7.まさかの時の赤いやつ


 ファフラに案内され、一行は廃鉱山へと向かう。僻地のようで、それなりに遠い道のりであった。一週間ほど旅を続けており、その日も野営であった。

 

「あと数日もすれば辿り着くはずよ」

「わっ、なんで急にタメ口なんですか?」

「あなたが言い出したんだけど……ていうか私これでも貴族なんだけど、不遜じゃない?」

「ひぃっ! 履き物お舐めいたしますぅ!!」

 

 慌ててファフラの足元に跪く、あまりにも権力に弱いステラであった。そんなおしゃべりをしているうちに、ジロが斥候から戻ってきた。

 

「この辺りは安全だろう。臆病な魔物しかいない」

「ガルルルゥ!!」

「めちゃくちゃ襲われてますけど!?」

 

 彼の頭には虎のような魔物が噛み付いており、血が流れ出ていた……。

 

「どうりで頭が重いと思った」

「早く追っ払ってくださいよ!」

 

 虎の魔物を追い払い、食事を取る。普段のシケたものと違い、ファフラの用意した食材は見事なものである。白パンや家畜、家禽の肉、栽培された甘い果実などは庶民や冒険者ではなかなか口にできるものではない。

 

「柔らかいお肉! パン! 素晴らしいですね!」

 

 かってぇ黒パンや得体の知れない魔物の肉に慣れた二人の口も、この上なく柔らかくて美味しい料理には感動を禁じ得ない。

 

「もうずっと廃坑に辿り着かなければいいのにですねぇ。そしたら毎晩この食事ですよ! 貴族は羨ましいですねぇ」

「少し長い旅になりそうだから奮発しただけよ。私も毎食は食べてないわ」

「嘘つかないでください! ゆ、許せん! 許せんぞブルジョアジー! 革命を起こしましょう!」

 

 どこからか取り出した鎌と鎚を取り出しカンカンと鳴らし、威嚇する赤いエルフ。

 

「はぁ……この子うるさいわね。ジロさんもいつも大変でしょ?」

「否定は出来ない」

「否定してください!」

 

 騒ぐステラと、それを無視して静かに食事をする二人。道中はずっとこんな調子であり、幸いにも魔物に襲われることもなく順調に進んでいた。そして、ついに目的地へと辿り着いたのである。

 


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 山の中腹あたりの整備されたような道を辿ると、壊れた扉があった。扉の前には小さな骨が散らばっており、地面に突き立てられた杭の先に獣型の魔物の頭蓋骨が飾られている。

 

「ゴブリンの縄張りになっているようだ」

「ゴブリンですって!?」

 

 ゴブリン、小さな人型の魔物であり、亜人族と呼ばれる魔物の種の中でも代表的な存在である。ある種のマスコットとも言える。

 

「言わないでしょ!?」

 

 マスコットとまでは言われていない。亜人というのはあらゆる人間種から何らかの呪いで魔物化した存在あり、ゴブリンがどの人種から亜人になったのかは政治的な都合もあり学者たちの中でも意見が別れている。十数年前まではハイエルフから亜人化した存在であるとされていたが、近年になってからのハイエルフの学者による猛反発、むしろ人類種に性質は似ているとの反論を受け検証が進められている。もちろん両者とも自分たちが醜悪なゴブリンの産みの親だとは認めたくないのである。ゴブリンは多くの場合、狡猾で残忍であるが、地域によっては文化的な性質を示す群体も確認されている。

 

「黙って出て行ってくれるとも思えない。ファフラは戦えるのか」

「自分の身ぐらいなら守れるわ」

「ステラ、足手まといだ」

「突然酷いこと宣言しますね!? 事実ですからしょうがないですけどね!」

 

 戦闘経験のない二人は戦力として数えられない。いつものようにジロ一人が対処することになる。壊れた扉を静かに解体し、中へと侵入した。坑道の篝火がいくつか灯されているが、それでも暗く見通しが悪い。

 

「暗いですね」

「ファフラ、傍を離れるな」

「う、うん……」

 

 ファフラは言われた通り、ジロの腕にしがみつく。それを見たステラはまた腹を立てた。

 

「何いい感じになってるんですか! 私にも『ステラ、抱きしめてやる』って言ってください!」

「ステラ」

「はい!」

「………………」

「……え!? 呼んでおいて無視ですか!?」

 

 構ってやると嬉しくなっちゃうメスエルフを無視して暗闇を進むと、やがて大きな空洞に出る。中心辺りにある焚き火を囲んでゴブリンたちが集まって宴会をしていた。ジロたちは近くの岩陰に隠れて様子を覗っている。

 

「あれがゴブリン? 本当に小さいのね」

「チビでも凶暴だ。二人は下がっていてくれ。ステラ、ちゃんと依頼人を守れよ」

「私の心配をして欲しいです、今日のジロさん冷たいですぅ!」

「報酬貰えなくなるぞ」

「全力でお守りします!」

 

 小声で会話を交わし、二人が後ろに下がると、ジロは刀を抜き飛び出した。音もなく忍び寄り、一番近くにいたゴブリンの首を切り落とす。

 続けて隣にいた別の個体も一閃の元に切り捨てる。異変に気付いた他のゴブリンたちが騒ぎ始めた。

 

「ギャッギャッ!」

「不意打ちしか出来ないざぁこ♡ 正々堂々戦え♡」

「メスガキみてーなゴブリン」

 

 ジロは驚愕しつつも冷静に敵を観察する。どうやらこのゴブリンたちは知能が高いようで、仲間がやられたというのに狼狽えることなく武器を構えていた。更に奥から続々と増援がやってくる様子が見えた。

 

「その方が探す手間が省ける」

「ギギィ!!」

 

 さあ、戦いだ!


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 ジロが戦っている様子を見守っていたステラとファフラであったが、突如現れた2匹のゴブリンによって彼女たちもまた危機に晒されることになる。

 

「見てください! パイプレンチを持ってますよ!」

「なぜパイプレンチを……」

 

 鳴き声一つ上げず無言で迫ってくるゴブリンに怯えながら2人は狭い坑道を走る。逃げ込んだ先は行き止まりであった。

 

「ど、どうするんですかこれ!?」

「どうしようかしら」

 

 壁に穴でも開けられればよいが、そう都合良くはいかない。じりじりと迫るゴブリンたちに追い詰められていく二人。

 

「退きなさいステラ、私がやる」

「駄目です、報酬がもらえなくなります!」

「生き残らなきゃ一緒でしょう?」

「いえ、私にはアレがあります!」

 

 ステラはどこからか鎌と鎚を取り出した! デェェェェン!と効果音が鳴ったかのような錯覚を覚えるポーズでそれらを掲げる。

 

「行きます! 必殺超革命的エルフのスーパーウルトラデラックス…」

「いいから早くしてちょうだい」

「えっと、ちょいやー!!」

 

 急かされた彼女はその2本をゴブリンめがけて投げつける。回転する二つの凶器は、見事にゴブリンの頭部に命中する。

 

「ぐげっ!?」

「あばあぁぁ!」

 

 2体のゴブリンは脳漿をぶちまけて倒れた。血飛沫が飛び散り、あたり一面が真っ赤に染まる。

 

「……すごい! 私って天才では!? 『無能だと故郷を追放されたエルフですが、投擲スキルで無双します。〜帰ってこいって言われてももう遅いし、故郷を愛すことはない〜』始まっちゃいますか!?」

「始まらないわよ……でも、助かったわ。ありがとう」

 

 ファフラは素直に感謝の意を伝える。命の危機を脱した安心感からか、その表情には安堵の色が浮かんでいた。

 

「今後は『ゴブリンキラー・ステラ』とお呼びください……」

「じゃあ縮めてゴリラって呼ぶわね」

 

 そんな会話をしていると、遠くの方から何かが走ってくる音が聞こえた。ジロだ。

 

「大丈夫か二人とも」

 

 ジロは全身に返り血を浴びており、手に持っている刀からは血が滴っていた。少し慌てて走ってきた様子の彼を見てステラはニチャァ……と笑みを浮かべる。

 

「んふふ、私の心配をしたんですかぁ?」

「そうだ」

「ひど……えっ、そ、そう、ですか……」

 

 突然の肯定に顔を赤くしながらもじもじとするステラだったが、ジロはそれを無視して尋ねる。

 

「どちらも怪我はないか」

「ええ、おかげさまでね。ステラがやってくれたわ」

「……そうか」

 ジロは少し安心したような表情を浮かべた後、ステラの頭を優しく撫でる。

「えへへ……うわっ、血がべっとりついた!!」

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