14.静かなるサヤカ


 すぐにサヤカはトウヤを呼び出していた。

 

「なんだか疲れてるみたいね、トウヤ」

「……まあ、そうだね。昔から僕のことはお見通しなんだね」

 

 そんなわけない、今やあなたが何を考えているのかさっぱりわからない⸺️心の中で叫ぶが、口には出さない。

 

「少し気分転換でもする? 二人っきりで、森の方にさ」

「二人で?」

「そう。ほら、幼馴染だし」

「……今は夫婦だろ」

 

 サヤカの頭に血が昇る。事実上の脅迫で無理矢理結婚させておいて、今さら何を言うのか。しかし、それを表に出さないだけの分別はある。

 

「怪しいんだよなぁ。今更になって」

「そう? あなたを暗殺するつもりがあるとでも言いたいの?」

 

 トウヤの顔が歪む。どうやら図星のようだ。

 

「無理でしょ、あなたが強大な力を持っていて、その正体の一端さえ掴めていないのに。本当にただ二人で話をしたいだけ」

「それならいいけど……」

 

 彼は納得いかないふうな表情をしていたが、断る理由もないために渋々頷いた。


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

「馬は……トウヤは乗れないんだったね」

「面目ないなぁ」

 

 外出着に着替えた二人は、馬を使わず徒歩で森の中へと入っていく。道すがら、様々なことを話した。

 

「そういえば、あの時もこんな道を通ったよね」

「ああ、懐かしいね」

 

 二人が初めて出会ったのは、今から12年前のことだ。当時の二人は5歳で、近所の家に住んでいた同士でよく遊んでいた仲であった。公園や近くの山などに出かけて、日が暮れるまで遊んでいた。トウヤにとっては懐かしくも楽しい思い出だが、サヤカにとっては今や虚しい過去の記憶であった。

 

「あの時は楽しかったよねぇ」

 

 しみじみと語るトウヤに対して、サヤカは無言を貫く。その沈黙をどう受け取ったのか、トウヤはさらに続けた。

 

「ねえ、今でも覚えてるかい? あの約束のこと」

「……さあ、覚えてない」

「そうかぁ、残念だなあ」

 

 あからさまに残念そうな表情を浮かべるトウヤだったが、サヤカは意に介さなかった。

 

「でも、約束は果たされた」

 

 その言葉にサヤカの頭に再び血が昇る。ひょっとしてこの男は、自身が脅迫で結婚したことを覚えていないのであろうか。そんな考えが頭を過ぎるが、怒りを必死に抑えて平静を保つ。

 

「マティルダちゃんは、あんたがやったの?」

「……」

 

 トウヤは何も答えない。それが答えだった。

 

「そう……悪いとは思ってるわけね」

「えっと、まあ……」

 

 歯切れの悪い返事だ。しかし、だからといって許す気にはなれないでいた。

 

「変わったよね、トウヤ。中学の時から徐々に」

「そうかな? 自分じゃわからないけど」

「どこで何を覚えたのかは知らないけどさ。キョロキョロ周りばかり気にして、なんだっけ、スクールカースト? そんなしょうもないものに振り回されて、あんたが勝手に上位だと思い込んでいるグループにちょっとチヤホヤされただけで友達を見下すようになった」

「いや、そんなことは……」

「オタザワくんやイケボのことをなんて言ってたっけ、陰キャ? その陰キャがいないといつもひとりぼっちだったあんたは何なの?」

「それは……」

 

 サヤカの指摘に、トウヤは言葉を詰まらせる。そして、反論する言葉も見当たらず黙り込んでしまった。

 

「心底ガッカリした。あんたにじゃないわ、あんたみたいな人間をひと時でも好きになってしまった自分によ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、トウヤの中で何かが壊れた気がした。

 

「ぼ、僕を……僕を見捨てたのは君だろうが!」

「女子と話したら噂になるって言って、中学の最初に私を無視したのはあんただよね」

「そうだけど、でも!」

「その点については悪かったと思ってる、そのうち収まるだろう、落ち着くだろうって、待ってたのは本当にごめんなさい」

 

 そう言って頭を下げるサヤカに対し、トウヤは苛立ちを募らせていた。

 

「そんなこと僕に伝えてどうするんだよ」

「ちゃんと注意してあげられなくて、ごめんね。……でも、あなたは人を殺した、それも自分の欲望のために。トウヤ、幼馴染の私が責任を持ってあなたを殺す」

 

 突然物騒な話になったことに驚くトウヤであったが、それ以上にサヤカの言葉に動揺していた。

 

「な、なんで……」

「私の祝福は、かなり使い勝手が悪かった。だから今まであなたを止める機会がなかった。だけど、今日ようやく使えるかもしれない」

 

 サヤカはそう言いながら、拳を構えてみせる。それを見たトウヤは、慌てて腰の剣に手をかけようとした。

 

「1発当たれば十分、それぐらいのことは、刺し違えてでもやってやる」

「やめろ、サヤカぁ!!」

「これが私の貰った祝福、『ビッグバン・ナックル』!」

 

 『ビッグバン・ナックル』、それは半径200mの大爆発を起こす拳、周囲をあまりにも巻き込みすぎるためこれまで使えなかった禁断の技である。暴走する魔力は神の力を持つドラゴンでさえも一撃で瀕死状態に追い込み、大抵の生物は死んだということさえ理解できない。ちなみに一日3回しか打てない。十分すぎる。

 サヤカは彼に向かって走り出し、大きく振りかぶると拳を突き出した。しかし。

 

「お、お前が、悪いんだ、お前が……!」

 

 拳は空振り、気が付かぬ間に腹に剣が刺さっていた。

 

「ああ……これが……あんたの祝福……無敵、すぎる……」

 

 口から血が溢れ出すと同時に、激痛が走る。呼吸ができない。サヤカはそのまま絶望の中に崩れ落ちた。トウヤはそれを見下ろしながら、泣きながら叫んでいた。

 

「君のためにっ!! 君にふさわしい男になりたかった、だけなのにっ!!」

 

 その声はやがて小さくなり、彼は森の中に消えていった。

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