49.フィーバータぁイム!


「綺麗……あの人が、エスメラルダ……」


 妖艶に舞うエスメラルダに、思わず見惚れてしまうアカネ。ジロも彼女の方をジッと見つめている。そんな視線に気づいたのか、ふと彼女と目が合う。すると彼女はニコリと微笑み、こちらに近づいてきたではないか。


「ログレスの英雄、とお呼びすべきかしら」

「俺を知っているのか」


 ジロはサッと股間を隠す。


「いやそれはどうでもいいわ! ……フロローと手を組んでいるようね」


 じろりとした目で睨むエスメラルダ。ジロは動じずに答える。


「ああ、そうだ。俺たちはアンタの敵だよ」

「なぜ?」

「冒険者だ、報酬を積まれればなんだってやるさ」

「そう。では一曲共に踊るには、いくら払えばいいのかしら」

「えっ! ……た、タダでいいですけど?」

「急にキョドるな!」


 ジロの答えにつっこむアカネ。そしてエスメラルダはニヤリと笑い、手を差し伸べる。しかしその手を取ったのは竜人の手であった。


「エスメラルダ、俺と踊る約束だろ!」

「フィーバス、ややこしくなるから今来ないでほしかったわ」


 竜人の冒険者フィーバスである。


「俺と踊ってくれ」

「はいはい、後でね」


 そう言って軽くあしらいながら、フィーバスの手を振り払うエスメラルダ。彼はジロたちにも話しかける。


「こいつはこういうお祭り事を純粋に楽しむってことを知らないんだ、だから先に俺と踊るから、また後でいいか」

「そういう事ならいくらでも待つ」

「楽しんでね!」


 二人は快く承諾する、エスメラルダは不満気な表情でフィーバスに引きずるように連れていかれたのだった。


「俺たちも踊ろう」

「! ……うん!」


 ジロの誘いを受けて、アカネは嬉しそうに彼の腕に抱き着く。そのまま二人は踊りの輪の中へと入っていった。楽団の演奏に合わせながら、リズムよくステップを踏む二人。


「上手だ」

「これでも、ついて行くのに必死なんだけど!」


 しかしながら練習もしたことがないのについて行けてるのが不思議だなとアカネは思った。これも祝福チートの一種なのだろうか? そんな事を考えつつ、ジロと共に踊るアカネ。


「……なんか、夢みたい」


 ぽつりと呟くアカネ。そんな彼女に対し、ジロは首を傾げる。


「まだ薬が抜けていないんじゃないのか」

「そうかな、そうかも……私、この世界もそんなに悪くないんじゃないかって、思えてきたんだ」


 しみじみと語る彼女に、今度はジロの方が不思議そうに問いかける。


「どうしてそう思うようになったんだ」

「わからない……ジロさんと一緒にいると、そんな気がして……」

「それはきっと椿の匂いがそうさせるのさ、リラックス効果がある」


 彼は毛皮の手入れを怠らず、椿油でケアしていた。その香りが彼女の鼻に届き、気持ちを安らげていたのだろうか。


「そっか、そうなのかな……」

「おそらくそう、部分的にそう」

「質問でキャラクター当てる人かよ!?」


 そんな二人の様子を遠目から嫉妬、羨望の視線を送る者がいた。もちろんステラ……ではなかった、タナカであった。


(ああ……そうか……)


 彼は恋愛経験が無かったが、そんな彼でもあの顔を見れば分かる。あれは恋をしている目だと。そしてその視線の先にいるのは自分ではないという事にも気づくのである。


(短い初恋だったなぁ……)


 そんな事を思いながら、二人をそっと見守る事にしたタナカであったが、突然馬に乗った騎士が会場に乱入し、彼の前に立ちはだかる。


「乗りな、少年」

「うん……」


 言われるがまま、その後ろに跨った。そしてそのまま夕陽に向かって走り出したのだ。嗚呼、初恋よ、さらば。紅い夕陽よ、燃え盛れ。月の港よ、センチメンタルに染まれ。この想いを乗せて、駆けろ風のように。明日へ向かって走り続けるのだ。こうして少年は大人になったのだった。知らんけど。


「あ、俺ェ、見たい小説あっから帰るわ」


 馬は二人を下ろすと家に帰っていった。残された二人に気まずい空気が流れる。

 それはともかく、演奏も終わり今度はジロとエスメラルダが踊る事となる。


「これからの時間はフィーバータイム、ついてこれるかしら?」

「試してみるか、俺だって元侍だ」


 フィーバータイムって何!? という言葉を飲み込みつつアカネは見守る。エスメラルダが手を高く挙げ指を鳴らすと、楽団の一人が魔法を唱えた。途端に灯りが一斉に消え、床のタイルが色とりどりに輝き始め、広間の中心に銀色の球体が浮かび上がる。


「あれ、ミラーボール……?」


 ツッコミなどする間もなく、球体はゆっくりと回転を始め、広間中に小さな光が乱反射する。まるで夜空に浮かぶ星々の煌めきであった。


「これディスコだよ! 紛うことなきディスコ!」

「ヒュー! 姉ちゃん、ディスコを知ってるとはね!」

こっち転移者のセリフだよ!」


 ノリの良い観客たちが歓声を上げる中、曲が始まる。ベースとパーカッションを利かせた中世らしからぬファンキーなサウンドに思わず体がリズムを取ってしまいそうだ。……でも中世らしい曲ってのもよくわからない。だれかおせーて!


「何なのこの、サタデーでナイトなフィーバーな感じ……舞踏会の社交ダンスって、こういうことじゃないでしょ!?」


 ツッコむアカネを置いてけぼりにして、ジロは自身の上着を着崩し、胸元を開ける。


「エロ! エロですわ!」

「スケベですわねぇ……!」


 獣人のご令嬢方からの黄色い声援が飛ぶ。一方で、エスメラルダはロングスカートを破り捨て、脚を露出させた大胆な衣装へとチェンジした。それを見た……やっぱり獣人のご令嬢方は歓声を上げた。


「かっけぇですわ……」

「あれ一度やってみたいですわねぇ!」


 そんな声を受けながら二人は踊り始めた。キレのあるステップを踏みながら、時には激しく情熱的、時にはゆらりと妖艶に踊る二人の姿はまさに圧巻である。しかし彼らはそんな最中さなかもバチバチと睨み合っていた。


「この街は私のもの、フロローには悪いけどね」

「お前の目的は何だ」

「大した事じゃない。復讐、荒らし、嫌がらせ、混乱の元……冒険者がこれを止めようというのは殊勝な心掛けね」

「報酬と秩序のためだ」

「あなたは秩序に守られていないのに?」

「……」


 そこで会話が途切れると、二人の動きはさらに激しさを増した。見ているこっちが目が回りそうになるほど激しい動きをしているというのに、息一つ切らさない。そしてそのまま曲は終盤に差し掛かった。二人が手を取り合い、クルクルと回る。


「私の心は永遠にわからないわ、あなたのような生まれた時から普通の人にはね」

「そうかも知れないが……」


 そこで曲が終わった。観客から拍手が起こる。


「凄い、流石はエスメラルダだ!」

「あの狼人の動きもよかったぞ」


 みな口々に感想を言い合う中、会場の隅から一際大きな声が上がった。


「ブラボー! 最高だエスメラルダ!」


 その声は、彼女にとって聞き馴染みのある声であり、恥ずべき身内の声であった。


「あいつ、なぜここに……!」


 大声で囃し立てるので観衆の注目が集まる。そこにいたのは他でもない、エスメラルダの兄である。彼が騒げば騒ぐほど、彼女の顔は真っ赤に染まり、額に脂汗が流れる。


「あの、大丈夫か」


 その様子を見たジロは心配して声を掛けるが、彼女はジロをキッと睨む。


「あ、あなたに関係無いでしょう」

「それはそうだが……」

「それより……私のこれから話すことによく耳を傾けることね」


 そう言ってエスメラルダは観客たちを見回す。すると彼らは全員静かになり彼女に注目した。その雰囲気を感じ取ったのか彼女もまた話し始めるのであった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

どうでもいい設定

 人類種

いわゆる、我々の想像するヒト、人間である。世界中に分布する。

一般的な人類の場合、身体能力は他の殆どの種族に劣るが、持ち前の交渉術と呑気さ、忍耐でなんとか乗り切ってきた。

戦闘では弱いが戦争には強いのである、なんやかんやで結構大きな国がポツポツと存在する。

とはいえ、個々だと弱く奴隷法の保護を受けておらず借用証書無しで奴隷に出来たりと苦悩の耐えない種族である。

小人的な人種やオーガ種も含まれる、交配もできるため誰も人類とは別の種族だとは気がついていない。

おそらく彼らの苦難は遺伝子の秘密が明らかとなる近代以降になるだろう……。


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