもいい設定

 稀人

いわゆる、転移者、転生者たちの事。時代や地域、信仰によっては崇められたり嫌われたりしている。

かつては単独でも一国を滅ぼすほどの脅威の力を持っていたが、今では一人一チートを持つ程度に落ち着いている。理由は不明。

大昔の稀人がかなり暴れたようで、善人にしろ悪党にしろ国家からは警戒される存在である。

彼らのかつて住んでいた世界はニホン、あるいはニホニアと呼ばれている。

これはこの世界の人々が地球世界そのものをニホンという土地だと勘違いしているためである。

なので韓国人だろうがブラジル人だろうがチェコスロバキア人だろうがニホン出身扱いである。

なぜか西方世界によくスポーンする。東方世界にもたまに来る。砂漠の地域には全く来ない。なんでだ。

 

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