24.シスターは見た


 カーレスターに残っていたジロは気が気ではなかった。

 

「心配だ……」

「もう、病室で大人しくしてるッス」

 

 教会の裏手の庭でジロは片腕で腕立て伏せをしていた。司祭にそれを咎められてもやはり気になるようだ。

 

「腕が治るにはどれくらいかかる」

「まず、手紙が届くのが早くて半月以上、もしおばあちゃんが来てくれるならその翌日、そうでなければまた半月。それから治療を始めて、腕が生えるのが丸一日、リハビリが一週間、って感じッスね」

「そんなにか……」


 ガックリと肩を落とすジロ。

 

「二人が心配だ。特にステラは、何をしでかすかわからん」

「お二人の事を大事に思ってるッスね! 両手に花ッスね! 二心は不潔ッス! 罰当たり者め!」

「急にこわい。家格によるんじゃないかそういうのは」


 龍神教の、特に中央では複婚や後宮にあまりいい顔をしないし、不貞はもちろん全体の戒律に反する。祖母が中央に近くその影響が強い彼は、そのあたりをかなり気にするのだ。統合されたと言っても各宗派の伝統はふんわり残っている。

 

「それにそういう関係じゃない。純粋に、二人の事が心配なだけだ」

「本当ッスかぁ?」

「本当だ」


 ジロは少し恥ずかしそうに視線を逸らした。

 

「……俺は、もう家族を失いたくはない」

「そうッスか」


 二人の間に沈黙が下りる。遠くで鳥の鳴く声がした。

 

「……ところで、獣人ならアレ持ってるだろ」

「もちろんッス! 南方の商人からパーム油なるものを仕入れましてッスね……」

「俺は椿油をここぞという時に使ってる。そうだ、服脱げ」

「それはいい考えッス!」


 全裸の獣人の男たちが教会の裏庭でお互いに髪油を塗り合っていた。そこに一人のシスターが通りかかる。

 

「……ゴクリ!」


 彼女は息を飲み、行為が終わるまでジッと眺めていた。その夜は興奮で眠れなかったという。


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 

 翌日から、ジロは復興作業を手伝っていた。大きく破壊された家屋がいくつかあるため、人手が必要なのだ。

 

「いやぁ、助かるよ」

「気にしないでくれ、どうせ暇なんだ」


 瓦礫を運ぶ男たちに混じって、彼も片手で大きな石を持ち上げていた。

 

「やるねえやるねえ」

「力仕事は得意だ」

「働き手はいくらあっても足りないからな、ありがたいこった」


 ジロは持ち前の怪力で次々と資材を運んでいく。その様子を見て、人々は感心するのだった。

 

「怪我さえしてなけりゃ手合わせを願いたいんだがなぁ」

「今は利き腕がこれだからな。無い袖は振れないってやつだ」


 仕事が終わり空が赤らむ頃、協会の裏庭でジロは水浴びをしていた。炭と煤でかなり汚れていたのだ。

 

「おいそこの。ジロとか言ったか」


 兎人の女性がジロの方へと近づいてきた。ジロは慌てて股間を隠す。

 

「隠すほど立派なもんがついてんのかい?」

「ま、まあ、そんなところだ」

「ところで、さ。あんたの匂い……」


 女性はジロの首筋に鼻を近づけると、匂いを嗅いだ。

 

「いいの使ってるじゃないか。こっちじゃ安いのは蜜蝋ばっかりだからな」

「使ってみるか」

「いいのかい? じゃ、交換しよう。塗ってやるからあたしにも塗っておくれよ」


 女性も裸になり、髪油をお互いの毛皮に塗っていく。例のシスターはその様子をこっそり見ていた。

 

「ゴクリ……!」


 彼女の眠れない夜は続く。


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 


 半月ほどが経つと、ステラとアカネが戻ってきた。アカネは暗い顔をしていた。

 

「ジロさん、ステラが……」

「な、何かあったのかっ」

「ステラがドラゴンにぶっ飛ばされてもピンピンしてるのなんでなの……?」

「えぇ……」


 彼は思わず声を漏らし、ステラの方を見る。少し擦り傷があるだけで健康に問題はなさそうだ。

 

「そういえば以前も、全身大怪我したはずがピンピンしてたものな」

「ふふふ、エルフは頑丈なんですよ、ご存知ないです?」


 エルフ、即ちステラの人種であるハイエルフは文化的な背景もあり金属製の道具を使わず、土器や石器、木工の技術が進んでいる。しかしながら、武器や防具として使うには金属に比べると見劣りしてしまう。ではなぜ、そんな状況でもハイエルフは金属装備を取り入れないのだろうか。答えの一つがこれである、そもそも身体が頑丈であり、金属製品を使ってまで身を守る必要がないのだ。また軽装での戦闘を重視するドクトリンが浸透しているのもあり、重い金属装備を嫌う者が多い。世のエルフの戦士たちがやたらえっちな格好をしているのはその為である。


「……これまで庇ったり、傷を肩代わりしていたのは全部無駄だったのか」

「そんなことないですよ! 怪我しなくても痛いですからね!」

「俺は怪我もするし痛かったぞ」

「それはまあ、そうなんですけど」


 そうして二人は経緯を話しつつ一旦ジロの部屋に入ると、報酬である金貨3枚と銀貨12枚をテーブルに置いた。

 

「おお、すごいな。キャメロットまで取りに行ってくれたのか」

「へっへーん! 偉いでしょ!」

「倒したのは私だけどね」

「囮になってあげたじゃないですかー!」

「あの後探すの大変だったんだからね? しかもドラゴンまだ生きてたし、交渉もしたし、うさちゃん運ぶの手伝わされたんだから」

「ぐぬぬ……」


 二人のやりとりを聞きながら、ジロはニコニコしていた。

 

「で、ジロさんの方はどうなの?」

「さあな、連絡待ちだ。復興作業を手伝ったぐらいだ」

「浮気してないでしょうねぇ! 私と言うものがありながら!」

「まさか」


 そこへ、扉をノックする音が響いた。

 

「入れ」


 入ってきたのは司祭と先日の兎人の女性であった。


「ジロさん、どもッス! おや、お嬢さん方、帰ってたッスか」

「ああ、ちょうど今日な」

「お時間いただきたいッスけど……三人でアレやらないッスか?」

「アレってなんです?」


 ステラとアカネが不思議そうな顔で尋ねる。

 

「大したことじゃないさ、裸になってお互いの身体に触れ合うだけさ」


 兎人の女性がそれに答える。かなり語弊がありそうな答え方を聞き、二人は固まった。

 

「お互いの匂いを相手に擦り付け合うのさ」

「そうッス! あ、そうだ、お嬢さん方もやらないッスか?」

「え゛っ!?」

「ジロさん! そんな破廉恥なことをやってたんですか!?」

「別に破廉恥じゃ……」

「駄目よジロさん! ジロさんはそんな不埒な男になっちゃ駄目! 二人とも今日は帰ってください!」

「なんだい、気持ちがいいのに」

「普段触れないところに触るとか最高ッスよね」

「駄目ったら駄目ーーっ!」


 凄まじい剣幕のステラとアカネに、司祭と兎人の二人は追い返されてしまった。ジロは必死に弁解し、一時は二人は納得しそうになったが普通に裸で身体触り合ってるのは変わりないので、髪油の塗り合い禁止令が出されてしまい、トホホな気分になったのだった。

 なお、一連の様子を例のシスターが見ていた。

 

「むぅ……」

 

 彼女は塗り合いが中止になったことをちょっと残念に思ったという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る