10.小さいのがお好き
宿の一室、ベッドにはステラが眠っており、備え付けのテーブルにジロとアカネが向かい合って座っている。
「どうして俺たちに話しかけた」
「それは……人間じゃないから……」
「ヘ、ヘイトスピーチ……!」
「いやそういう意味じゃなくて、その、人類種じゃないってこと」
ジロはじっとアカネを見つめる。彼女は少し居心地悪そうに目線をそらした。
「それで、続きは」
彼の言葉に促されて、アカネは再び語り始める。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
生徒たちが次に目を覚ました時にいたのは、ログレスと呼ばれる国であった。西方世界北西部に浮かぶ島々、グレートランド諸島東部の島、ブリソニア島南部の王国である。幸いにも、その国の王であるヘンリーによって彼らは発見され、保護されることになった。三十余名いたにも関わらず、ヘンリーは彼らを歓待した。かつては南の対岸に位置する魔王国の存在によって大陸と分断されており、大陸では龍教団に駆逐された稀人信仰が残っていたからである。とはいえ、文化や習慣の違いからくる齟齬により、トラブルが絶えなかった。ヘンリーの家族や臣下の不満は徐々に溜まっていった。
「稀人といえど所詮は子供ではないですか」
「彼らの知識は体系的に学ばれたものではなく、我々の手で活用するにはあまりにもあやふやです」
「この世の全ての薪をお使いになるおつもりで? それとも湯沸かし専属の魔法使いでも雇いますか?」
こういった忠言は、生徒たちの耳にも届いていた。これにより、元より自立心の高い者たちは王城を旅立っていった。残ったのはアカネを始め、数人ほどであった。彼らは現地の者に恩義があったり、既に深い関係を結んでいた者たちとその友人ら、そして現状維持を望む者である。
アカネには、親友サヤカがいた。彼女はヘンリーの息子、第一王子リチャードと恋仲にあった。二人の仲は周知の事実であり、ヘンリー王やアカネもそれを祝福していた。
「ちょっと! 長いんですけど!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「おはよう、ステラ」
「おはようございます! 前回からなんかつまらない話をずっとしてますねぇ!」
目を覚ましたステラは捲し立てる。
「人の話をつまらないというのは良くないな。お前はつまる人間なのかステラ」
「つまりまくりますよ!」
「……ステラは無視してくれていい。鳴き声みたいなものだから」
「きゃんきゃん!」
「そ、そうなんだ……えっと、それでね……」
アカネの話は続く。サヤカとリチャードの関係は良好だった。しかしそれをよく思わない人物がいた。
「それが、トウヤ、ってクラスの男子なんだけど……」
クラスの中でもとりわけ目立つ存在ではなかった。アカネは彼とはあまり会話をしたことがない、ただ教室の隅で静かにしているだけの地味な生徒だと思っていた。
「リチャードとサヤカの仲について、ちょっと口論になったのよね。多分、トウヤくんはサヤカのことが好きだったんだろうけど……」
彼は現地人との暮らしなど上手くいくはずがないと主張していた。実際のところ大きな間違いではない。倫理観、衛生観念、生活様式、どれをとっても異文化との交流は難しいものである。だが、そういったこと以上に、彼と彼女の関係を認めないという感情が大きかったのであろう。
「気持ちはわかるけど、急にそんなこと言っても仕方ないでしょ? それで、結局誰も耳を貸さなかったのよ」
「みみっちい男ですねぇ!」
「まあ、そう言ってやるな。それで」
ステラはニチャニチャした笑みでトウヤという青年を嘲る。人の悪口を言っている時が一番イキイキしているクソエルフをジロは窘めながら話の続きを促す。
「それから、ヘンリー王の容態が急に悪くなって、それまで健康だったのにだよ? あっという間に亡くなってしまった……」
「暗殺か」
「そう考えるよね、普通。そしてリチャードが即位するには幼すぎた。まだ成人前だったから。ヘンリー王の奥さん、エレノアさんと宰相のウィンストンさんが合同で政治を取り仕切る、と思ったんだけど」
「どうなったんですか?」
「トウヤくんが、国王の代理に選ばれた」
もちろん、リチャードや王族、臣下たちのみならず生徒たちも抗議を行ったが、次第にその声は小さくなっていった。稀人であったことと、彼が女神から得た能力を誰も知らなかったことが理由であった。
「多分だけど、とんでもない、現状を変える力を貰ったんだと思う」
国王代理になってからのトウヤは、まずリチャードとサヤカの仲を引き裂いた。国王代理の権限によりサヤカはトウヤと結婚させられてしまったのである。
「ほら! みみっちいカスみたいな男って言ったでしょ!」
「そうだな。お前の言うことが正しかった」
貴族、封臣たちの権力を引き剥がし、中央集権化を推し進めていった。強引な改革に反対した人々は人知れず殺害されていった。ヘンリーの妻、エレノアは最後まで抵抗を続けたものの、ある日忽然と姿を消してしまう。後に残された子供たちにできることは何もなく、王城に軟禁状態になってしまった。
「それで、私はこっそりこっちの大陸に渡ってきた。助けを求めるためにね。他のみんなはこれ以上状況が悪くならないように頑張ってくれてるはず」
「……なるほど」
ジロは腕を組み考え込むようにする。ベッドではステラがうつ伏せになり再び眠ってしまっていた。アカネはそれを無視して続ける。
「私なら、道中で少なくとも殺されることはない。事実、魔物に遭遇してもなんだかすぐ懐いてばかりで。でも盗賊とか、人間っていうか人類種は……その、好意を持たれるとなかなか逃してくれなくて……」
「そうか」
「……でも、お陰で路銀には困らずに済んだから!」
アカネの服は少し汚れているように見える。それは彼女が旅をしてきている証拠だと思われた。ジロは黙って立ち上がる。そのままベッドに腰掛け、眠るステラの頭を優しく撫でた。
「で、どうしてその話をする」
「それはもちろん、助けて、欲しくて……」
「見返りはあるのか」
「……」
少し沈黙が流れた後、彼女は意を決したように口を開く。
「私が持っているものを全て渡すわ。それに、私の身体も好きにして構わない」
彼女は自分の胸に手を当てる。ジロは無表情のまま彼女を見続けている。そして、しばしの間をおいて口を開いた。
「ダメだな」
彼の返答を聞いて彼女は落胆したような表情を浮かべた。
「わかった……ごめんなさい、変なこと言ってしまって」
「おっぱいが大き過ぎる」
「もうっ! こっちは真剣なんだから!」
彼女は顔を赤くしながら怒るような素振りを見せた。だがすぐに諦めたような表情に変わりため息をつく。そして寂しげに微笑むと立ち上がり、出口へと向かい歩き出した。
「助けないとは言ってない。こんな話を聞かされて見捨てるほど薄情ではないし、ステラもそうだ」
「いや私なら見捨てますね」
「ステラは違うようだ。とにかく、王族を助けるのなら報酬はそっちに相談した方がいいだろう」
アカネは振り返り嬉しそうな顔を見せた後、深くお辞儀をした。
「ありがとう……本当に……!」
「礼はいい。それよりもこれからのことを考えたい」
かくして、アカネがパーティーに加わり、ログレスの危機を救う事になった!
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