17.九割がヤラセ


 ジロは意識は朦朧としていた、ランスロット卿との戦いに敗れたのである。

 

「強い……」

「なかなかの強者だったが、あと一歩ってところだな」

「くっ……」

 

 そして、ついにジロは倒れ意識を失った。

 

「えっ!? 前回めちゃくちゃ圧倒してたじゃん! 勝ってたじゃん!」

 

 アカネのツッコミももはやジロには届かない。

 

「次は拙者がやるしかないでござるな!」

 

 オタザワが前に出る。しかし、ランスロット卿には戦意が感じられない。

 

「こいつとの戦いで俺は疲弊している、お前たちの邪魔はもう出来ないな」

 

 そう言ってランスロット卿は剣を鞘に納める。

 

「トウヤ様、あんたの出番ですぜ」

「う、うん……」

 

 状況に若干困惑していたトウヤが、剣を手に前に出た。

 

「トウヤ殿、お主がヘンリー王を殺し、恩を仇で返したのは聞いているでござる。友達として見過ごすことは出来ぬ、ここで成敗するでござるよ!」

 

 オタザワが怒りを込めた目でトウヤを睨む。

 

「オタザワ……僕は君を友人だと思ったことはない」

「そうでござろうな、距離があったし、拙者たちと遊びに行ったこともなかった、教室でつるんでただけでござる。トウヤ殿の目は、ずっと騒がしい人たちを見ていたでござるからな」

「……」

「お言葉でござるが、分不相応でござった。ずっと受け身で、彼らに話しかけようともせず、でもグループには入れてもらいたいという甘えがあるように感じたでござる」

「それは違う!!」

 

 トウヤは思わず大声を出した。

 

「いや、違わないでござる。だから、貴殿は彼らの陰口を叩くようになった、本当は羨ましかったんでござるよね?」

「そんなわけないだろっ!」

「サヤカ殿はそんなトウヤ殿を見て悩んでいたでござる。我々に相談するぐらいに」

「えっ……?」

 

 突然のことに、トウヤの顔が曇る。

 

「サヤカ殿もサヤカ殿でござる。お主と直接話していればこんなことにはならなかったのに。そもそもクラス転移なんかしなければって話でござるがな」

「ぐっ……!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、トウヤの表情が歪んだ。

 

「おっと、これ以上はやめておくでござる。もう終わったことでござるから。さあ、やるでござる!」

 

 地面を蹴り、オタザワが走る。その速さはまるで風のようだった。拳を突き出し、トウヤを狙う。しかし、難なく避けられてしまう。


「尋常ならざるスピード、拙者の身体強化もかなり鍛えたつもりでござったが」

「いくら鍛えても無駄だよ」

「ほう、なぜそう思うでござるか? まだ勝負が決まったわけではないでござるよ」

「いいや、これで終わりだよ」

 

 次の瞬間、オタザワの胸に剣が突き刺さっていた。

 

「なっ!?」

 

 驚愕したオタザワが後ずさる。だが、胸の傷からは血が噴き出している。

 

「ど、どうして……隙は無かったはず……」

「僕の能力だよ、君に教えるつもりはないけどね」

「そ、そうでござるか……」

 

 そのままオタザワは崩れ落ちるように倒れた。

 

「オタザワ!!」

 

 アカネが慌てて駆け寄る。

 

「すまぬ……アカネ殿……トウヤ殿は、無敵やもしれませぬ……」

「喋らないで! 今傷を塞ぐから!」

「無駄でござる……この傷では、どのみち助かりません……」

 

 息も絶え絶えになりながら、オタザワは言葉を紡ぐ。

 

「侍女たちに、よろしく伝えて欲し……い……」

 

 そう言い残して、オタザワは目を閉じた。

 

「オタザワ、ねえ、嘘でしょ……? オタザ」

「あ……あと……イケボにも、拙者の事を……」

「駄目だよ、自分で伝えに行くんだよっ!」

「それから、ドーンシャーの酒場の店主と、それから、武器屋のおばちゃんと……」

「う、うん……」

「教会のシスターマリアと、孤児院のジュディさんとニックくん、あとは……」

「はよ死ねや!!」

 

 アカネのビンタが炸裂した。

 

「ふべらっ!?」

 

 彼の意識はそこで途切れてしまう。

 

「あ、ついツッコんじゃった……生きてるよね?」

 

 心臓は動いていて、呼吸もしているのでどうやら平気なようである。オタザワの祝福は身体強化、戦闘能力のみならず生存能力も飛躍的に向上させるものであった。とはいえ危機的状況下に陥った。

 

「くっ、オタザワがやられたか……」

 

 ランスロット卿も動揺を隠せない。

 

「いやあんたは敵でしょうが……ジョンくん、は戦わせる訳にはいかないし、ステラ、あなたは戦え……何やってんの?」

「白旗作ってます」

 

 そう言って、白い布を振るステラ。

 

「もう駄目だ~~~!!」

 

 ついに限界を迎えたのか、アカネはその場にへたり込んでしまった。もはやツッコむ気力もないようだ。

 

「いや、まだだ」

 

 座り込む彼女の肩に、そっと手が置かれた。振り向くとそこには、ジロが立っていた。

 

「ジロさん! いやジロさん!じゃねーよ、前回勝ってたのになんかやられてることになってたのなんなの?」

「……」

「無視! 酷い大人!」

 

 喚くアカネを無視して、ジロは刀を構えた。そして挑発するように言い放つ。

 

「お前の祝福とやらを使ってみろ」

「使ったところで、使ったかどうかもわからないだろ」

「いいから使ってみせろ」

「……後悔するなよ」

 

 そうトウヤが口にした次の瞬間、ジロが彼を組み伏せていた。

 

「……え!? な、何が起こったの!?」

 

 突然の出来事に驚愕の声を上げるアカネ。しかしそれは周囲も同じだった。誰もが目を疑い、驚いている様子であった。


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 トウヤとジロに何が起きたのか、対峙した段階に時間を戻そう。

 

「いいから使ってみせろ」

「……後悔するなよ」

 

 ジロの発言に対し、トウヤは余裕そうな表情で返した。彼は自分の能力を信じているのだ。

 

(僕だけの世界だ、時よ止まれ)

 

 心の中で念じると、周囲の時間が停止する。これで相手は動けないはずだ。人類種や単なる魔物であればそうであった。ログレスでは人類種以外の人種を見ることが極端に少ない。長い間大陸とは隔絶されていたこと、北に存在する異種族国家とは近年まで小競り合いが続いていたことが理由である。せいぜい魔族の人間を見かけるぐらいであった。なのでトウヤはこの世界の異常なまでの多様性を知らなかった。

 

「なるほど、こういう事か。確かに無敵の能力だ」

「……!?」

 

 ジロの言葉にトウヤは驚きの表情を見せる。彼が時間停止の影響を受けていないからだ。まるで何事もなかったかのように動いているのである。

 

「なぜ、動ける?」

「わからん。きっと俺たちを作ったやつがそういうふうにしたんだろう。俺たちのような獣人、長吻人ちょうふんじん(イヌ科の獣人)には時間操作魔法に耐性がある」

 

 そう言うと、ジロはその長いマズルの先にある鼻をひくつかせる。

 

「臭うな、恐怖を感じている臭いだ」

「っ……!」

 

 図星だったのか、トウヤの顔が歪む。

 

「殺せ、殺せばいいだろ!」

「それを決めるのは俺ではない」

 

 ゆっくりとした足取りで距離を詰めていくジロ。その歩みはまるで地獄へのカウントダウンのようだった。

 

「……」

 

 トウヤはその間も、考えていた。時間停止が効かない、犬、どこかで聞いたような話だと……。

 

「……えっ、そ、そんな、そんな下ネタに、 ぼ、僕は、負け」

 

 その続きを言うことは出来なかった。ジロに身体ごと蹴り飛ばされたのだ。宙を舞った後、地面に叩きつけられるトウヤの身体。全身に痛みが走る。そしてそのまま上から抑えつけ、刀を首筋に当てられた。

 

「……え!? な、何が起こったの!?」

 

 アカネの声が聞こえる。時間停止が解除されたのだろう。それと同時に周囲からどよめきが上がり、玉座の間に人が一人駆け込んできた。

 

「アカネ!」

「さ、サヤカ!? サヤカが生きてたーーーっ!!」

 

 サヤカは偶然森を歩いていた木こりに救助されていた。腹の刺し傷も奇跡的に致命傷には至らず、動けるようになった途端に王城に戻ってきたのである。涙目で声を上げるアカネには目もくれず、トウヤの方を指差し叫んだ。

 

「トウヤの能力は時を止める能力よ! 気をつけて!」

「もう、戦いは終わりました……」

「時を……止める、能力……!」

 

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