4.お金が大事


「はい、あ〜ん」

「い、いや、もう手は動くんだが……」

「いいからいいから!」

 

 ジロは村民たちにモテていた。そもそも旅人が立ち寄ることも少ないこの村では、余所者というだけでも珍しい。しかも村の危機を救ってくれたとなれば、感謝と尊敬の念を抱くのも当然だろう。療養のために用意された部屋は村民たちですし詰めになっていた。部屋の温度は上昇し、さながら蒸し風呂のようになっていた。狭い!

 

「ケモノの兄ちゃん! 俺にもあの魔法みたいなの教えてくれよ!」

「あれは特殊な修行をしないと……」

「今夜、私の家に来てください!」

「えっ、そ、その、困る……」

 

 なんとも賑やかなその光景を憎しみのこもった目で見つめる者がいた。当然、ステラである。

 

「本来なら、崇め奉られるのは私のはずでは?」

「お前は何もしてないだろチビ! 見てたぞ!」

「くっ、見られていたとは!」

 

 そう、彼女は討伐の時もこの数日の間にも、何もしていなかったのだ。それどころか、ジロに媚びを売るかのような村人達に白い目を向けていたのだ。なんと浅ましいことか!

 

「ちくしょ〜〜〜! 散れ村人ども! 部屋から出ていくんです怪我人なんですよ!」

 

 彼女は駄々をめちゃくちゃに捏ね、村人たちを追い出したのだった。その地団駄はさながらタップダンスのようであった。白鳥のようでもあった。知らんけど。

 

「全く、ここに骨を埋めさせるつもりですよ連中。とっとと帰って次のお金稼ぎに行きましょう」

「俺が困っているのを見て気を遣ってくれたのか?」

 

 嬉しげな表情を見せるジロを見て、小っ恥ずかしくなったのかステラは彼の手のひらに拳を振り下ろす。ペチン、と音が鳴り、彼の表情には困惑の色が混ざってしまった。

 

「そういうわけでは決してないです」

「そうか……ありがとう」

「でも賛美の言葉ならどんどん言ってくださいねぇ!」

 

 その晩、二人はこっそり村を抜け出した。ステラが金目のものを持ち去ろうとしたのを慌てて止めたりとひと悶着あったが、なんとかバレずに脱出することが出来た。


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 

 

 街道を一晩中歩き、明け方になる頃には元の港町に辿り着いた。

 

「疲れましたねぇ、むにゃむにゃ」

「……」

 

 ステラはずっとジロの背中におぶさっていたので疲れている様子は全くなかった。むしろジロの方が疲れていて今にも倒れそうだった。

 

「さあ、早く報酬を手に入れましょう! 今回は討伐の証拠品も抜かりはないですからね!」

「……ああ、そうだな」

 

 もはやジロには文句を言う元気もなかった。ギルドに辿り着き、報酬を受け取る。ステラは元気いっぱいなので、報酬に文句を言っていた。

 

「距離もあって、危険な目にあって、銀貨数枚足らずとは! 世の中どうなってるんですか!」

「そういうものだ。冒険者というのはな」

「もっとこう、ドカッと稼げる仕事はないものですかねぇ」

「それならば、良い仕事があります」

 

 二人の会話に受付嬢が割って入る。自信満々といった顔だ。

 

「お二人が依頼に出ている間に入ってきた仕事です、キツイお仕事ですが、最大で金貨2枚!」

 

 金貨2枚! これは日本円でおよそ60万円弱ほどになる。

 

「最大で?」

「是非とも受けてくださると助かります」

「最大でというのが気になりますけど」

「是非お受けください!」

 

 有無も言わさぬ圧を送ってくる受付嬢に二人はちょっとヤバそうだな、と気を引き締めた。そのまま押し問答が続けられたが、結局金貨2枚の魅力には勝てず、彼女の依頼を受けることとなった。


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 

 

 二人が渡されたのは、印の描かれた地図と名簿であった。印はダンジョンを指し示している。そして名簿には、このダンジョンからの未帰還者の名前が載っているようであった。

 

「最大で、というのはこういうわけか」

 

 ダンジョンとは、自然界に存在する魔力の吹き溜まり地点によく発生する異常空間のことである。一見して洞窟のようにも見えたり、歪な形の要塞のようであったり、単なる平野にしか見えなかったりとその様相は様々で、内部にはあらゆる動植物や魔物、建築物や罠、宝石、ドレス、ジジイなどの森羅万象が異常生成され、一つの世界が作られているとさえも言われている。奥地に眠る財宝や魔法物品は価値が高く、一攫千金を狙う者たちがこぞって訪れる場所でもある。周辺に住む者たちにとっては重要な資源であり、時には魔物による被害をもたらす災いでもある。集落に近いものはその地の自治体によって管理されていることが殆どで、多くの場合は入場料金に加えて身分証明と支給される認識票の携帯が必要となる。全てのダンジョンが、それなりの運と実力を兼ね備えていなければ危険な場所であり、潜って2週間ほど音沙汰がなければ生存は絶望的とされている。

 

「つまりは、死体集めですね!」

「……まだ死んだと決まったわけじゃない」

 

 この名簿には、その2週間のラインを越えた者たちの名前が書かれていた。全部で12人分の名前があり、性別や年齢、出自は様々であった。


「荷車借りられてよかったですねぇ」

「……」

 

 ジロは荷車を手ずから引いていた。人夫を雇ってもよかったが、危険なダンジョンには連れて行くべきではないと彼は判断した。ステラは荷車に乗ってくつろいでいる。

 

「このまま、お前をどこかに売りに行こうか……いや、売れないか」

「売れますよ! 金貨50枚!」

「お前を傍に置くなど、よほどの物好きしかいない」

「そんな、こんなにド美人なのにィ……!」

 

 そんなことを話しながら進むと、市場のような賑わいが見えた。ダンジョン市と呼ばれる、ダンジョンの入り口付近で開かれる露店市のようである。装備や食糧品などの屋台が立ち並び、冒険者らしき者たちが行き交っている。2人は宿屋らしきテントを見つけ、そこに一晩泊まることにした。

 

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