23.乳首ねぶりドラゴン再び


「本当に二人だけで大丈夫なのか」


 ジロはステラとアカネに言った。二人は今、旅の荷物を持って施療院を発とうとしていた。

 

「大丈夫。危なかったら逃げてくるから」

「心配性ですねぇ。ジロさんはご自分の腕が生えてくるかどうかの心配をしたほうがいいですよ!」

「……準備は万端か。ベッドロールは」

「忘れてないですよぉ!」

「お弁当持ったか、魔物や山賊には気をつけろよ、あと変な人にはついていかないように」

「いや、わかってるよ……」

「お金ちゃんと持ってるか、無駄遣いしちゃ駄目だぞ。あと寝る前ちゃんと歯を磨けよ」


 お母さんみたいなことを言うジロに辟易としながら、二人は出発した。当初の目的であった怪物退治の偵察が主な目的で、あわよくば討伐まで行う予定だ。隻腕になったジロに無理をさせたくなかったアカネが半ば強引に決めたことだ。不安がない訳ではないが、今までと違い、アカネは戦うことができるし、ドラゴンの攻撃を退けたことは彼女にとって大きな自信となっていた。

 

「女子だけで気兼ねなく旅が出来るね」

「ですね!」

 

 意気揚々と歩く二人だったが、こんな時代だぜ、女性のふたり旅など危険極まりない。通常であれば。

 

「ぐへへ、お嬢ちゃんたち、イイ事してあそ……うわ、エルフじゃん。関わらんとこ……」

「身包み置いていきな! うわ、エルフかよ。あっち行け」

「奴隷商人に売り飛ばしてや、うわ、エルフ! エルフは負債!」


 ならず者たちはステラの顔を見るなり立ち去っていった。

 

「なんか腑に落ちませんねぇ」

「どんだけエルフって嫌われてるの……?」

 

 妙な感染症を広めてしまったり(これは故意ではない)、東方諸国との大戦争の時に寝返ったり、気まぐれに森から出てきては変な呪いをバラ撒いたり、結構歴史的に荒らし、嫌がらせ、混乱の元な種族であった。特に野盗たちには蛇蝎のごとく嫌われている。過去にエルフの女性たちが戯れにワザと捕まり、その膨大な魔力で虐殺を行うという『遊び』が流行った時期があったためである。森の中で暮らす排他的な長命種は常に娯楽に飢えているのだ。

 

「なんかこう、祝福をもたらすとかそういう言い伝え無いの?」

「えーっと……ハイエルフの投げキッスには癒やしの効能があると言います」

「そう……。でもまあ、別にいいか。安全に旅が出来るし!」

「腑に、落ちません……!」


 こうして二人の旅路は順調に進んだ。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 目的地の洞窟近くでは、怪物退治に来た冒険者たちが集まっていた。

 

「怪物なんてどこにもいないじゃないか」


 あるパーティーが愚痴る。洞窟の入り口にいるという話の怪物らしきものは見当たらない。周囲には冒険者たちの朽ちた物資と骨、そして薄汚れたうさぎがたくさんいるだけであった。

 

「うさぎばっかりだな。怪物なんていないんだろうな、警戒心も薄いみたいだし」

「でもよぉ、この落ちてる骨、人骨も混じってるぜ」

「じゃあやっぱりいるのか?」

「わからん。一日洞窟の外で張ってみるか。飯はそこら中にいっぱいあるしな」


 そう言って、一匹のうさぎを手にかけようとした途端、咆哮が響き渡った。それは地の底から響いてくるようなおぞましい声だった。

 

「おい、なんだ今の声!?」

「分からん、だが、何か来るぞ!!」

 

突如、巨大な影が洞窟の中から飛び出してきた。全長10メートルはあるであろう巨体、白い鱗、長い尻尾、鋭い爪、蝙蝠のような翼、絶対エロいこと考えてそうな目、さくらんぼの茎を口の中で結べる器用な舌、そう、乳首ねぶりドラゴンである!


「うわぁーっ! 乳首ねぶりドラゴンだぁ!」

「どうしてここに!?」

「我が輩のうさちゃんパークに土足で踏み込むとは不届き千万! 喰らえ、必殺、乳首ビーム!!」

 

 大口を開き、乳首状のビームを発射する乳首ねぶりドラゴン。しかし威力はない。ちょっとピリッとするくらいだ。

 

「くそ、全然効いてないではないか! やっぱ創作魔法じゃ駄目であったか!」

「乳首状のビームってなんだよ!」

「逃げろ、ドラゴン相手じゃ分が悪いぜ!」


 冒険者たちは一目散に逃げだした。彼らは知っているのだ、乳首ねぶりドラゴンはスケベ系の魔物の中では最上級クラスであることを。並の冒険者では倒せないのだ。

 

「ふははは、逃さぬわ! 我が輩のセクシーポーズを目に焼き付けて乳首を晒すがよい!」

 

 逃げる冒険者たちを追いかけようとする乳首ねぶりドラゴンだったが、ふと立ち止まった。

 

「何やら強大な乳首、いや魔力が近づいておるな……」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 そんな出来事が起こったとはつゆ知らず、ステラとアカネは呑気に目的地にやってきた。

 

「ふわぁ〜〜! うさちゃんがいっぱいいるぅ〜〜〜!」


 そこは一面のうさぎパラダイスだった。白い毛玉がそこかしこに転がっている。

 

「可愛いですねぇ。ちょっと汚れてますが」

 

 二人がそこに駆け寄ろうとした途端、冒険者の男が飛び出してきた。

 

「待て! 待つんだ!」


 男は必死の形相で叫んだ。二人は驚いて立ち止まる。

 

「なんですかぁ?」

「ここは危険だ! すぐに立ち去れ!」

「危険って、どういうことですか?」

「怪物がいる!」

「えっ!?」


 慌てて身を屈め、辺りを見回す二人。

 

「どこ……?」


 周囲を見回してもそれらしい影はない。あるのはうさぎばかりだ。

 

「どこですか? 空を飛んでるとかです?」

「乳首ねぶりドラゴンだ!」

「乳首ねぶりドラゴン!?」


 アカネはまずその名に驚愕した。それを見たステラは得意げに言う。

 

「おやおや、稀人様とあろうお方がご存知ないとは……乳首ねぶりドラゴンとはですねぇ」


 そう言いかけたところで男が遮る。


「ああ、ローナ様、ハーメル様、ノクターナル様、誰でもいいから助けてくれ! またヤツが戻ってきた!」


 神の名を叫び、その場から逃げ出す男。残された二人が空を見ると、白い巨躯がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。

 

「乳首ねぶりドラゴンとはアレです」

「またドラゴンとやり合わなきゃなんないの!?」


 二人の目の前に降り立った乳首ねぶりドラゴンは自慢げに胸を張った。

 

「うさちゃんパークへようこそ。ふふふ、いい乳首をしてそうではないか二人とも」


 いかにもスケベそうな目で二人を一瞥すると鼻の下を伸ばす。その仕草だけでなんとなく察したのか、ステラとアカネは後ずさりをした。

 

「ま、また会いましたね、乳首ねぶりドラゴン」


 ステラが呼びかけた。以前エスベリアで死体集めをした時にも乳首ねぶりドラゴンに遭遇していた。


「……いや、初対面だが」

「あれ、エスベリアで会ったじゃないですか」

「あー……それ我が輩の親戚だな」


 こんなのが複数いることに愕然とする二人。やはりこの世界は複雑怪奇である。

 

「そんな事はいい、お前たちの乳首、頂くぞ!!」


 再び口を大きく開き、舌なめずりをする乳首ねぶりドラゴン。どうやら彼らの性癖的に女性の乳首を好む傾向にあるようだ。もっとも、男の乳首も好きではあるが。

 

「気をつけてくださいアカネさん、こいつら乳首だったら別に死体でもいい連中ですからね」

「最悪なドラゴンね……」

「あと、魔物の中でもとても格が高い種族ですので、魔法に習熟してます」

「そっちを先に言ってくれない?」

 

 アカネは杖を構え、ステラは岩陰に引っ込む。そんな二人に構わず乳首ねぶりドラゴンは舌を出したり引っ込めたりしている。まるで舌舐めずりのようだ。

 

「我が輩の魔法に耐えられるかな? "破壊の光レーザー ランス"」

「"魔力の防壁プロテクト アンド サバイブ"!」


 光の槍を放つ乳首ねぶりドラゴンだったが、それを防御魔法で防ぐアカネ。魔法同士の接触部分が激しく光り目が眩む。気がつくとドラゴンの姿が消えていた。

 

「え!? もういない!?」

「上です!」

 

 見上げると上空から急降下してくる乳首ねぶりドラゴンが見えた。落下しながら舌で薙ぎ払うような攻撃を繰り出すが、腰を抜かして地面に尻餅をついたのが幸いし、頭上を掠める程度で済んだ。


「ひいぃっ、無理無理無理!」

「アカネさん頑張って! あなたなら出来ます!」

 

 必死に逃げ惑うアカネと岩陰からくつろぎながら応援するステラ。しかしこのままではいずれやられてしまうだろう。なんとかしなければ……!

 

(そうです!)

 

 何か思いついたのか、ステラはナイフを手に岩陰から飛び出し、うさぎたちの方へと走った。そして一匹のうさぎを抱え上げ、そのまま乳首ねぶりドラゴンに向かって叫んだ。

 

「このうさちゃんがどうなってもいいんですかぁ~~!? あぁぁ~~~ん!?」

 

 その瞬間、乳首ねぶりドラゴンの動きが止まった。その顔は青ざめており、わなわなと震えている。


「き、貴様ぁーーっ!!」


 怒り心頭といった様子で叫ぶ乳首ねぶりドラゴンに対し、ステラはほくそ笑んだ。


「ほらほらぁ、可愛いうさちゃんをシチューやミートパイにされたくなかったら大人しくするんですよ!」

 

 そう言ってうさぎを抱えたままゆらゆらと揺れるステラ。その姿を見て悔しそうに唸る乳首ねぶりドラゴン。抱えられたうさぎは不安げにステラの顔を見つめる。

 

「ぴょぉ~~ん……」

「……! くっ、駄目です、そんな目で見ないで……!」

 

 うるうるとしたまん丸のおめめがステラを見つめる。

 

「ああっ、ダメです! そんな純真な目で見られてはっ……!」

 

 あまりの可愛さにステラはその場で悶絶し、ついにうさぎを解放してしまう。


「こんな、こんな可愛い子を傷つけるなんて、出来ません……!」

「じゃあ死ね」

 

 乳首ねぶりドラゴンの尻尾がステラの胴体を引っ叩き、彼女はそのままどこかへと飛んでいってしまった。

 

「弱点は可愛いもの、それならこの魔法がある。"ねこちゃんだらけキティ スパミング"!」


 アカネがその隙に呪文を唱えると、宙空から大量のねこちゃんが降ってきた。あっという間に乳首ねぶりドラゴンを埋め尽くすほどの数になったねこちゃんは一斉に鳴き始める。

 

「にゃー」「にゃあ〜」「みゃあ〜!」

「んんんんっ!! ねこちゃん!! ねこちゃん!! ねこちゃん!!」

「さあねこちゃんに埋もれなさい!」

「んほおおおお! ここが天国かぁぁ!!」


 大喜びでねこちゃんと戯れる乳首ねぶりドラゴン。全身がねこちゃんまみれになり、至福の表情をしている。

 

「言っておくけど、私、犬派なのよね。これからねこちゃん全部爆破するけど、いい?」

「えっ……あっ、ちょ待っ……」

「"魔力の起爆デトネート"」


 ねこちゃんの山の中から這い出た瞬間、全てのねこちゃんが爆発した。


「ぎょわああああああ!!」


 哀れ乳首ねぶりドラゴンは黒焦げとなり、その場に倒れ伏したのだった。

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