26.温かいうちにどうぞ


「正気とは思えません! 金貨を渡すだなんて!」

「でもいいことしたじゃん」


 ステラとアカネが話をしている。ちなみに金貨1枚の価値は日本円だと29万弱である。


「……わ、割と正気じゃないね!?」

「そうですよ! 家族がどうとか言ったら、ジロさんすぐこれなんだから。いつか騙されないか心配です」

「そうだねぇ」


 そこへいかにも胡散臭い男がステラに話しかけてきた。


「金儲けの話あるぞい」

「マジですか!? 聞きます聞きます!」

「いやあんたの方が心配だよ……」


 男を適当に追い払った後、二人は教会へと向かっていた。怪我人であるジロとは別の宿を取っていたのだ。なにせ教会の宿坊は暗くて湿気ており、食事も不味いのである。


「お腹空きましたね。そういえば先日のドラゴン・キドニーパイは格別でしたねぇ」

「ハギスといい、ブラッドソーセージといい、内臓ばっかりだったよね……」


 こちらに来て結構な時間が経つが、アカネの舌はまだこの世界に馴染んではいないようであった。しかも口に合いそうな美味しい部位は市場に流れてなかなか口に入らない、買うにも大抵高価である。そこで、彼女はある提案をした。


「こっちの世界のお菓子を作ってあげよっか!」

「えー……」

「なんでそんな嫌そうなの……」

「あれでしょ、塩の塩焼きとか、塩の塩漬けとか、塩の塩スープとかでしょ……」


 ステラはドーンシャーラーメンの事もあって日本料理に多大な偏見を抱いている! 確かに世界的に見ても塩辛い方ではあるかも知れないが。


「確かにしょっぱい料理は多いけど、お菓子だよお菓子。お菓子っていうかおやつだけど」

「へっ、私の口に合うものが果たして出てきますかねぇ」

「なんなの……」

 


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 


 二人は一旦道を引き返し市場で食材を買うと教会へと向かい、宿坊の台所を借りた。そして調理開始である。


「普通にじゃがいもやかぼちゃやトウモロコシが市場に並んでてびっくりしたんだよね。ジャガイモ警察がブチ切れそう」

「極西大陸原産のお野菜ですね。こちらの大陸でも栽培されてますよ、特にじゃがいもは痩せた土地でも育ちますからね!」


 植物のことになると、ステラは饒舌になった。なんでだ。今後の伏線だとでも言うのだろうか。そんな設定にした覚えはない。アカネが買ってきた食材はじゃがいもと砂糖のみである。


「簡単だよ。まずじゃがいもを茹でたいんだけど……」


 囲炉裏に火をくべ、天板から鎖で吊るされた鍋に水を張る。


「使い方、は、わかるけど困惑するなぁ」

「そっちの世界だと台所はどんなふうなんです?」

「ガスコンロかな」

「がす……?」

「燃える気体があってね、それを燃料に火を起こす感じ。あとはIHとか、原理は知らないけど電気で加熱するやつ」

「うーん……魔石式焜炉のようなものですかね。電撃魔法を封じ込めた魔石で金属を温めるそうです」


 魔石式焜炉とは、電撃魔法を封じた魔石を使って作られた焜炉である。誘導加熱の原理が利用されているが、それについて解明されているわけではない。大抵の貴族の家に小さなものが一台は存在し、そして埃を被っている。陶器が使えないことと魔石がかなり高価であるのが原因である。しかし武装組織の隠密行動のお供でもある。


「まあそんな感じだと思う」


 おしゃべりしながら茹で上がるのを待ち、上がったら皮を剥いて潰し、すり鉢でひたすら練る。練って練って練りまくる。


「ひぃぃ、キツイですよこれぇ」

「冷めたらおしまいだから、急いでね!」


 ステラが練っている間に、アカネは鍋に水と砂糖を入れ、煮詰める。

 

「わわ、なんだかネバネバしてきました!」

「それじゃあ小さくちぎって丸めて」


 言われた通り、練った芋を小さく千切って丸めて皿に乗せていく。

 

「そこに、このカラメルソースをかける」

「美味しそうですぅ」


 匙で上から垂らすようにかける。

 

「これで完成、超簡単いももちだよ! 冷めるとただのマッシュポテトになるのが難点だけどね!」

「一個食べてもいいです?」

「いいよ、私も食べよっと」


 二人は出来上がったばかりのいももちを食べ始めた。

 

「……甘くて美味しいですぅ!」


 もちもちした食感とカラメルソースの甘さが口に広がる。甘い物は正義なのだ。ステラはご満悦である。アカネの方も一つつまむと、パクリと口に入れた。


「うん、まあ上出来でしょ! ジロさんにも冷める前に持っていってあげよう」


 その後、二人は残った分を持ってジロの元へと向かった。

 


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 


 ジロの部屋のは客人がいた。司祭とその祖母である。祖母と言っても、見た目はどう考えても女子中学生にしか見えない。自ら仕立てたと見えるいかにもな近代風の服装に龍神教の赤いローブを羽織っている。神秘的とも言えるが、かなり世界観から浮いているとも言える。

 

「ふぅむ、派手にやったのう」


 腕の傷口を見て言うその少女は名をキョーコと言った。彼女も稀人、異世界転移者であり、およそ60年前にこの世界にやってきたのだ。彼女は転移した場所の近くの龍信仰の修道院で拾われ、そこで育った。同じく修道士である男と結婚し、15人の子供を産んで育て上げたのである。ちなみに夫は10年ほど前に老衰で死去している。現在は統一された龍神教の異端審問官という名の雑用係をやっている。この役職は昔から雑用係みたいなものらしい。


「すみませんッス、おばあちゃんのお手を煩わせてしまって……」

「かまわんよ。それに手紙にあった稀人の方が気になるしのう。ほれ、薬じゃ」


 そういって渡された小瓶に入った緑色の液体を飲むジロ。するとみるみるうちに腕がニョキニョキと生えてくる。


「うおおぉぉ、おぉぉお!?」

「うひゃっ、気持ち悪いッスねぇ!」

「そうじゃのう、儂もこれだけは慣れんわい」


 二人の反応をよそに、ジロの腕はみるみる再生していくのだった。


「すごいなこれは……感謝する」

「まだ終わっとらん、元通り動くよう訓練せねばならん」


 腕は完全に治っていたが、動かすのはまだ少し痛むようだった。しかしそれも一週間ほどリハビリをすれば良くなるだろう。今後の話をしている時に、ステラとアカネが部屋に入って来た。


「ジロさん、おやつ食べましょう!」

「いももちってやつ作ってみたんだけど」

「いももち!」


 キョーコが目を輝かせている。ただ甘い物が好きというだけの反応ではなかった。


「あれ、お客さん?」

「ご、ゴホン、お主が、稀人か。おおっ、セーラー服懐かし〜〜〜!!」

「おばあちゃん……?」


 若干情緒が不安定になっているおばあちゃんに困惑を隠せない司祭であった。

 

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