20.野生動物に気をつけて
「うぅぅ、頭痛い……」
二日酔いになったアカネは呻いていた。昨晩、あの後ワインを何杯も飲んでしまったため、すっかり出来上がってしまっていたのだ。彼女は自分の頭を手で押さえながら、ゆっくりと起き上がった。早朝のようで少し肌寒い。焚き火はすでに消えてしまっていたが、暖かさがまだ残っていた。
「お酒なんて、飲むんじゃなった……あれ……二人は……」
辺りを見回すと、二人がいないことに気づいた。トイレだろうか、それとも朝食の準備かな、などと考えながらぼんやりとしていると、ふと声が聞こえた。
「ん……だめですぅ、ジロさぁん……変なことしちゃだめぇ……」
甘ったるい声が耳に飛び込んできた瞬間、眠気は完全に吹き飛んだ。声のした方にワクワクしつつも音を立てないようこっそり近づいていくと、そこには信じられない光景があった。ジロが木にしがみついて泣きながらモモンガの鳴き真似をしていた。
「早く降りてください! 何やってるんですか!」
「想像よりだいぶ変なことしてる!?」
思わず叫んでしまうアカネであった。その声に反応して二人は一斉にこちらを向いた。そして気まずい沈黙が流れる。最初に口を開いたのはジロだった。
「おはよう、アカネ」
「お、おはようございます……」
アカネは困惑しながらも挨拶を返す。ジロは何事もなかったかのように木から降りた。
「え、えっと……今のってなんですか?」
おずおずと尋ねる彼女にジロは答えた。
「見ての通りだ」
「なにが!?」
「アカネさん、わかりませんか?」
「わからないよ! 何も、わからないよ!」
アカネは混乱していた。全く状況が理解できないまま話は進んでいく。
「どう見るかだ、アカネ」
「そうです」
「何の話!?」
完全に置いてけぼり状態の彼女だったが、ここで諦めるわけにはいかなかった。必死になって理解しようとするも、やはり分からないものは分からないのである。もやもやした気持ちで旅を再開することになってしまった……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「はぁ……」
馬に乗ってため息をつくアカネ。そんな彼女の様子を見て、モモンガ姿のジロは言った。モモンガの被り物のようなものをずっと身につけている。
「どうした? 元気がないようだが」
「話しかけないで……」
そう言って、ぷいっとそっぽを向いてしまう彼女。
(いつまでこの格好でいるつもりなんだろう)
心の中でそう思いながら、横目でジロのことを観察する。すると、視線に気づいたのかジロが再び話しかけてきた。
「どうかしたか?」
「いえ、別に」
「そうか」
それだけ言うと、ジロは再び黙り込んでしまった。その様子をしばらく見ていたが、特に変わった様子はなかった。しかし、しばらくすると再び喋り始めた。
「実はな、アカネ。俺は今、とても困っていることがある」
突然そんなことを言い出したので、驚くアカネ。一体どんな悩みがあるのだろうか、と気になって聞いてみることにした。
「どんなこと?」
そう尋ねると、ジロは少し言いづらそうにしながら答えた。
「実は妖怪デスモモンガに齧られてな。このままだとモモンガになって死ぬ」
「はい……?」
意味がわからず困惑するアカネをよそに、ジロはさらに話を続ける。
「国境を越えてノースロウに行く。そこで薬を手に入れるんだ」
「ふざけてるかふざけてないかの境目がわからない……」
頭を抱えるアカネだったが、ジロは構わず話を進める。
「だから怪物退治は後回しでもいいモモンか?」
「う、うん……」
ジロはかなりモモンガになりかけているようであった。ふざけているのかどうかの判別のつかなかったアカネは結局彼の言葉に従うことにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ノースロウの国境の街、カーレスターに辿り着いた。近年はログレスとの交流を進めており、トウヤの影響で一時的に緊張状態にあったがここ最近は若干緩和している。
「平穏な街でよかったですねぇ」
「そうね」
ステラとアカネがそんな会話をしていると、遠くから咆哮が近づいてくる。
「ドラゴンだぁーー!!」
「みんな逃げろ!」
街の住人たちが騒ぎ立てる中、巨大な翼を広げてドラゴンが石造りの家の上に降り立った。赤い鱗に覆われた巨体を持つ、恐るべきならず者の顕現である。こういったならず者ドラゴンの襲撃はどのような国のどのような街であっても起こりうることだが、警戒のしようがないのである。
「俺は悪いドラゴンだ! 悪いことするぞぉ~! あそうだ、虫の居所が悪いって言うけどよぉ~~体ん中に虫がいたらどこに居ようが気分悪いよなぁ~~~~ってなわけで死ねぇ!!」
口から火炎放射を放つ。直撃を受けた建物は一瞬にして炎上し、崩れ落ちていく。人に当たれば瞬く間に炭化し、焼け死んでいく。忽ちカーレスターは地獄絵図と化した。
「……平穏な街でよかったですねぇ」
「現実逃避やめよう!」
呑気なことを言っているステラに対し、ツッコミを入れるアカネであった。だが、のんびりしている場合ではないことは明白であり、すぐに行動に移る必要があるだろう。ジロは馬を降りて弓を取り、二人に指示を出す。
「ステラは住民の避難を助けろ。俺とアカネの馬を使え」
「言われなくてもスタコラサッサですよ!」
「アカネ、頑張れ、初陣だぞ」
「荷が重すぎるけど、やるしかないよね……」
ステラは馬を引き、住民の元へ駆け出す。アカネは緊張した面持ちで杖を手に持ち、ジロはドラゴン目掛けて弓を引き絞った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます