25.愛の価格


 ジロたちはしばらく街に滞在している。司祭のおばあちゃんの返事を待つためである。先進国同士には飛竜の航空便などが整備されている場所もあるが、残念ながらグレートランドは田舎であった。無論、航空便があるからと言って一朝一夕で届くものでもないが。

 復興も進み、カーレスターの街は以前の賑わいを取り戻していた。ジロはステラを肩車しながら街を散策していた。


「屋台もいっぱい出てますね! アカネさんもくればよかったのに」

「司祭から魔法を教わるんだと。お前が教わるべきだと思うが」

「嫌です……」

「どうして」


 喋りながら街を歩いていると、若い男女二人が騒いでいた。

 

「いい加減姉離れしろよマリー、誰を選ぶかはリネーアの自由だろ?」

「ふん、ラグナル。あんたみたいな男にお姉ちゃんが靡くわけないし、手間を省いてやってるだけだよ!」


 ラグナルと呼ばれた男の手にはキレイな花束が握られていた。どうやらリネーアと呼ばれる女性へのプレゼントらしい。しかし妹らしき少女が邪魔をして受け取れないようだ。


「帰れとは言わないから、邪魔しないでくれよ。振られたならそれで諦めるから」

「そんなしゃらくさい花なんて持ってきてさ、お姉ちゃんが喜ぶと思ってんの?」


 マリーと呼ばれた少女はラグナルの手にあった花束を奪い取った。


「あ、おい、よせ! それは!」


 ラグナルは必死に取り返そうとするが、マリーはひらりとかわす。しかし通行人にぶつかり、花束を地面に落としてしまった。


「あっ!」


 そこへ、運悪く馬車が通りかかった。花束を馬の蹄が踏み潰してしまい、花弁は無残にも散ってしまった。


「ああーっ!?」


 マリーは悲鳴を上げ、膝をつく。


「怪我はないかマリー!」

「わ、私は、大丈夫だけど……」


 彼女が指差す先には、潰れて泥まみれになった花束があった。


「ああ、は、花が……」

「……ふん! お姉ちゃんを狙うからだよ! お……お姉ちゃん好みの花なら私知ってるから、取ってきてあげてもいいけど」


 ジッと地に落ちた花束と彼らの様子を見ていたステラは、ニチャアと悪い笑みを浮かべ、聞こえるようにわざわざ大きい声で喋った。


「あ、ジロさん、あのボロボロの花超高価なやつじゃないですかぁ!?」

「そうなのか」

「真の愛情を栄養に育つ花ですね! 邪な気持ちで手に取ると枯れるんです! 銀貨十数枚は下らないですよ!」

「勿体ないな」


 わざとらしく二人に聞こえるように言うと、マリーは青ざめた顔になり、ラグナルはギロリとステラを睨んだ。


「あの、その、ごめん……」

「いや、いいよ、お前が踏まれるよりずっといいさ。本当にいいからな! 気にするなよ!? ……で、でも俺、今日は、帰るよ……」


 気落ちした様子で去っていくラグナル。そこへ入れ違うようにマリーによく似た女性が現れる。


「あら、偶然ねマリー。ラグナルさん見なか……うわっ! 愛の花が落ちてる!? しかもボロボロ……酷い事する人もいるね」

「う、うん……」

「それはそうと、ここで待ち合わせてたんだけど、ラグナルさん見てない?」

「知らないけど、多分今日はもう来ないと思う……」

「え? どうして?」


 姉に対してバツが悪そうにするマリーを確認すると、ステラはニンマリとしたり顔になる。


「さあ行きましょう、ジロさん。いい事をすると気持ちがいいですねぇ!」

「……意地が悪いぞ」

「私は本当のことを伝えてあげただけですよ」

「あんな言い方しなくても、いずれ知ることになっただろうに」

「そっちの方が残酷じゃないですかぁ?」


 あれが愛の花の花束であることは事実である。ハイエルフが作った魔法植物であり、触れた者の真実の愛を感じ取ると花が咲く仕組みになっているのだ。しかしながら満開の花束は、馬に蹴られて土埃にまみれ、見るも無惨な姿になっていた。価値を知るものが見れば心臓が飛び出そうになる光景であろう。ステラは、今日のご飯は美味しくなりそうな予感を感じていた。このカス!

 


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 

「パンんまっ! お肉んまっ! おかわり!」


 卑しい顔で食事にありつくステラだが、この食べっぷりを見てもなお、ジロは彼女を甘やかすのだから驚きだ。


「教育方針を変える必要があるな」


 その事については彼も問題を感じていたが、50年弱生きておいて今更変わるとも思えないのがなんとも言えないところである。


「今日は機嫌がものすごくいいので、何か依頼を受けましょう!」

「俺の片腕まだ無いんだが」

「別に戦いじゃなくても依頼はあると思いますよ!」


 食事を終えると冒険者ギルドへやって来た二人。兎人の受付嬢に話を聞くことにした。


「先程入ったばかりの新鮮な依頼、あるよぉーっ!」

「本当ですか!?」


 冒険者たちは皆出払っているようで、暇していたらしい受付嬢は嬉々として説明を始めた。


「なんかねぇ、とにかく話を聞いて欲しいみたい。依頼主そこにいるよ」


 見ると、一人の女性が隅っこの席で俯いていた。ついさっき道で見かけた、マリーと呼ばれていた女性であった。


「わ、わぁ……」

「受けようじゃないか」

「毎度あり―!」


 嫌がるステラを引きずり、ジロは彼女の元へと向かう。


「先程は失礼した」


 ジロが話しかけると、彼女は顔を上げ、二人の顔を見るなり目を丸くした。そしてすぐに目に涙を溜め、また顔を伏せてしまう。


「ごめんなさい……知らなかったんです……」

「いや、うちのステラが君に酷いことを言ってすまないと思っている」


 話を聞くと、あの後どうやらすぐに逃げ出してきたようだ。相談できる相手がいないため、ギルドに駆け込んだのである。


「ああいうふうに、人の恋路を邪魔するのは良くない。ラグナルと言ったか、彼も花より先に君の心配をしてたし、悪い男ではないんじゃあないか」

「……だから、邪魔してるんじゃない。お姉ちゃんがいなくなったら、私は一人ぼっちに……」

「男が出来たらお前を見放すような姉ちゃんなのか」

「それはきっと違うけど……」

「ならいいじゃないか」


 しばらく沈黙が続いたあと、やがて彼女は顔を上げてジロを見つめた。その目は赤く腫れていた。


「私、ラグナルになんとか償いたい、けど、銀貨十枚以上もするんでしょう? そんなお金どこにもない……」

「幸い建て替える分の金は持っている。が、当然タダではやれない」

「この獣人の男スケベですからね、こうやってすぐ女の子泣かせるんですよ!」

「そ……それで、よければ……」

「事実無根だ」


 そう言って彼は、懐から金貨を一枚取り出しマリーに手渡す。目を丸くして驚く彼女。しかしその顔は徐々に曇っていった。


「こんな大金受け取れない! それに、私には返せるものなんて何も……!」

「家族を大切にしろ。それを約束してくれればいい。おつりは取っとけ」

「……っ! あ、ありがとう……ございます……うっぐ……うえぇぇぇえええん!!」


 泣き出してしまったマリーを見て、ジロは優しい目で微笑んだ。一方でステラはため息をつく。大金をタダで渡したようなものだからである。それからしばらくして落ち着くと、マリーは恥ずかしそうにしながらも、感謝の言葉を何度も口にした。二人は彼女を見届けると、そのまま教会へと戻ったのだった。


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 


 翌日、マリーがジロたちの元を訪ねた。


「あの後、ラグナルがお姉ちゃんにプロポーズしたけど、ダメだった」

「ダメだったのか……」

「台無しですよ!」

「お姉ちゃん、ああいう真面目な男より、もっと遊んでそうな人が好きだったみたい……ちょっと趣味悪いよね」

「そっすか……」


 結局ラグナルの恋心は届かず、ジロたちは丸損である。しかしマリーの表情は昨日よりもずっと明るくなっていたので、良しとする事にした。


「じゃあ私がラグナル貰っちゃおうかな……!」

「そうしろそうしろ」

「銀貨たんまり貯め込む男ですし! 優良物件ですよ!」

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