22.戦いの後
住民を全て避難させ、さあ火事場泥棒をしようという時に戦いが終わったらしく、ステラはちょっと不機嫌になっていた。
「なんで終わってるんですか! これじゃあ盗む暇がないじゃないですか!」
そんなことを叫びながら、二人に駆け寄ってくる。
「おやジロさん。それじゃしばらくシコれないですねぇ!」
「この人たちなんで同じこと言うの、流行ってるの!? ……嫌な大人たち!」
「大丈夫だモン。左手でやるモン」
「大事な事だけど! その話は後にして」
アカネは二人を窘めるように言う。そして辺りを見渡した。燃え盛る家屋、無残に焼き殺された人々、破壊された街並み、脅威は去ったとはいえ、酷い有様である。それを見ていたら怒りが込み上げてきたのか、アカネの目から涙がこぼれた。それを見た二人は慌てて慰めようとするが、なかなか泣き止まない。どうしたものかと思案していると、突然背後から声をかけられた。
「お前たちがやったのか、あのドラゴンを」
振り向くとそこには数人の武装した男たちが立っていた。おそらくこの街の警備を担っていたのだろう。
「本当に、感謝するよ」
「怪我を見せてくれ、英雄を傷だらけのまま返すわけにはいかないからな」
男たちはそう言うとジロに駆け寄った。彼らはジロに応急処置を施しながら話を続ける。
「君たちのおかげで街の平和は守られた。ありがとう」
「それほどでもありますがねぇ!」
「ああ、君が避難を先導してくれたおかげで、最初の襲撃の他に犠牲者は出ていない」
「え、あ、その、どうも……」
褒められ慣れていないステラは少し照れ臭そうにしていた。その様子を見てニッコリする男たちだったが、すぐに真面目な顔に戻った。
「とにかく、彼を施療院に連れて行こう。モモンガにもなりかけているようだし。それに、お嬢ちゃんたちも一応診てもらうといい」
そう言って男はジロを担いだ。ジロはうめき声をあげていたが、命に別状はないようだ。一行は馬車に乗り、街の教会まで行くことになった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「命に別状はないッス。ワーモモンガ症も、薬を飲ませたので大丈夫ッス。ただ、右腕については……」
白い毛皮の狐獣人の若い司祭は申し訳なさそうにそう言った。彼は治療魔法の使い手のようで、ジロの治療を行っていたのだ。
「腕はドラゴンを殺すのに使ってしまった」
妖術は血のみならず肉体も消費することができる。千切れ飛んだ右腕を全て消費し、ドラゴンを串刺しにしたのであった。
「腕を再生する魔法とか、そういう薬とかないんですか、神父さん」
「あるッスよ」
「あるんかい」
アカネはツッコミを入れる。もうそういうキャラということが定着しつつあるようだ。
「でもこの場にはないッス。材料も高価だし、高度な錬金術が必要ッス。手配するようにおばあちゃ……中央教会に手紙を送ったッス」
「ありがとうございます、神父さん」
「ところで、アカネさん。あなたは稀人ッスよね?」
「……ええ、そうですけど」
急に話を振られて戸惑うアカネ。彼女は異世界からこの世界に召喚された人物であるのは先の話の通りだ。
「実は僕のおばあちゃんもそうなんスよ! おばあちゃんって言っても、見た目14歳のまま止まってるッスけどね」
「えっ、そうなの!?」
「聖キョーコ、現在の統合された龍神教を作り上げたうちの一人ッス」
「へぇ〜……中学生なのにバイタリティ凄いのね……」
龍への信仰はかつてバラバラの派閥に別れていた。およそ60年前にクピド派と呼ばれる一派に所属するヴェネトリオ教区が中心となり、統一運動が起こった。それが現在の龍神教の原型となるのである。あらゆる教義と戒律を擦り合わせるために元から緩かった気風が更におおらかな宗教になってしまった。しかしそれがかえって功を奏したのか、現在広く受け入れられている。
「しかし……孫ってことは、子供産んでるんだ……この中世世界で凄い覚悟だなぁ」
「15人産んだッスよ。自分は15人目、末女の息子ッス」
「そんなに。マリア・テレジアか?」
「おばあちゃん、おじいちゃんとめちゃくちゃ仲良かったみたいッスから。先立たれちゃって落ち込んではいるッスけど」
「そうなんだ……」
祖母の事を話すときだけ饒舌になる彼の様子に、アカネは思わず笑みを浮かべるのだった。
「ステラ、街の様子を見に行こう」
「そうですね! 行きましょう!」
二人は街へ繰り出した。住民たちは消火活動や救助活動をしている最中であり、ジロのように治療を受けたり、瓦礫を片付けたりと忙しそうに動いている。
「あ、私ジロさんの看病しますね!」
「ステラ」
「……わかりましたよぉ」
彼女たちは住民を手伝い始めた。壊れた建物の解体、負傷者の手当てなど、できることをした。不幸中の幸いにも死者は10にも満たない数だったようだが、それでも甚大な被害を被ったことに変わりはない。死者の遺族や友人たちは皆悲しみに暮れていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日にはカーレスターの部族長からの招待を受け、彼らとともにドラゴンの討伐を祝う宴に参加することになった。
「ジロ、アカネ、そしてステラ。彼らは冒険者でありながら、我々の街を救ってくれた! その功績を讃え、今日は大いに飲み食いして楽しんでほしい!」
族長の言葉に歓声が上がる。酒樽を開け、豪華な食事が並ぶテーブルを囲むように、皆が思い思いに騒ぎ始める。昨日のしんみりした空気はどこに行ったのやら、ジロたち一行の周りには人が殺到した。
「ドラゴンを倒すなんてとんでもないやつだ! 俺と勝負してくれ!」
「いや、あたいと勝負するんだよ彼は! そして……うふふ……♡」
「あのう、私と
「俺をその太い腕で粉々にして欲しいっ……♡」
ジロは大いに困っていた。次々と強者たちが名乗りを上げてくるからだ。その中には屈強な男だけではなく、妖艶かつ屈強な美女もいるため尚更断りづらい状況になっている。そんな中で救いの手が現れた。
「はいはい皆さん! うちのジロさんと戦いたいんなら、払うもん払っていただかないとですねぇ。こういうもんでどうですぅ?」
割って入ったステラが指を三本立てると男たちは目の色を変えて財布を取り出した。
「銅貨でどうかな?」
「金貨に決まってんでしょーが! 貧乏人は散りなさい!」
強者たちは残念そうに去っていった。仕事に行かず日々鍛錬を繰り返す生活を送っている彼らは貧乏であった。そもそも庶民にはとても支払えない額だし、支払えたとしても割に合わない。彼らが去った後は、今度は子供たちが寄ってきた。中には小さな子もおり、ジロに興味津々のようだ。
「尻尾さわってもいいですかぁ〜」
「ああ、いいとも」
そう言ってジロは自分の尾を地面にぺたんと置くと、子どもたちはそれを掴んだ。
「んっ♡♡♡」
「ちょっとストップみんな、トラブルが発生したのでおしまいでーす」
アカネが慌てて止めに入ったことでヤバげな雰囲気なることは避けられた。その後はお礼をしに来たり握手を求めてきたりと次々に人が訪れ、彼らが料理に手を付けることが出来たのは日が落ち、辺りが暗くなってからだった。
「やっと食べられる……」
塩茹でされた甲殻類の身をほぐしながら、アカネはつぶやいた。テーブルには他にもパンや塩漬けの肉や魚、ドラゴンの内臓のハギスなど色々な料理が並べられていたが、残念ながら冷めきっている。だが味は悪くない。むしろ美味しいくらいだ。アカネが夢中で食べていると、ジョッキにエールが注がれる。
「乾杯しましょう!」
ステラが元気よく言った。ジロもそれに同調する。三人はジョッキを合わせると一気に飲み干した。ぬるいエールであったが、疲れきった身体に染み渡るようだった。でも結構不味いなこれ……と三人とも思っていた。
「ワインとかないかな」
「聞いてみますね」
なんかしっくりこない感じの乾杯であった……。
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