48.エルフシュガーはダメ、ゼッタイ!


 翌日、ジロたちは早速行動に移す。タナカが異世界通販で取り寄せたコピー用紙にウルバンが選挙公約を記載し、ジロやアカネは街頭に立ち、それを直接市民たちに配った。ウルリーケはその横で串焼きの屋台を出していた。もちろん、食材は街の外から仕入れた輸入品で高くついたが、匂いにつられて人が寄ってくるので商売繁盛であった。


「フロロー候補に清き一票をお願いします!」

「いや、アカネ、一票に綺麗汚いは無いんじゃないか」

「そういう言い回しがあるの!」


 結構な手間暇をかけていたが、手応えは芳しくなかった。串焼きの売上ばかりが増えていく。やはり大きな問題は寄付者以外は有権者となり得ない点であろう。それに、貧困層の多くは字が読めず、懇切丁寧に公約を解説しなければならなかった。それ以上に堪えたのは、街を覆う異臭であったが。


「街中がうんこ臭い……」

「う、気分が悪い……」

「大丈夫、タナカくん」


 吐き気を催したタナカを、アカネが介助する。川の方へと向かうがより臭いが強くなったので引き返し、どこに吐かせたものかと途方に暮れていると、人の乗ったスカベンジャードラゴンがのしのしと歩いてきた。このドラゴンは他の生物の死骸や排泄物を食べるドラゴンであり、吐瀉物だってもちろん食べる。


「気分が悪いなら、このドラゴンの口の中に吐くと良い」

「だって、タナカくん。良かったね!」

「えぇ……うぷっ」


 親鳥が雛に餌を与えるようにドラゴンの口の中に嘔吐しながら、意外と冷たいところあるな、とタナカは思った……。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 彼らが街でビラ配りをしている頃、ステラは一人ある陰謀を企てていた。


「みなさん、正攻法なんて馬鹿げていますねぇ、対立候補に不正行為をやらせればいいだけですよ!」


 やはりクソエルフであった。彼女は簡単な錬金術、つまり製薬の技術を持っていた。ホントかよー!? なんか以前それとなく植物の知識があると匂わせていたのでそれである。彼女はエルフ秘伝のレシピにより法的にかなり問題のある白い粉、通称エルフシュガーを生成していた。そして衛兵の装備を拝借し、エスメラルダの居室へと向かうと、扉をガンガン叩く。


「開いてるわよ!!」


 中から返事があったので、扉を開ける。不機嫌そうなエスメラルダが椅子に座って本を読んでいた。


「禁止薬物の所持の疑いがありますので捜査させていただきます!」

「はぁ? エルフの衛兵なんて珍しいわね。私は薬物なんて知らないわよ、どんな薬物?」

「違法性のある薬物ですが?」


 そしてステラは懐から革袋を取り出すと、それを部屋で見つけたかのように囃し立てる。


「おや、おやおやおや!? これは何でしょう!? 調べないと!」

「いや下手くそか! 今思いっきり懐から出したじゃないの!」

「出してませんけど?」

「こういうのはね、通り過ぎる時にサッと荷物に忍ばせたり、部屋に忍び込んでそれとなく置いておくものなのよ」

「あー……なるほど……」

「……まあいいわ、それでその中身は何?」

「これです!」


 ステラはそう言うと革袋の中身を取り出し、掲げた!


「……ただのかってぇ黒パンじゃないの」

「かってぇ黒パン? じゃあ、アカネさんに渡した袋は!」


 結局ステラの作戦は失敗に終わり、アカネの目と脳が虹色に光る羽目になった。


「アヘアヘアヘアヘアヘアヘアヘアヘアヘアヘアヘアヘアヘアヘアヘアヘアヘ…」

「ど、どうしたの急に!?」

「なんだこの白い粉! 川に捨てろ川に!」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 結局数日ほど活動を続けたが、効果があったとは言えない状態であった。いくら周知したところで、結局金がなければ投票できないのだ。そうなれば、富裕層にもアピールするしかない。


「明日の昼から舞踏会がある。選挙前の余興のようなものだ。そこでエスメラルダを説得するか、あるいは出席者たちに呼びかけるしかないだろう」


 街で一番大きな聖堂の大広間にて行われるそうだ。両陣営とも一旦は対立を忘れようという目的らしいが、政治活動が禁止されているわけではない。むしろ推奨されているぐらいだ。この機会を利用しない手はない。


「舞踏会とか、絶対楽しみだよ! むふんふん!!」


 先の白い粉の効果がまだ抜けていないのか妙にテンションの高いアカネ。早速ドレスを買おうという話になり、フロローに掌を差し出すステラ。


「……お前たち、絶対私を当選させろよっ」


 渋々とお金を渡しながら釘を刺すフロローであった。

 そうして翌日、予定通り舞踏会が開催された。きらびやかな服装に身を包んだ貴族や商人、いつもよりちょっとオシャレな晴れ着を来た中流階級、タダ飯を貰いに来た下層民、あらゆる階級の人々が一堂に会する。有蹄獣人の母乳から作った乳製品や地域特産のぶどう酒などが振る舞われ、立食形式でみな思い思いに楽しんでいる。とはいえ、重装備の修道騎士たちが会場内を巡回していたり、上流階級に施しを貰おうと近づく貧民を中層民が後ろ指を指したり、羽目を外して不貞を働く男女がいたりと、ただただ和やか、というわけでもない様子である。


「すごい賑わいだね!」

「そうだね」


 アカネの言葉に頷くタナカ。二人の服装は美しいが、若干浮いている、異世界通販で手に入れたものを着用しているためだ。この世界からすればハイセンスどころではなく未来の服であるため、周囲から注目を受けているようだ。特に貴族のご令嬢らしき人たちからは怪訝と羨望の視線が半々ぐらいずつ注がれている。一方で、ジロたち現地人組は仕立て屋で揃えた服を着ていた。選挙の時期は仕立て屋の稼ぎ時らしく、前日というのに快く応じてくれたのだ。デザインは如何にもな量産品だが、そこは値段相応といったところであろう。


「さあ食うぞ〜」

「我輩は技術者仲間を探してくる」


 ウルリーケとウルバンはもうすっかりやる気を無くしているようで、とっとと自分の好きな行動を始めていた。


「全くあの人たち、もぐもぐ、何しに来たかわかってるんですかね、むぐむぐ」


 ヤギ獣人のクソデカホールチーズを頬張りながらステラが言う。お前じゃい! しかし、とりあえずそれとなく会話でフロローへの投票を誘導しつつ舞踏会を楽しむことにした。


「ジロさん、会場の真ん中で踊ってるよ!」


 アカネに手を引かれて中央へと向かう二人。楽団の演奏に合わせ、華麗なステップを踏む男女。その中でも一際目立つ美貌を持つ女性の姿がそこにあった。髪と尻尾を揺らして踊る姿は美しく、周囲の視線を釘付けにしていた。彼女こそ、エスメラルダその人であった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

どうでもいい設定

 獣人種

この世界で最も種類と数の多い知的生命体であり、いわゆる『ヒト』とは彼らを指す。が、便宜上獣人と呼んでいる。

毛皮に覆われ、鋭い爪を持つ種族。獣性、野蛮さを忌避している民族とそうでもない民族がいるが、やはりと言うべきか忌避している民族の方が覇権を握りがち。

獣人種は人類種を獣人種の近縁種だと思っており(交配もできるし)親近感を抱いているが、逆は全然そんな事思ってない。

人類種と同じくどこにでも住んでいるが、その姿形は全く異なる。

マズルの長い長吻種、短い短吻種、特徴的な前歯の齧歯種、蹄を持つ有蹄種に大まかに分けられているが細々とした点を挙げていくと切法量も無い。

時代が進み、民族主義が発明される頃にはおそらく分類がメチャクチャなことになるだろう……でもこの話にはぜーんぜん関係のない話だ。


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