8.挨拶ができる人間は工事もできる


 一行は廃坑内のゴブリンをなんとか一掃し、一息つくことが出来た。


「でですね、でですね、そこで私が鎌と鎚を取り出し言ったんです、『ここいらが年貢の納め時だ』。そして目にも留まらぬ速さでシュッシュッと投げつけてやったわけですよ!」

「そうか」

 

 ステラは興奮した様子で先程の戦いの様子を語り聞かせている。対するジロはあまり興味なさそうに相槌を打つだけであったが、それでも構わず喋り続けていた。その様子はまるで飼い主に褒めてもらいたい子犬のようである。なお、その2匹以外のゴブリンはすべてジロが始末している。

 

「さて、これからが大変よ」

 

 ファフラが背負っていたリュックから箱を取り出す。中には魔石の取り付けられたランタンが入っていた。

 

「明かりがまだ必要ですか?」

「これは特注の魔導具よ。鉱脈を探してくれるわ」

 

 ランタンに明かりを灯すと、彼女は壁を照らし始める。

 

「鉱脈が残っていれば青く光るらしいけど……」

 

 しばらくランタンの明かりを頼りに壁を調べて回るも、特に変化はない。

 

「……ここには無いわね、更に奥の方へと行きましょう」

 

 ゴブリンの死体を跨ぎながら一行は奥へと進む。

 

「探知範囲はどれくらいです?」

「さぁ、一番安いものを買ったから」

 

 魔導具とは、魔石の取り付けられた特殊な道具のことである。魔石とは、多くの場合ダンジョンにて発見される魔力のこもった鉱物であり、魔法を封じ込め道具に不思議な効果や性質をもたらしたり、粉末にして吸うと気分が良くなったりするのである。乱用ダメ、ゼッタイ! 薬物としての使用が蔓延することをある程度制御する目的に加えてそもそもの産出量が少ないがために非常に高価格で取引される。冒険者たちも、使うより売ったほうが遥かにお得であるため大人しくギルドに買い取ってもらう者が殆どである。当然、これが使用される魔導具は更に高額である。

 

「それでもギルドで働いた分のお金を殆ど持っていかれたわ」

 

 そう言ってファフラは苦笑する。

 

「……もし、見つからなければ」

「そういうこと言わないでよ」

 

 それからさらに奥へ進む。ゴブリンたちの生活の跡を掻き分けつつ進んでいくが、徐々にファフラの表情は曇っていく。

 

「無い……無いわ……」

「もう少し探してみましょう」

「……ええ」

 

 そしてついに最奥まで来てしまった。そこには大きな空洞が広がっており、どこからか水が流れてきており、川のように流れていた。

 

「ここが最後みたいですね」

「そ……そんなぁ……」

 

 ここまで来て何も見つからないとなると流石にショックが大きいらしく、ファフラは完全に意気消沈していた。

 

「やっぱり、父は騙された……平民なんか信じたあの人が馬鹿だったのよ借金なんて背負って……私のこれまでの働きは全部無駄だった……」

 

 膝をつき、両手で顔を覆う。そんな彼女をステラはジッと見つめる。

 

「ジロさん、今優しくしたら抱けるんじゃないですか?」

「よくない冗談だステラ」

「もうっ、それでいいからっ、私に優しくしてっ!」

「だいぶ凹んでますね……」

「うん」

 

 とりあえず2人で彼女の頭を撫でてみる。すると彼女は少し落ち着いたのか、そのままされるがままになっていた。

 

「うぅぅ〜〜〜〜……」

 

 暫くの間撫で続けると、ファフラは少し顔を赤らめながらも立ち上がった。

 

「ごめんなさい、みっともないところを見せたわね」

「いえいえ、誰にでもそういう時はありますよ。バラされたくなかったら口止め料ください!」

「ジロさんも、ごめんね」

「無視ですか!」

「……諦めるにはまだ早いようだぞ」

 

 ジロは流れる水の底に手を入れ、砂を手のひら一杯に取り出す。それを軽く絞ると、キラキラと輝く小さな粒が出てきた。

 

「それは……?」

「ランタンの光を当ててみろ」

「あ、青くなった……これは一体?」

「さあ、砂金とかじゃないか」

「わからないんかい!」

 

 彼は立ち上がり、流れる水の上流を見つめる。薄暗く様子がどうなっているかは一見してわからない。

 

「この水は、ここではないどこかから流れてきているようだ」

「……空間の裂け目が出来ている」

 

 宙空がさながらガラスのように割れ、その中に暗闇が覗いており水が漏れ出てきていた。

 

「俺もこのタイプを見るのは初めてだが、おそらくダンジョンだろう」

 

 鉱山が放棄された後だろうか、それともこれが出来たゆえに放棄されたかは不明だが、魔力の吹き溜まりが発生し、ダンジョンが生成されていた。ファフラの顔にひと時歓喜の色が戻るも、すぐに暗い表情に戻った。

 

「でも、探索するための費用なんて残ってないわ……今回あなた達に支払う報酬で手一杯よ」

「別にファフラさんが探索する必要はありませんよ! 私有地なんだから入場料を取ればいいだけです!」

「僻地だろうが、新発見されたダンジョンだ。冒険者は必ずやってくるし、すぐにお釣りが来るほど儲かるさ」

「そっか、なるほど、確かにその方が良さそうね」

 

 その後、一行は何日か滞在し、坑道内外の整備を行うことにした。

 

「挨拶出来ないやつは工事も出来ませんよ!」

 

 ステラは現場監督を名乗り作業を手伝わず、二日目にファフラに思いっきり頭を叩かれようやく手伝うようになった。

 

「ぶった! 本気でぶった!」

「ごめん、つい」

 

 三人では大きな工事は出来ず、作業効率は非常に悪かったが、なんとか最低限の環境を整えることが出来た。ゴブリンのいた痕跡を片付け、簡単な道を整備しただけであったが、以前よりは見栄えも良くなった。

 

「なんか、もう満足したわ……」

「これからですよファフラさぁん!」

「いや本当にもういいわ……冒険者って体力あるのね……」

 

 疲労困憊といった様子で彼女は座り込む。その様子を見て、ジロとステラは顔を見合わせ肩をすくめた。


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 ギルドに戻り、ダンジョンの出現を報告すると、冒険者たちは大いに色めき立った。また、彼女は家族たちにも報告をしたようで、兄弟たちも人員を引き連れてダンジョン周りの整備や建設、そして商売の準備を始めた。半年もすれば入場料と商取引による収益で借金を返済するのに十分な額を稼ぐことが出来るだろうとのことだった。

 

「お世話になったわ、ジロさん、ステラ」

「こちらこそ、報酬を増額してもらって助かりましたよ。もっとくれてもいいと思いましたけどねぇ!」

「……ごめんね、最初あなたたちを騙すようなことをして。どうしても、あの魔導具を買うためのお金が必要だったの」

「別に構わん。元より冒険者などその程度の地位だ」

「卑下することはないわ、あなたたちは私たちカディール家のためにすごい事をやってくれた」

「ゴブリン退治してちょっと整備を手伝っただけだ」

「それでも、感謝してる」

「ジロさん! お礼も含めて貰えるものは素直に全て貰っておくべきですよ!」

「……お前は少しは遠慮した方がいい」

 

 そう言って彼は肩をすくめる。

 

「それじゃあね、しみったれた狼人さんと、おバカなハイエルフちゃん」

「最後にひどい悪口です! どう思いますかジロさん!」

「傷ついた」

 

 そうしてファフラは去っていった。彼女が去った後、残された二人は宿へと戻り、ゆっくりと休むことにしたのだった。


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