18.幼馴染
トウヤは身柄を拘束された。両手両足を縛られれば、もはや時間を止めようが無意味であった。
「衛兵、そいつをその場に立たせろ」
「ええ、へい」
ジョンの指示により衛兵二人に両腕を掴まれる。そしてそのまま強引に立たされた。
「お前はログレスの王を殺し、王権を簒奪した。更にお母様を遠ざけ、僕たち兄弟を軟禁し、サヤカ姉を殺害しようとした。なにか釈明はあるか」
「……ない」
「そうか……サヤカ姉、あなたも話す権利がある」
「私は……」
サヤカは口ごもった。ここで何を言ったところで、もはや何の慰めにもならない。彼は罪を自覚していないはずがない。
「ごめん、サヤカ……」
トウヤの口から言葉が漏れた。それは謝罪だった。しかし、その言葉は余りにも遅すぎた。もう取り返しがつかないところまで来てしまっていたのだ。
「今更謝られても困るよ……」
「本当に申し訳ないと思っている。僕はどうかしていたんだ。だから、こんなことになったのも仕方がないことなんだ」
「そうね……」
サヤカは静かに頷いた。もはや、涙も出なかった。情が消え失せたわけでもないが、既に彼女は疲れ切っていた。
「衛兵、そいつの持ち物を調べろ」
「ええ、へい」
衛兵の一人がトウヤの腰に付けたポーチの中を漁り始めた。
「鍵を見つけました」
「きっとお兄様を幽閉している部屋の鍵だな」
ジョンは衛兵から鍵を受け取る。それを聞いたサヤカは顔を青くする。
「リチャードは、無事なのトウヤ?」
「ああ、もちろんだよ」
「そう、良かった……」
彼女は恋人の無事に安堵の表情を浮かべる、そしてその顔を見たトウヤは項垂れてしまった。結婚するなら王子様がいいなぁ⸺幼い頃サヤカが何気なく口にした言葉が頭の中に虚しく響く。自分は王子様にはなれなかった。可能性も猶予も十分過ぎるほどあったのに、最初はほんの小さな若気の至りでしかなかったはずなのに。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
トウヤの亡骸はバラバラに刻まれ、各領地にそれぞれ体の一部が晒された。首は首都キャメロットの広場に吊るされ、住民たちはその周りで踊りながら、簒奪者からの解放を盛大に祝った。
「複雑な気持ちでござるな。我々の友人だった者が、死を祝われている」
「あまり、気分は良くないけど、仕方ないことよね」
オタザワとアカネは寂しげにその様子を眺めていた。
「ジロさん、ステラ、ありがとう。サヤカもリチャードくんも助かったし、ログレスは救われた」
「感謝するんですねぇ、この私に!」
「お前は何もしてないだろ」
ジロはステラの頭を軽く叩いた。彼女は大袈裟に悲鳴を上げて地面に突っ伏す。そんな二人を見て、アカネは思わず笑ってしまった。
それから数日後、王国では新たな国王の即位式が行われた。その玉座に座るのは、前王ヘンリーの長男、リチャードである。16歳ではあるが、年齢以上に大人びており、知性溢れる少年であった。また、彼の傍らにはサヤカが立っていた。正式に婚姻を結び、王妃となったのである。彼女の表情は以前よりも晴れやかになっていた。リチャードとジョンの母であるエレノアは、色街に送られ匿われていたのを発見されたが、娼館、ひいては色街そのものを牛耳り、夜の女帝、裏社会の支配者となっていた。手紙を送っても全く帰ってくる気配はない。彼女が今後のログレスを引っ張ってくれたらどれほど楽になっただろうかと、王族や臣下たちは落胆した。マティルダはなんとか治療が間に合い、以前の元気な姿に戻った。心の傷も、サヤカの尽力となんか変な本によって徐々に癒えてきているようだ。
「此度はトウヤを討ち、王権を然るべき者の元へと返してくれたことを誠に感謝する」
一行も式の後に彼に謁見する機会を与えられた。そこで彼らはリチャードより直々に感謝の言葉を伝えられた。
「あなた方には望むものを可能な限り渡そう。褒賞金、宝物、領地、位、なんでも構わない。何か欲しいものはあるだろうか」
「全部欲しむぐぐ!」
我先にと口を開くステラをジロが押さえ込んだ。
「褒賞金をいただければ結構です」
「そうか、腕が立つのに勿体ない。封臣となってくれればいいのに」
「我々二人は旅人ですので」
「なるほど、残念だ。そちらの二人はどうする」
アカネとオタザワはそれぞれ欲しい物を述べる。
「私は、その、魔法を教えていただきたいのです」
「拙者は領地をいただきたく思いまする!」
「では宮廷魔術師を呼び戻さなくてはな。オタザワ、そなたはマインスター男爵としてマインスター城とその領地、荘園に封ずる」
「ありがとうございます」
「ありがたき幸せ!」
二人の願いを聞き届けると、リチャードは再びジロたちに向き直る。
「この後はどうする」
「しばらくこの地に滞在したいと思っております」
「では部屋を貸そう。食事も用意する。気が済むまでいると良い。出来れば騎士になってほしいがな」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その晩、王族たちとその臣下、サヤカ、そしてジロ達一行、宮廷司祭と数人の衛兵が城門の外に密かに集まっていた。
「これより先、目を合わすな、口を利くな、追放者とはそういうものだ、法外者とはそういうものだ」
宮廷司祭がお経を唱えるかのように、朗々と読み上げていく。フードを被った一人の青年――トウヤが衛兵に連れられ、門の前に姿を現した。彼は拘束を解かれたが、武器などは一切所持していない。彼の額には罪人の証である焼き印が押され、右手と左足が義肢になっていた。
「トウヤ・サカグチ。お前をこのログレスより永久に追放する。この地に足を踏み入れることは二度と許されない」
「はい……」
力なく返事をすると、彼は一行の顔を、特にサヤカの顔を目に焼き付けるようにじっと見つめた。その瞳には涙が浮かんでいるように見えた。するとサヤカは、日本語の一文が書かれた羊皮紙を彼に広げて見せた。
『体に気をつけて』
それを見たトウヤは一雫の涙を溢し、深く頭を下げた。そして、静かにその場を後にしたのだった。
「いいのかサヤカ、ある意味では死ぬよりも残酷な刑罰だぞ」
リチャードはサヤカに問いかける。追放はサヤカの提案であった。市中に晒されているのは偶然戻ってきていたヤカモトが作った精巧な人形である。追放されたということは、あらゆる庇護を受けない状態になる。彼から物を盗もうが命を奪おうが罪に問われることは、少なくともログレスではなくなった。魔物や盗賊に怯え、人里でも心から安心できる場所は無く、常に命の危機に晒されることになるのだ。場合によっては一生牢獄にいた方が遥かに幸せだったと思うような生活を送らなくてはならない。彼女は少し考えてからこう答えた。
「それでも死んだらおしまいだから。死ぬより辛いかもしれないけど、死ぬよりはいい……」
「そうか……君がそれでいいなら、俺もこれ以上は何も言うまい」
「……あれでも、私の幼馴染だから」
それを聞いていたジョンとマティルダは、少し憤った表情でサヤカを見つめている。
「僕……僕は、お父様を殺したトウヤに、目の前で死んでほしかった……!」
「私も、そう……」
「…………」
その二人に対して、サヤカは何も言わなかった。ただ、黙って二人を見つめていた。やがて二人は俯いて、泣き出してしまった。
「ごめんなさい、サヤカ姉……! 僕どうしても、許せない……!」
「本当に……ごめんなさい……」
「私こそ、ワガママを言って、ごめんね。そうだよね、殺したいほど憎いよね」
「……でも、サヤカ姉も、辛いというのはわかってる……幼馴染がこんなことになって……」
「私達も、お姉様の選択を尊重します」
「うん……」
三人はしばらく啜り泣いていた。そうして、やがて落ち着いたあと一行は城内へと戻った。豪華な夕食を済ませた後、それぞれの部屋で眠りにつくことにした。
「ちょっと待ってください! 今回ボケが少なむがが!」
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