27.ケモナー経産婦JCババア


「悪いのう、いももち全部貰っちゃって。バターは入れんかったんじゃのう」

「う、うん」


 懐かしの故郷の味に舌鼓を打つキョーコであったが、ジロはものすごく残念そうに耳も尻尾もしょげかえっていた。

 

「いももち……」

「また作ってあげるわよ」

「うん……」


 すべて平らげた後、キョーコは改めて自己紹介をする。


「儂は神龍教の聖人にして異端審問官であるキョーコ・ヨシカワじゃ。そこの司祭の祖母でもある」


 アカネは目を見開いた。


「あ、あなたが、15人産んだ女子中学生!」

「う、うむ、間違ってはおらんが……流石に一人目を産んだ時は15歳じゃったぞ!」

「いや、ギリ中学生だよ」

「あれ、そうじゃったか? いかんのう、前の世界の記憶はもう遠い昔じゃから……」


 頭を抱えて悩むキョーコを、アカネはまじまじと見つめた。


「……なんでそんな喋り方なの?」

「威厳というものが大事なんじゃ聖人には! お主こそ、儂は70超えじゃぞ、敬うがよい!」

「あ、はい、すみません……」

「わかればよいのじゃ、わかれば。さて、積もる話をいっぱいしたいのじゃ、儂はこの60年間に1度しか同郷に会っておらん。しかも敵対しておった!」

「へぇ、そうなんですね」

「タメ口で構わんぞ」

「今敬えって……!」


 そのまま、アカネとキョーコは稀人トークで盛り上がった。周りの三人は何がなんだかさっぱりといった様子でそれを見ていた。


「……おばあちゃん、楽しそうッス。おじいちゃん死んでからずっと落ち込んでたッスから」

「そうか。なら俺たちは静かにしておこう」

「そういえばジロさん、右腕治ったんですね」

「ああ」


 汚れ一つない新品のジロの右腕を、ステラはむにむにと触る。右だけ毛皮が真新しいように見え、少し不自然だ。傷もキレイに無くなっている。


「また、一から傷をつけないといけませんね」

「どうして」


 彼女はその手を自身の頭の上に乗せた。そしてドヤ顔を見せつける。


「ほら、念願のなでなでですよ! ずっとこうしたかったのでしょう?」

「そういうわけでもないがな」


 とは言いつつ、彼女に言われるがままに、ぎこちなく手を動かした。


「下手になってますね」

「上手い下手があるのか」


 撫でられている間、彼女は目を閉じていた。その顔は満足気であった。


「お二人、イチャイチャしてるところ悪いがの、大事な話があるんじゃがのう」

「イチャイチャなんてしていない」


 キョーコは真面目な顔をしていた。先程までのふざけた雰囲気は微塵もない。


「アカネのことじゃ。もしかすると、万に一つ、という確率じゃが、元の世界に帰れるやもわからん」

「……!?」


 全員が驚いた。だが一番驚いていたのはアカネであった。


「ど、どういうこと!?」

「儂も最初は、最初の数年ぐらいは元の世界に帰れる手段を探しておった。じゃがマシニッサくん……うぅ、マシニッサくん、どうして先に……」

「ちょっと話の途中で感傷に浸らないで」

「……すまぬ。まぁ、なんじゃ、とにかく結婚したから帰る気が無くなったわけじゃ。どうせいじめられてたし未練もないしの。それに彼、引き止めるために少し強引に……ふふ♡」

「そ、そうなんだ……」

「祖父母の下の事情とか聞きたくないッスぅ!」


 顔を青くしながら耳を塞ぐ司祭を尻目に、キョーコは続ける。


「ただ、もし帰れるとしたら、帰りたいか?」

「……それは」


 アカネは自分の心に驚いた。帰りたいという気持ちはもちろんそれなりに強くはある。不衛生で安全な場所も少ない、いつ死ぬかもわからないような場所だ。しかし以前吐露した時ほど強い思いではなかった。脳裏にジロとステラの事が頭に思い浮かぶ。

 

『アカネっチャ~~ン、おつかれ! 今日も酒場でパーっとやっちゃう?』

『ぬへへっ、ぬへっ、主食は鼻くそでしゅぅぅ~~~』 


 覚えた魔法だってまだ色々試してみたいことがあ


「いや今の回想誰ですか!?」

「そも目の前にいるのに回想に入る意味ないだろ」

「……とにかく、帰りたいとは思う、けど」

「ふむ……未練が出来てしまったということかの」

「……うん」


 キョーコは顎に手を当てて考え込んだ。


「ま、どっちにしろ、すぐには帰れんよ。龍神教の全面バックアップがあった儂でもすぐには無理じゃったからのぉ。じゃが、聖遺物と呼ばれる伝説的なアイテムなら、あるいは」

「聖遺物……?」

「うむ。例えばこれとかじゃな」


 そう言って彼女が取り出したのは、黄金の杯であった。表面に細かな彫刻が施されており、かなりの価値がありそうだ。それをアカネの前に差し出す。彼女は恐る恐る受け取った。


「こ、これは?」

「『聖なる盃』。莫大な魔力が封じられておるのに加え、これで酒を飲むとめちゃくちゃ上手くなる、どんな安酒でもな」

「莫大な魔力使ってそれだけなんだ……」

「重要なのは効果ではなく魔力量じゃ。こういう、強大な魔力が封じられた物品のことを聖遺物と呼ぶ」

「で、その聖遺物とやらがどう関係あるんだ。一体どこにある」


 ジロが口を挟んだ。


「それはお主らも知っていよう」

「……まさか」


 ジロとステラは自身の服のポケットや荷物入れを調べ始めた。


「いやそんなとこにはないでしょ!?」

「ともかく、あくまで可能性の話じゃが、異世界に渡る聖遺物があるのでは、と考えておるのじゃ。それらしき逸話も残っておる」


 曰く、エスベリア半島付け根の地域、ゴート族領アクイテーヌ公国に伝承が残っているという。かつては異なる世界を行き交う鏡のような道具が存在していたのだが、ある日持ち主が突如としてブチギレてへし割り、そのまま粗大ごみに出してしまったという。なぜキレたのか、そしてどこへ行ってしまったのか、粗大ごみに出してしまって良かったのか、ホントは資源ごみだったんじゃないか、そもそも本当に存在したのかなどは一切不明である。不運にもこの地域に長命種は住んでおらず、真実を知る者はもはや誰もいないのだという。


「お主にはフランス南西部と言ったほうが伝わるかの。まあ、気が向いたら探すと良い」

「そんな変な逸話、信じられないけど……」

「こういうのは信じる者にしか見つからないものなんじゃよ。それにお主が帰らずとも、儂は困らんしな」

「えぇ……」


 彼女はアカネの肩をポンと叩くと立ち上がった。


「なあに、帰りたいのなら手を貸してやらんでもなかったがの。この世界に魅入られたのなら致し方なかろう」


 そう言うとキョーコは部屋を出ようとした。だがふと立ち止まり振り返る。


「……そうじゃ、せっかくだし、もう一つプレゼントをやろう」


 キョーコは懐から何かを取り出し、ステラに向かって投げた。それは放物線を描きながらステラの手の中に収まる。手のひらサイズの小さな箱だ。開けてみると中から虫の模型が飛び出した!

 

「ぎゃっ!!」

「ふひひ! 引っかかったのぅ!」

「このクソババア!!」

 

 無駄にお茶目感をアピールするキョーコに一同は呆れるばかりであった……。


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