ノースロウでどーしようの章

19.サブヒロイン、出陣!


 前章のあらすじ

 意地の悪い母や姉妹にいびられていたステラは、婚約者にさえ見捨てられ、悪名高い辺境伯の元へと無理やり連れて行かれる。どんな酷い環境なのかと戦々恐々としていたが、聞いていた噂とは違ってドチャクソイケメンオスケモ、ジロが出迎えてくれた。「俺はイケメン」イケメンなら絶対に言わなそうなセリフを口にする彼に、ステラはゾッコンになってしまう。二人の甘い生活が…

「……やっぱりざまぁとか入れたほうがいいですかね!?」


 本当の前章のあらすじ

 転移者、アカネの案内の元、ジロとステラはログレス王国へと向かった。ログレスの王宮では王族は軟禁され、転移者トウヤが政権を握っていた。しかしながら、優秀な臣下には逃げられてしまっていた。首都キャメロットまでの道のりでラーメンを食べたり、トウヤの友人でもあった転移者オタザワを仲間に加えたり、結構のんきした旅路であった。一方で、トウヤの幼馴染であったサヤカは、彼を暗殺しようと行動を起こしたが失敗。王城に到着した一行は、執事に案内されエクスカリバーを入手、軟禁された部屋から脱出した第二王子ジョンにそれを託した。その後、王座の間でトウヤと彼の雇った傭兵、円卓の騎士と対峙し、撃破する。トウヤとの対決ではオタザワが戦闘不能に陥ったが、ジロの種族的特性により、トウヤのチート能力を破った。確保されたトウヤは、表向きは処刑されたが、サヤカの嘆願により処刑は免れ、ログレスより放逐されることとなった。


⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺


 ログレスの騒乱からふた月ほどが経過した。アカネは案外才能があったようで、魔術師初級者と言ってもいいほどには魔法が上達していた。オタザワはマインスターでは良き領主としてやっている、最近ではアドルフと名乗る男が現れて政治闘争をしているらしい。リチャードとサヤカは仲睦まじく幸せを謳歌している。ジョンは王弟として忙しい日々を過ごしているらしい。マティルダは何やらいかがわしい本を書いているという。

 ジロとステラはというと、かなりの自堕落生活を送っていた。こいつらに暇と金を与えてはならない。

 

「結構、長居するじゃん」

 

 そんな彼らのもとに、アカネは頻繁に通っていた。彼らは偶に顔を見ておかないと一日中寝ていたりする。

 

「確かに、そろそろ飽きてきた頃だ」

「えー、もっとダラダラしましょうよ5年ぐらい」

「……それは流石に長いな」

「じゃあ、冒険に出かけない?」

 

 アカネの提案に、二人は目を丸くした。

 

「お前、冒険者になるつもりか? 危険だぞ」

「でもせっかく異世界に来たのに冒険者にならないとかある?」

「ここで暮らしたほうがいい生活が出来る」

「……ジロさん、勝手に憐れまないで」

 

 ジロの発言を受けて、アカネは口を尖らせた。

 

「そりゃ後悔が無いわけじゃないけど、だからといって冒険に出かけない理由にはならない。今は魔法も使えるしね」

 

 そう言って彼女は杖を取り出した。このところ毎日のように魔法の特訓をしているのである。

 

「……」

「ジロさん! 私は二人と冒険をするのが夢になったの! だからお願い!」

 

 アカネはそう言って頭を下げた。ジロはしばらく考え込んでいたが、やがてため息を吐いた。

 

「わかった。ステラよりは役に立ちそうだしな」

「どういう意味ですかそれ! 事実なので反論できませんがね!」

「吾輩も賛成だ。それに……少し、興味が出てきた」

「誰このおっさん」

 

 ジロと見知らぬおっさんの合意も得て、アカネは再び破顔した。

 

「よし、決まりね! 準備してくるわ!」

 

 こうしてジロとステラに、アカネという旅の仲間が加わることになった。おっさんは衛兵に連れて行かれた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 


「アカネ! 行かなくてもいいのに!」

「いや私が行きたいんだ。傷心旅行ってとこかな」

 

 アカネは旅立つ前にサヤカに会いに来ていた。

 

「……本当に、ごめんね、アカネ。私に出来ることなら何でも」

「いいっていいって、親友のためだったんだから、貞操の一つや二つ安いもんよ」

 

 その言葉にサヤカは更に表情を曇らせてしまった。


「ほ、ホントに気にしてないから! ね! むしろ誇らしい事だよ、親友のためになんて、ね!」


 アカネは努めて明るく振る舞った。その気遣いを感じて、サヤカの表情も和らいだ。


「ありがとう、アカネ。私も、貴女のこと誇りに思う」

「えへへ、ありがと! じゃあ行ってくるね!」

「アカネ! ……夜道に気をつけて」

「なんでそんな脅迫っぽい言い方なの……?」

 

 そうしてアカネは、ジロたちと共に新たな冒険へと旅立つ……のはいいが、特に目的もないのでキャメロット城下町の冒険者ギルドに来ていた。宮廷の騒乱が終わったとはいえ、トウヤの急進的な改革の影響が未だに残っているようで、ギルドはその尻拭いでごたついていた。ジロたちは掲示板の依頼書を眺める。

 

「へぇー! 色々あるんだねぇ」

 

 アカネは目を輝かせながらそれらを眺める。依頼内容は様々であった。

 

「薬草集めにダンジョン探索、それに怪物退治……ジロさんたちはいつもどういう基準で決めてる?」

「報酬が一番多いやつです! つまりこの怪物退治!」

 

 ステラが自信満々に答える。彼女の実力を考えるととても厳しい……しかしそれでこそステラなのである。全部ジロにやらせるつもりだ。

 

「じゃあそれにするか」

 

 ジロもジロでこうやって甘やかすのがとても良くないのである。


「はい、決定! さ、行こう!」


 アカネは元気よく宣言して、受付に向かった。そして依頼を受けると早速出発したのだった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 

 馬を駆り、ブリソニアの大地を走る。見渡す限りの丘陵地帯が広がっている。冷たい風が頬を撫でていった。小屋と畑が点在している荘園では農奴たちが忙しそうに働いていた。一行は北を目指している。ブリソニア島の中心部に位置する国、ノースロウとの国境付近に目的地はあった。ノースロウ、それは北方人類や兎人、ノースエルフなどが混在する部族の寄せ集まった国家である。十数年ほど前に西方世界の北東地域の北の国々から移住してきた。もちろん、移住と言うほど穏やかな方法ではなかったが。とはいえ現在は周辺国との衝突は起きていない。

 その晩は野営することになった。適当な場所で焚き火を起こす。


「キャンプは何度やってもワクワクするな」

 

 アカネは上機嫌にそう言いながら、干し肉を齧っている。彼女は手慣れてはいないものの、準備や料理を積極的に手伝ってくれていた。ジロはその事に驚きつつも感謝していた。ステラは何もしない。強いて言うなら食べるだけ。

 

「そのうち飽きるさ」

 

 ジロはそう言って肩をすくめた。夜になると冷え込みが強くなるので、三人は寄り添っている。パチパチと薪が爆ぜる音が辺りに響く。時折風が吹いて木々を揺らす音や虫の鳴き声が聞こえる以外は静かなものだった。

 

「ワイン飲むか」

 

 ジロはそう言うと荷物の中から瓶を取り出した。コルクを開け、アカネのジョッキに注ぐ。アルコールの匂いが漂ってきた。

 

「あ、私未成年だから……」

「……人類の成人年齢14歳と聞いたが」

「えーっと、それはこっちの世界の話で、私たちの世界じゃ……」

「飲まないのか」

 

 彼は少し悄気げたような声で言った。

 

「……飲みます!」

 

 アカネは彼の表情に絆されて、結局飲んだ。

 

「わっ、甘い!」

「安ワインだからな」

 

 ジロはそう答えて自分も酒を飲んだ。二人はしばらく無言で酒を呷っていた。それからおもむろに口を開いたのはジロだった。

 

「ところでお前、元の世界に戻りたいとか思わないのか」

 

 唐突な質問に、アカネは少し面食らったような表情をした。そして落ち込んだような表情で答えた。


「……気にしてないって、ずっと言ってるけどホントは嘘。帰りたいよ。家族に会いたいし、食べ物も恋しいし、他のクラスの友達も、SNSもゲームも、何もかもが懐かしいよ。こんな世界、ホントはこれ以上いたくない、電気も使えないし、魔物はいるし、道は整備もされてない、盗賊はいる、しかも路銀を稼ぐのに体売らなきゃいけなかったんだよ? 嫌だよ、こんなところ」

 

 そう言ってアカネは自分の膝を抱え込んだ。その目には涙が浮かんでいるようだった。

 

「ほら、今抱きしめるチャンスですよ!」

 

 ステラはここぞとばかりに囃し立てる。ジロはそれを無視して続けた。

 

「嫌なことを聞いたな」

「……別にいいよ、もう過ぎたことだしね」

「好きなだけ甘えてくれていい。ステラにもな。あいつはあいつで甘えたい放題だが」

 

 それを聞いてステラは不満げな声を上げた。

 

「ちょっと! なんで私が甘えん坊みたいな扱いになってるんですか!?」

「違うのか」

「いやぁ、違いませんねぇ」

 

 ニヤニヤしながら言うステラに対して、ジロは呆れたような視線を向けた。

 

「とにかく、してほしいことがあったらなんでも言え、アカネ」


 その言葉に、アカネの表情がパッと明るくなった。しかしすぐに思い直したように表情を引き締める。

 

「いやでも、迷惑かけちゃうからいいよ」

「迷惑かけてもいいんだ、ステラを見ろ。存在自体が迷惑だ」

 

 それを聞いたステラは抗議の声を上げようとしたが、その前にジロの手が伸びてきて彼女の頭を撫で回した。ステラは思わず目を細める。それを見たアカネは彼の背中に手を回して抱き着いた。

 

「……ありがとう」

 

 小さな声でそう言った後、アカネは堰を切ったかのように泣き出してしまった。ジロは彼女の背中を優しくさすりながら慰めるのだった。しばらくして泣き止んでから、アカネは再び口を開いた。

 

「ごめんね、ジロさん、なんか変な空気になっちゃったけど、私は大丈夫だから!」

「無理するな、辛かったら泣けばいいさ」

「そうですよ、我慢しなくていいんですよ? この私のように!」

 

 二人の優しい言葉にアカネの涙腺が再び緩む。今度は嗚咽を漏らし始めた。そんな彼女の体をジロとステラがそっと抱きしめた。彼女は再び涙を流し始めるのだった。そんな三人の姿を夜空に浮かぶ月だけが見つめていた。

 

「オイラも見てたでゲスよ」

 

 野生の魔物、妖怪デスモモンガも見ていた。

 

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