3.丸くて素早いハリネズミ


「全く、一晩寝ただけで彼氏面ですかぁ!」

「……何の話だ急に」

 

 ステラとジロは冒険者ギルドで受けた依頼のため、港町近郊の農村へと向かっていた。当然、馬も馬車を用意する金も無いため徒歩である。半日程度の距離なので、のんびりと歩きながら進むことにした。道中のステラはとにかく喧しかった。

 

「ベッドはお前が占領しただろ、俺は床で寝たぞ」

「はぁー。全く。枯れてるんですかねぇ? こんな美少女と宿を共にして」

「誰が寝たのかも綺麗にしてあるのかどうかもわからんベッドよりは床の方がマシだったがな」

「……体中痒くなってきました!!」

 

 軽口を叩きながら歩いているうちに、目的の村が見えてきた。村は帝国時代に作られた大きな街道沿いにあるものの、特にこれといった特産品も無く、人口も少ない小さな集落であった。とはいえ街道が近くを通っていることもあり、時折訪れる商人たちのおかげで細々と暮らしているようであった。

 村民らしき人物が数人、畑作業をしている姿が目に入る。そのうちの一人がこちらに気付き、声をかけてきた。

 

「おーい! あんたら冒険者かい?」

「そうだ」

「よかった! もう誰も来ないかと思ってたよ」

 

 そう言いながら男は駆け寄ってくる。農村からの依頼は、距離の割に報酬が安い、害獣駆除や建設などの地味な仕事、田舎者は陰湿極まりないらしいので救う価値はないと新聞に書いていた、などの理由で受け手が少ないのである。

 ステラも同じこと⸺当然3つめの理由⸺を考えていたが、受付嬢の「きっと神として崇められますよ」という胡乱な甘言にまんまと乗せられてしまったのであった。

 

「最近になってクソデカハリネズミの群れが近くに住み着いちまってな。畑を荒らすんだよ」

「クソデカハリネズミ!?」

 

 クソデカハリネズミグレーターヘッジホッグとは、大きなハリネズミのような姿の魔物である。そのまんま。個々は臆病だが群れになると気が大きくなるという、ちょっと何処かで聞き覚えのある生態をしている。また、魔物というのは文明の脅威となる野生生物の総称であり、身体に魔力を帯びているためか様々な異様な進化を遂げている。

 

「……どうしたステラ、お前が依頼を受けたんじゃないか」

「受けましたけどね」

 

 農夫に案内され畑の方まで行くと、多くの土を掘り起こしたような跡があり被害の大きさが窺える。遠くの畑に群れでいるのが見えた。

 

「あいつら、掘り返した上で食べないんだよ野菜を!」

「そこは別にどうでもよくないですか……?」

「とにかく早く追い払ってくれ!」

「わかった」

 

 二人は群れに近づく。近づくにつれ、その大きさがよくわかった。体高はステラの背丈ぐらいある。

 

「わぁ、大きい。なんか可愛いですね。ハリネズミちゃーん」

 

 気が大きくなっているので警戒心を緩めて大人しくしており、ステラがすぐ目の前に近づいても逃げようとしない。

 それどころかこちらをじっと見つめているように見える。敵意はないようだ。が、その個体の脳天にジロが刀を突き刺した。

 

「ハリネズミちゃーーーん!!!?」

 

 思わず叫ぶステラをよそに、彼はそのまま刃先を1回捻り、そして刃を抜いた。

 

「まだもうちょっと見ていたかったのに!ひどいです!」

「でも魔物だし」

 

 すると突然、大きな鳴き声とともに別の個体が襲い掛かってくる。彼らは体を丸め込むと、こちらに向けて転がり始めた。鋭利な棘だらけのボールと化した魔物たちが二人に向かってくる。平地だが地面を蹴り勢いをつけ、かなりの速度であった。

 ステラは素早く躱そうとする。

 

「当たらなければどうということは…」

「ステラ、そっちはっ」

「え?」

 

 巨大な塊が2つ、彼女へと迫り、そして不意を突かれた彼女は2匹のハリネズミの棘にサンドされてしまった。とてもグロテスクな感じになってしまった!

 

「あばああああああ!!」

「大丈夫か」

「これが大丈夫に見えるならあなたの目は節穴ですよ!!」

「結構大丈夫そうだな」

 

 そう言っている間にジロへの突進が来る。咄嗟に横に飛んで回避した。

 

(意外と速いな)

 

 次々と突撃してくるが、全て紙一重で避けていく。隙を見て斬りつけてはいるが、硬い背中の針のせいであまり効いていない様子だ。このままでは埒が明かないと思ったジロは、自分の腕を斬りつける。

 

「えっ!? 一体何を!?」

「お前ホント頑丈だな」

 

 ステラが未だに周りの状況を見れる程度には元気であることに驚きつつも、その腕を振りハリネズミたちに向け血を飛ばした。

 

「“血の爆発チリユクサクラバナ”」

 

 呪文を唱えると、血飛沫が大きな爆発を起こし、魔物たちを消し飛ばした。これが妖術である。詠唱者の血や肉体の一部を消費し事象を発現させる、魔法とはよく似ているが別個の技術であった。主に東方世界で広く知られているが、この西方世界では殆ど使う者はいない。痛そうだからだ。

 残るはエルフサンドウィッチのみである。彼は片割れに刀を突き刺し、ステラから引き剥がした。

 

「ぶはっ!!死ぬかと思いましたよ!?」

「なんで生きているの」

「エルフは頑丈なんです! ていうかさっきの何だったんですか!? 急に爆発したんですけど!?」

「これは妖術。俺の故郷の、魔法とは別物の力だ」

 

 そしてもう片方のハリネズミの棘からステラを引き抜くと、そいつの顔を蹴り上げた。

 

「ぴぎゅいっ!!」

 

 悲鳴を上げると、一目散に遠くへと走って逃げていった。

 

「いいんですか、放っておいて」

「あいつが人間の恐ろしさを魔物たちに広めてくれるだろ」

「なるほど……ところで、その妖術に治癒出来るものとかあります? 全身傷だらけで失血死しそうです」

「舐めていれば治る」

「全身ですよ!? じゃあ全身舐め回してくださいよ!? さあ早く!!」

「……“傷病転移の呪カタシロノオオハライ”」

 

 彼が呪文を唱えた途端、ステラの傷がみるみるのうちに治っていった。

 

「おお!使えるじゃないですか!」

 

 そして次の瞬間、ジロの全身から血が吹き出した!

 

「ぎゃぁーー!?」

 

 彼の体は崩れ落ちるように倒れ込み、動かなくなった。

 

「可哀想に……お墓は立派なのを建ててあげますね……」

「そういうのいいから、人を呼んでこい」

 

 それからしばらく後、村民たちがやって来て倒れたジロを運んで行った。幸いにも命に別状はなく、すぐに元気を取り戻した。しかしながら念の為に、数日ほど療養することとなった。

 

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