gdgd王宮スキャンダルの章

9.怪しい人についていってはいけません

前章のあらすじ

 ジロさんの筋骨隆々の体は、私の情熱の炉に火をくべるには十分でした。その声も、吐息も、匂いも視線も、今や火を大きくするための燃料でしかありません。彼の大きな体が密着し、私を押し潰そうとしているにもかかわらず、私の鼓動は高鳴り、期待感が迸ります。私の指で、彼の体の傷をなぞるとくすぐったそうにします。それを見ると心がふわふわするような、愛しい気持ちが溢れて、なんだか恥ずかしいような心地で、彼の胸に顔を当てて隠してしまうのです。すると彼の手が私の…

「ぎゃっ!! 私の妄想日記勝手に読まないでくださいよ!!」


本当の前章のあらすじ

 家出少女ステラは宛てなく彷徨い、西の港町で捨鉢になっていた東方の狼人の男ジロと出会った。なんとなく意気が投合したような感じになり、行動を共にすることになる。ステラにとっては伝説の始まりであり、ジロにとっては孤独の終わりを意味した。何をするにも金が必要ということで、二人は冒険者として生計を立てようと試みる。いくつかの依頼をこなし、乳首ねぶりドラゴンをも屠ると、ギルドの受付嬢で貴族の令嬢であるファフラに目をつけられる。彼女の依頼により廃坑のゴブリンを掃討、新たなダンジョンを発見することで彼女の家はなんとか立ち直ることができた。多額の報酬を手に入れた二人は夜の街へと消えていった……。


⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺⸺


 半月ほど、二人は自堕落な生活を送っていた。ファフラからの依頼で受け取った報酬はかなりの金額であり、暫く働かずとも生活出来るほどであった。

 

「働かずに食べるご飯は格別ですねぇ」

「どうかな」

 

 酒場で食事をしながらそんな話をする二人だったが、ジロはどうにも浮かない顔をしていた。その様子を不審に思ったのか、ステラが彼に声をかける。

 

「どうしたんですか?」

「金がもうあんまりない」

「なんですって!?」

 

 毎食贅沢な食事を取り続けた結果、二人の財布はあっという間に軽くなってしまったのである。

 

「……カーレ港に行くか」

「ああ、ファフラさんが言っていたところですね」

 

 カーレ港とはエスベリア半島北西部に位置する伯爵領の領都であり、奴隷交易の総本山にして世界有数の造船業を誇り、西方世界の更に西の西に浮かぶ大陸、南北極西大陸との貿易の玄関口である。数多くの商人たちが集い、活気あふれる場所であった。

 

「まさか、買うんですか奴隷!? 欲しかったんですよねぇ!」

「買わない。商売の都だ、きっと稼げる仕事が山程ある」

「ちぇー」

「とにかく行くぞ」

 

 二人は席を立ち、旅立つ準備のため店を後にする。

 

「お客さんお金ーーーっ!!」


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 数日後には、残った金で買った馬に乗り、カーレ港への旅路についた。西岸の街道を通り北上する。

 

「二人乗りはおんまさん可愛そうです! ジロさん降りてください!」

「お前一人で乗れるのか」

「……やっぱ降りなくていいです!」

 

 途中の村々で雑用をこなし路銀を稼ぎつつ進むこと二週間、ようやく彼らはカーレ港へとたどり着いた。長旅に鍛え上げられたステラはムキムキになっていた。

 

「力こそがパワー……」

「まだ持ってたのかその肉襦袢」

 

 途中で拾った肉襦袢を着ているだけであった。

 カーレ港は多大な人口を擁する都市であり、街全体に巨大な屋敷、商館がいくつも列なって建っている。まるで迷路のような構造をしており、初めて訪れた者はまず間違いなく迷うと言われている。様々な国から流れてきた者たちが集まっているため、多種多様な人種が行き交い、とても賑やかである。ステラは目を輝かせて辺りを見回す。

 

「栄えているな。華国の首都ほどではないが」

「すごいですねぇ」

「冒険者ギルドを探すか」

 

 早速、ギルドへと向かう二人であったが、そこで問題が発生する。

 

「おい姉ちゃん、俺らと一緒に飲まねえかい?」

「すげえ筋肉だ……」

 

 ステラが酔っ払いたちに絡まれてしまった。

 

「あ、これ肉襦袢です、差し上げますよ!」

「いいの!? やったぁーーー!!」

 

 脱いだ肉襦袢を受け取った男たちは喜んで去っていった。

 

「このくだり、いるか」

「この世に無駄なものなんて一つもないんですよ!」

「……そうかな、そうかも」

 

 ギルドに辿り着くとそこは賑やかだった。大勢の冒険者たちが集まっており、酒を飲んだり、掲示板を見たり、乱闘したりしている。テーブルが足りないのか立って食事をしている者も多い。受付嬢も何人もいて忙しそうに働いている。

 

「人が多いな」

「そうですねえ」

 

 とりあえず依頼を見てみようと、掲示板に近づこうとする二人だったが、後ろから声をかけられた。

 

「そこの二人、ちょっといい?」

 

 振り向くとそこには小柄な女性がいた。西方世界には珍しい、黒髪と黒目、少し黄色い肌、さながら東方の人類種である華人のようであった。年齢は十代半ばのように見え、使い古されたマントの下は白と暗い青の生地が使われ胸の中心には赤いリボンをあしらえた奇妙な服装で、正味な説明をするならセーラー服であった。そして背中には大きな袋を背負っている。

 

「華人……」

 

 振り返り、彼女の顔を見るなりジロは拱手して頭を下げる。

 

您好やあどうも我們在這麼西邊的地方相遇かような西の端っこで出会うとは真是太巧了奇遇なことですなぁ

「えっ!? なになになに!?」

 


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 彼女に連れられ近くの酒場で話すことになった。

 

「そうか、稀人か」

 

 久々に東方人に会えたと思っていたジロはちょっと耳と尾をヘタらせてションボリしている。

 

「そ。いわゆる転移者ってこと」

 

 彼女は自らをアカネと名乗った。この世界とは別の世界からやってきた人間らしい。

 

「それじゃあ、なんかすごい力とかお持ちなんですか!?」

「いや、私はそうでもないかな……強いて言うなら、初対面の人に好意を抱かれるってぐらい」

「言われてみれば私アカネさんのことめちゃくちゃ好きですねぇ!」

 

 二人とも、急に話しかけられても警戒心を抱かずに普通に会話できている。

 

「それでも限界がある……。それで、ダメ元でなんだけど、話聞いてもらってもいい?」

 

 そうしてアカネは二人に自分の身の上話をし始めた。

 

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 

 話は半年ほど前に遡る。ある日、高校での自習の時間、突然教室全体が光り始めたと思ったら、気がつくとさながら宇宙空間のような場所にクラス全員が放り出されていたという。そしてみなの前に立っていたのは如何にも胡散臭そうな(アカネの主観である)ローブを着た女性であった。女性は異世界召喚を行ったのだと告げた。

 

「あなた方には、こことは違う別世界へと行ってもらいます」

 

 当然のごとく混乱が起こる中、女神を名乗る女性は説明を続ける。この世界では人は龍を信仰し、神々への信仰心が薄れ、危機的な状況であること。別の世界を救い、人々の信仰心を取り戻すことが急務だということ。そのために自分たちが選ばれたということ。

 

「でもそれはそっちの都合だろ、俺たちの生活はどうなる!?」

 

 クラスのリーダー格の男が叫ぶと他の生徒からも次々と声が上がる。だが、女は不敵な笑みを崩さない。

 

「退屈、だったのではないですか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、彼らの頭に衝撃が走った。確かにそうだ、彼らにとって、日常とは刺激のないつまらないものだったのだ。学校に行って勉強をして、家に帰ってのんびりするだけの毎日。この年頃の少年少女にはそのつまらない日常のありがたさが分からないものだ。だからこそ彼らは、異世界に行くという非日常に何らかの期待をしてしまうのだった。やがて騒ぎ立てる声は収まり、皆は黙ってしまった。その様子を見届けた女は言う。

 

「これから向かうところは、空にはドラゴンが舞い、地には魔物も住まい、魔法が当たり前のように存在する剣と魔法のファンタジーの世界です。お嫌いですか?」

 

 女の言葉に、生徒たちは思わずゴクリと唾を飲む。今まで生きてきた現実世界ではありえないような世界がそこにあるというのだ。興味がないわけがないだろう。

 

「しかし残念ながら、部族制と封建制の時代であり、奴隷制度や疫病なども蔓延っているのも事実です。決して楽な旅路ではないでしょう」

 

 さらに続けられた言葉に、今度は動揺が走る。そんな危険な世界に送られるのかと不安になる者もいたが、一方で好奇心を抑えられない者も少なからずいたようだ。そんな中、一人の女子生徒が挙手をした。彼女は学級委員長であり、クラスの中心人物でもある人物だ。

 

「ただ送り込むだけじゃ、野垂れ死にするだけじゃないですか!?」

 

 彼の言葉を受けて、周囲の者たちもざわめきだす。たしかにその通りだ、このままでは何の力も持たないまま死んでしまうかもしれない。そんな彼らに、女は提案する。

 

「ではこうしましょう。あなた方に祝福を与えます。まず、言葉が通じるようにしましょう。それから、それぞれに一つだけ類まれな素質、俗っぽい言い方をするのならばチート能力を授けます」

 

 その言葉に、ある者は喜び、またある者は不満げな顔をする。

 

「ただし、どんな能力を得るかは私にもわかりません……ですが、当人の素質を数値と文章にする魔法を編み出しこの指輪に封じ込めました」

 

 生徒たちの指にはそれぞれ水色の指輪がはめられていた。

 

「強く念じるのです」

「ステータスオープン!」

「あ、そういう感じではないです。もっと頭の中でイメージを膨らませる感じでお願いします」

(ステータスオープン)

 

 脳内で唱えると、目の前に半透明の画面が現れる。まるでゲームのようだとアカネは思った。それぞれの素質が数値で表されており、また人種や育った文化が記載され、スキルと呼ばれるものが書かれている欄もあった。

 

「これ、数字だけど基準がわからないんですけど」

「おやおや、そうですか……今度改良を加えなくては」

 

 とある生徒の問いに対して、女は答えた。どうやら彼女の意思で表示されるものを変えられるらしい。そして彼女は続けて言った。

 

「あなた方には使命を与えます。私の名を広め、信仰を取り戻すことです。手段は問いません、知識を使い、力を使い、邪悪な龍の信仰をこの世から拭い去ることです」

「それってつまり、布教しろってことですよね? なんで私たちがそんなことを……」

 

 女の説明を聞いていた生徒が思わず反論するが、女はまたしても不敵な笑みを浮かべる。

 

「誤魔化す時その顔するのやめろ!」

「さあ、行きなさい。あなた方は自由です、我が信仰を広めるのなら……」

 

 女がそう言うと同時に、彼らは光に包まれた。次に目を開けた時には見知らぬ土地にいたのである。


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 

「……というのが私がこの世界に来るまでの経緯なんだけどさ」

 

 話し終えたところで、アカネは二人の方を見る。ジロはずっと黙ったまま話を聞いていたのだが、ステラはテーブルに突っ伏していびきをかいて寝ていた。

 

「続きは宿で聞かせてもらっていいか」

「うん……」

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