13.大切な約束


「いってらっしゃいませご主人様」

「本当に良かったでござるか? もう戻れぬ可能性があるから、拙者の財産を侍女らみんなで山分けしても良いでござるよ?」

「ご主人様はきっしょいですが、我々を見捨てて世を去るような薄情者ではございません」

「そうでございます。きっしょいですが、我々がお仕えするのはあなたしかいません」

「左様でござるか……!」

 

 オタザワは感激の涙を流し、侍女を抱擁しようとして躱される。

 

「きっしょい言われてるのは別にいいんだ……」

 

 そうして一行にオタザワも加わり、キャメロットへと出発した。

 

「アカネ殿、トウヤ殿を無力化するすべはあるのでござるか? あやつは少なくとも権力を握る程度には戦闘能力を持っているでござるよ」

「わからない、でもジロさんとステラは強いから……強いのよね?」

 

 改めて考えると、強いとかそういう話は一切していなかった。ただ頼れそうな人に頼っただけである。

 

「つ、強いのよねジロさん!」

「自分を強いと思ったことはないな」

「よかった、強そうなこと言ってる……」

「私は強いですよ!」

「こっちは弱そう……」

「酷いです! 事実なのでしょうがありませんが」

 

 一行はそんな雑談をしながら道を行く。数日ほど旅を続けると、大河の河畔に位置する大きな街ルッドフォートに辿り着いた。

 

「ここで準備を整えるわ。ここから先は行きて帰れる保証はない。やめるなら今のうち」

「じゃあ、帰っていいですか?」

「俺も」

「それじゃあ拙者も……」

「えぇー!?」

 

 街に入り、宿を確保するとそれぞれ自由行動となった。ステラとアカネは街を散策し、ジロは宿でじっくりと武器の手入れをしており、オタザワはそれを興味津々に眺めている。

 

「日本刀でござるな」

「……ニホン?」

「ああ失敬、日本はこっちには存在しないのでしたな」

 

 細い刀身を眺めながらオタザワが問いかけ、ジロは作業を続けながら答える。

 

「その剣、銘は何というのでござろうか?」

「知らん。華国で買った量産品だ」

「ふむぅ……よさそうな刀でござるが、量産品とは……普通こういうのは職人が打ったものが定番でござらんか?」

「世界最先端の冶金学で作られた量産品だ。そこいらの職人では太刀打ちできない」

「なるほど、現実とは面白みのないものでござるなぁ……」

 

 オタザワはジロの刀に顔を近づけて眺める。ジロはそれを咎めることもなく黙々と作業をし続ける。

 一方、アカネとステラは露店を見て回っていた。

 

「見てステラ、このブローチ可愛いわ」

「本当ですね! こっちの髪飾りもいいと思います!」

「そうね、どっちも買おうかしら!」

 

 二人はきゃっきゃとはしゃぎながら買い物を楽しむ。久し振りの休息であり、ある種の最後の晩餐でもある。存分に楽しむつもりであった。そんな中、アカネはふと目に留まったアクセサリーを手に取り、試しに身に着けてみる。それは青い宝石がついたネックレスだった。

 

「お似合いですよ!」

「そう?」

「まああなた程度にならその安物でって意味ですけど」

「な、なんなの急に……!?」


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 時間は遡りアカネたちがドーンシャーを出発するぐらいの頃、キャメロットの王城は騒然としていた。

 

「このままではマティルダ様は助からないかもしれません」

「そんな……」

 

 執事の話を聞いている貴族風のドレスを着た日本人少女、サヤカは愕然としていた。愛する人の妹であり自身にもよく懐いていた王女マティルダは瀕死の重傷を負っていた。

 

「トウヤ、でしょうね」

「……その他に考えられないかと」

 

 ベッドに倒れ臥すマティルダは息も絶え絶えで、顔面に大痣が出来ていた。痛々しい姿に思わず顔を背けてしまうほどだ。

 

「治癒師を呼び寄せていますが、数日はかかるかと。侍医はトウヤ様に粛清されておりますゆえ……」

「サヤカ……お姉様……」

「喋らないで、今は安静にして」

 

 マティルダは何かを伝えようとするが、咳き込んでしまう。その様子にサヤカは思わず涙をこぼす。その様子を見たマティルダは少し驚いたような表情をする。そして弱々しく手を伸ばす。

 

「泣かないで、私なら大丈夫……だから……この通り……ピンピンしてる、から……」

「ピンピンとは程遠いよ……」

 

 彼女の手には力が入らず、サヤカの手を握れないようだった。それでも懸命に手を伸ばしてくる姿は痛々しく、見ているだけで心が痛む光景である。

 

「お姉様……約束……覚えてる……?」

「……約束?」

 

 何やら大事なことを言っているようだが、サヤカには心当たりがなく首を傾げる。その様子を見たマティルダは残念そうに笑う。

 

「覚えてない、か……ふふ、無理もないよね……」

「何の約束をしたの?」

「……えっちな本……見せてくれるって……」

「あ、ああ、アレね、うん、今執事さんもいるから聞くの後でいい!?」

 

 思わぬ発言に動揺して声を上ずらせる。そういえば以前そんなことを言った気がすると思い出し、余計に恥ずかしくなる。だが当のマティルダは気にすることなく言葉を続ける。

 

「でもいいよ、もう、見せてもらう必要なくなったから」

「どういうこと? もう必要ないって、どういう意味?」

「…………ごめん私もう」

「マティルダ、気を強く持って、死んじゃだめ」

「いや、もうこっそり見ちゃったから……」

「え!? ああ、そう、そうなの……」

「男の人同士が、裸で……」

「内容は言わなくていいから。あなた意外と元気そうねぇ」

「ピンピンしてるって、言ったでしょ……」

 

 しかし、その言葉を最後に意識を失ってしまった。それを見て慌てるサヤカだったが、すぐに落ち着きを取り戻す。彼女の心臓はまだ元気そうに動いていた。ピンピンしていた。

 

「……良かったぁ」

 

 そう言って安堵の息を吐くと、ベッドで眠る妹分を見つめる。その表情は慈愛に満ちており、心の底から心配していたことがわかる表情だった。

 

「とはいえ、内臓の損傷が激しいようで、いつ亡くなってもおかしくないかと」

 

 執事が深刻そうな表情で言う。それを聞いてサヤカも表情を曇らせた。

 

「……今から、回復魔法を覚えたりは出来ないの」

「トウヤ様が脅威になると、魔術師の殆どを遠ざけてしまいました。魔術師を志す見習いたちに秘密裏に訓練はさせていますが、一朝一夕ではとても……」

 

 それを聞いて落胆するサヤカであったが、希望は捨てていないようであった。

 

(トウヤ……もはや……いや、ずっと前から、見過ごすわけにはいかなかった)

 

 彼女は拳を握りしめて立ち上がる。その顔には決意の表情が浮かんでいた。

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